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ショートショート「心のフィルム」


小学校の中休み。
私が、友達のゆり子とプリクラを交換していたら、私の背後に鉄矢が無言で立っていた。
鉄矢は、このクラスのガキ大将という感じで、背は小さいけど、体付きはガシッとしていて、腕っぷしは強そうな男の子である。
目は二重で、人をギョロっとした目で見る癖がある。
そんな鉄矢が私の背後に無言で立っているものだから、私の体は、思わずビクッとなる。
「まぁた、お前らがつまらんことしとるわ。」
鉄矢は、呆れた様に、ワザと大きな声で、クラス中に聞こえる位のボリュームで言った。
中休み中のクラスがざわつき始める。

私は、負けず嫌いで、気が強い性格なので、鉄矢に咄嗟に言い返した。
「あなたの言う、つまらない事って何?」
鉄矢は、私が手に持っていたプリクラを指差し、
「それ。」
とだけ短く言った。
私が
「プリクラ?」
と聞き返したら、鉄矢は、
「そう。そういうのが一番つまらん。」
と腕を組みながら、私を睨みつける様に、ボソッと言った。
鉄矢は、続けてこう言った。
「本当に大事なモンは、こういうモノとかやない。心の中にあるんやって母ちゃんが言っとった。」
鉄矢は、キラキラした瞳で、私の目を見つめながら言った。
私は、内心、また鉄矢のお母さんの話が始まったと思った。
クラスの皆も、私と同じ事を思ったみたいで、それぞれが自分の持ち場へと帰って行き、クラスは、またいつもの喧騒を取り戻した。

「鉄矢くんのお母さん、何て言っとったん?」
と根が真面目なゆり子ちゃんが、鉄矢に律儀に聞いている。
私は、ゆり子ちゃんのそういう優しくて素直な所が、個人的に凄く好きだと思った。
ゆり子ちゃんは、私の一番の友達で、性格は、大人しく、外見は百合の花の様に肌が白く、目もパッチリとしていて、凄く可憐な花の様な存在だ。
そんな美人なゆり子ちゃんに話を聞いて貰えて、鉄矢も喜びながら答える。
「母ちゃんはな、昔の教科書に載っとった『私のカメラ』という詩が好きなんやって言っとった。目がレンズで、瞬きは、シャッター。頭の中は、暗室って言った、なんか暗い所があって。心の中に沢山のフィルムや写真があるから、カメラは、必要ないって言う詩。だから、お前らが撮ってる様なプリクラとかいうシールはな、あんまり意味がない…と思う。」
美人なゆり子ちゃんに見つめられているので、鉄矢はいつもの強気な調子が出ず、語気が少しばかり弱めになっている。
実に分かりやすい。
私は、頷きながら言った。
「まぁ、そうやね。鉄矢のお母さんの言いたい事も分かるんやけどさ、ソレはソレ。コレはコレよね。まぁ、別物?みたいな…。」
鉄矢は、私の意見を聞いてカチンときたらしく、鼻息を荒くし、捲し立てる様に言った。
「お前には分からんのじゃ。そんなモノばかり撮ってるから、大切な事が理解できんのじゃ。」

そんな私達のやり取りを黙って見ていたシンちゃんが近付いてきた。
シンちゃんは、秀才でハンサムなので、クラスでも一目置かれていた。
「鉄矢、近付きすぎ。てか、離れろ。」
鉄矢は、熱中しすぎて気付いていなかったのか、慌てて私から離れた。
「すまん。」
鉄矢は、私の目を見ながら、きちんと謝った。
何て言うか、鉄矢は男気があるし、なんだか憎めない性格なんだよね。
中休みが終わったので、私達は、自分の机に戻って行った。

授業中、私は、ずっと鉄矢(のお母さん)が言っていた言葉の意味を考えていた。
心のフィルム。
心の写真が大事かぁ…。
今、私の心に大事なモノは、どれだけあるのだろう?
どれだけ、積み重なっているだろうか?
まだ小さいから、理解していないだけかな?
それとも、まだ何もないのかな?
私の心の中は、空っぽなのかな?
そう考えると悲しくなってきたので、私は、自分の考えを振り切る様に、首をブンブンと横に振った。
隣の席のシンちゃんは、そんな私を不思議そうな目で見ていた。

学校の帰り道。
私は、ゆり子と一緒に帰っていると、鉄矢とシンちゃんが合流してきた。
帰り道が一緒な小学生同士にならよくある事だ。
一緒に帰る約束はしていないが、帰る時間帯が同じなら、皆で一緒に帰る。
石蹴りをしたり、ランドセル持ちをしたりする。
今日は、四人でしりとりをしながら帰る。
帰り道だけの楽しい時間。
今日も太陽の光が眩しいなぁと、私がふと何気なく空を見上げたら、太陽の周りに丸い輪っかみたいな虹ができていた。
私は、指を指しながら、大声をあげる。
「皆、見て!太陽の周りに虹ができてる!!」
私の大声をきっかけに、三人が一斉に太陽を見た。
「本当や!!」
「凄い!!」
「綺麗!!」
三人は、一斉にバラバラの言葉を口にしていた。
私が思わず
「カメラ、カメラ…。」
と呟いたら、鉄矢は、怒りながら、
「そんなモンは、ランドセルの中に入ってない!」
と一蹴した。
鉄矢は、私を見つめて笑いながら言った。
「こんな時こそ、私のカメラや!いいか!目はレンズで、瞬きは、シャッター。頭の中に記録させて、心に刻みつけるんや!!」
今なら、鉄矢の言葉が、スッと体の中に入ってくる。
そうして、身体中に染み渡っていく気がした。
私達は、夢中で太陽の周りに出ている虹を見つめた。
そして、頭の中に記憶させて、心に刻みつけた。
何度も、何度も…。
私の心の中に、初めての大事なフィルムが出来た気がして、妙に嬉しかった。
帰り道に、友達四人で見た、太陽の周りに出ていた奇跡の様な虹。

私の小学生時代の中で、あの虹以上の出来事は、特別なかったかもしれない。
それ位、インパクトがあったし、衝撃を受けた。
私の人生の中でも、あんな奇跡みたいな出来事は、なかなか起きなかった。
私の心のフィルムの最初の一枚。


社会人になると、全ての事が忙しくなってきた。
物凄いスピードで、様々な事が並行して行われる。
せわしなく過ぎて行く毎日。
本当に大事な事は、全て置き去りにして、目の前に積まれた仕事を淡々とこなしていく。
私は、休憩時間、会社の暗い非常階段で、弁当を食べたり、スマホをいじったりしていた。
冷たくて、暗い非常階段が、今の私の居場所だった。
そんな時、ゆりちゃんから、電話が掛かってきたのだ。
ゆり子とは、今も変わらずに友達のままだった。
ほぼ、毎日LINEをしていたのだが、今日は、いきなり電話だったので、何か妙に嫌な予感がした。

電話の内容は、シンちゃんが事故に遭ったという事だった。
頭を強く打ち、意識不明という内容だった。
私達の会話は、非常階段の中で反響していた。
その響きは、悲鳴にも悲痛にも似ていた。
私は、会社を早退し、シンちゃんが運ばれた病院へと急いだ。
病院の椅子にゆり子と青ざめた様子の鉄矢がいた。
鉄矢とは何年振りの再会だろうか…。
高校が違っていたし、通学路も真反対だったので、ずっと顔を合わせる事がなかった。
こんな形で、再会を果たす事になるなんて…。
私も、病院の椅子に無言で腰掛ける。
時計の針の音だけが、響いている。
無の長い長い時間が続いた。

私達の願いが通じたのか、シンちゃんは、助かった。
本当に本当に、良かった。
でもシンちゃんは、私達の事、家族のこと、大切な出来事をみんな忘れた。
記憶喪失だった。

こんな事が本当に現実に起きるなんて、誰も信じられなかった。
でも、無常にも時間は、刻々と過ぎて行く。

シンちゃんは、絵描きになった。
きっかけは、病院で行われていたカラーセラピーだった。
沢山の色に触れる様になって、シンちゃんの感性は、良い方向へ変化していった。
お店の人のご好意で、店の一角にシンちゃんのコーナーができた。
そこにシンちゃんの描いた絵を置かせてもらっていた。
私とゆりちゃんと鉄矢は、そこに集う様になった。
皆に会う様になって、私にも変化が起きた。
以前よりも、明るくなった気がする。
人生の生き苦しさみたいなものが、ほんの少しばかり減った様な気がした。

シンちゃんが沢山描いた絵の中に、あの太陽の周りの虹の絵があった。
その絵を見つけた鉄矢は、久しぶりに良い笑顔で、偉そうに私達に言った。
「ほら。大切なものは、全部心の中にあるだろ?」
私は、ゆりちゃんと顔を見合わせながら、一緒に泣いた。
シンちゃんは、あの虹の事を覚えていたのだ。
あの日、学校帰りに、四人で一緒に見た虹を…。
私は、心のフィルムは、本当に存在しているんだと思う。
本当に大切なモノは、いつも私のこの胸の中に
存在しているんだ。
ずっと…。

シンちゃんの心の中にある大事なフィルムが、起こした小さな奇跡。
この奇跡が明日へと繋がって、いつか私達の事を思い出してくれたら…。
シンちゃんの心の中には、今までの歴史が積み重なった沢山の写真が存在しているはずだから。

私は、自分の胸に手を当てた。
そして、心の中にある沢山の写真を一枚一枚振り返った。
今なら、鉄矢のお母さんが言った本当の意味が分かる気がした。
本当に大切なモノは、全部私の心の中にある。
今なら、胸を張って、そう言える気がした。


















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