見出し画像

詩「水星逆行」


星が逆に進む様にも見え
僕等は
水星に
引きられる
目に見えない力に
引っ張られるかの様に

パソコンのデータがいかれ
いつも冷静だった同僚が壊れた
温厚な部長は怒り狂い
的外れな説教をはじめた
僕は憂鬱で
頼みの綱の
引き出しのチョコレートを切らし
「補充するのを、すっかり忘れていた。」
と嘆きながら
仕事は
一向に進まない

職場の華の彼女は
いつもと変わらぬ澄まし顔だが
昼休憩から帰ってくると
趣味の創作のデータが全部消えていたと
人目をはばからず 
泣きに泣いた
大声で
「SDカードは、もう信じられない。」
と叫んだ
そもそも
彼女に
そんな趣味があるのだと
皆が驚いた
知的な彼が
彼女に
ツバメノートを薦めたが
そこまで後世に
自分の文章が残るのも恥ずかしい
と顔を真っ赤にさせた
どんな文章か
皆が気になり
ますます仕事に手がつかなくなった

パソコンと
人間が
次から次へと
大量に
バグった

混乱に
次ぐ
混乱
怒涛の展開

更に展開される

社長の娘さんが
現れ
薔薇の花束を抱えている
「私は、パパを愛しているの。」
俯きながらもパパに甘えている
そういえば
親子なのに
二人は全く似ていないと
密かな噂になっていた
社長は
口を固く閉ざしている

何故
今日は
謎の問題ばかりが生じるのか…

僕は
先程コンビニで買ってきた
紙に包まれたチョコレートの包みを
開きながら
いつもは
こうして
包んで隠しているだけで
真実は明らかにされていないだけなのだと悟った
その間に
チョコレートは
僕の手の体温で溶け
ベトベトになっていた
溶けたチョコレートが
パソコンのキーボードに
まとわり付く

明日には
今日の混乱が
何事もなかったかのように
あの
オブラートに包まれた
ささやかな日常が
戻ってくるのだろう

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?