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ショートショート「世にも奇妙な色々物語① あの日、森に行った。」


どこの県の
どの地方にも
その土地だけの
″行っては行けない場所″というものが、必ず存在している。
決して、行っては行けない禁戒の場所。
それが、私達の田舎の場合、薄暗い森の中だった…。


「ねぇねぇ知ってる?あの森にだけは、一人で行っちゃいけないんだって!!」
小学生は、このテの話が大好きだ。
だから、勿論だけど、私達が通っている小学校にも七不思議がある。
多分、日本の全国にある学校の数だけ、七不思議が存在しているのだと思う。
それが一番の日本の不思議だったりして…。
「ねぇねぇ!!ちゃんと私の話、聞いてる?」
私は、人の話をちゃんと聞かない癖がある。
想像したり、一人で考え事をしたりするのが好きなのだ。
親友には、申し訳ないけど…。
「ごめん、ごめん!あの薄暗くて、怖そうな森の中だよね…。うちの家の近くにあるんだけどさ、なんていうか、ちょっと不気味だよね…。」
親友のゆかちゃんは、私がちゃんと話を聞いていた事に安堵しながら、話を続けた。
「そうなのよ!!実は、このクラスの高梨さんの友達が、先週一人であの森に入って行ったらしいんだけどさ、泣きながら、森から出て来たらしいよ!!」
高梨さんの友達が、泣きながら、森から出て来た…。
それは、無事に帰れたっていう事じゃないんやろうか??
森から出てこられないとかやったら、恐ろしいと思うんやけど…。
私が黙り込んでいると、ゆかちゃんは、捲し立てる様に話を続けた。
「泣いているワケは、誰にも分からないんだって…。怖いよね…。あぁ、怖すぎるよね…!!」
私は、全然怖くはなかったんだけど、空気を読んで怖がるフリをした。
「マジで、怖いよね…。あの森には、絶対に一人では行かない様にしよう…。」
ゆかちゃんは、大袈裟に首を縦に振っている。
ゆかちゃんは、この怖い話というものに浸っているだけではないのかな??と申し訳ないけど、ふと思ってしまった。

人によって、物の見方、捉え方は、全く違う。
実は私は、正直、森や林が怖いとか、薄気味悪いとか思った事が一切ない。
木は、生命力が溢れていて好きだし、森や林に行けば癒される。
女の子だけど、木登りが好きだし、森林浴で力がみなぎる。
できれば、一人で行ってみたいとさえ思っている。
ゆかちゃんには、口が裂けても言えないけど…。

ある日、母と一緒に買い物に行った帰り道。
二人で手を繋ぎながら、帰っていると、あの森の前を通った。
私が、森の方を指差し、
「あの森…。」
と言おうとすると、母は繋いでいた手に力を込めて、血相を変えた顔で言った。
「あの森には、絶対に行っちゃダメよ…。」
私は、いつもとは違う母の態度に驚きを隠せなかった。
「クラスでも噂になってるんだ。あの森には、絶対に一人では行っちゃダメなんだって。」
母は、真剣な顔で言った。
「そう…。それは、正しいわ…。とにかく、あの森には、絶対に行ったらダメだからね…。」
私は、母の様子から、只事ではない何かを感じ取っていた。

行っては行けないと言われる場所に、何故か人は、引き寄せられてしまうみたいだ。
私は、気付けば森の前を彷徨うろつく様になった。
それは、私の抑えられない興味と単なる好奇心からだった。

ある日、母が買ってくれた新品のボールを使って、森の前の道路で一人で遊んでいたら、誤って森の方へボールを転がしてしまった。
しかし、ボールは、転がって行く方向に、草が沢山生えていたからか、森の直前でピタリと止まった。
私は、ボールを拾いあげると、抑えきれない好奇心から森の奥の方をじっと見つめた。
太陽の光が森の内部を照らしていた。
綺麗な景色な様な感じがする。
行って、一目森を眺めてみたい。
でも、やっぱダメか…。
私は、何分も森の内部へ進もうかどうか、ためらっていた。
しかし、森の中の綺麗な景色がどうしても見てみたかったのだ。
私は、誘惑には、勝てなかった。

恐る恐る、一歩また一歩と森の奥を目指して進んで行く…。
森の中は、自分が想像した以上に美しかった。
目の前に広がっている光景に、私は、思わず息を呑み、走り出した。
(綺麗…。)
その時だった。
(痛い…。)
その場に倒れ込み、疼くまる。
頭が割れる様に痛い。
ガンガンと響く。
まるで、直に棒で頭の中を叩かれているみたいだ…。
人生で感じた事がない痛みだった。
あまりの痛さに、身体が、心が耐えきれなくなる。
私の意識は、徐々に遠のいて行った…。

あれから何時間が経ったのだろうか??
気付けば、身体中に脂汗をかいていた。
そして、私が目を開けると、知らないおじさんが私を覗き込んでいたのだ。
いつの間にか、森は薄暗く気味が悪くなっていた。 
あまりの出来事に、声も出ない。
私は、新品のボールも忘れ、必死に走って逃げた。
無我夢中で全速力で、とにかく走った。
森を抜けて、いつもの道路に出た。
ハァハァハァ
誰?あのおじさん…。
私、何もされてないよね??
その前に、私、気絶していたから全然記憶がないよ…。
私は、言い様のない恐怖を抱え、家に帰った。

私は、かなり迷ったが、今日の出来事を母に話した。
私は、母に絶対に怒られると覚悟を決めたが、母は私の思いに反して、私をそっと抱き締めてくれた。
思いがけない、母の優しい温もり。
私は、やっと心の底から安心して涙を流した。
母は、消え入りそうな声で、私にこう囁いた。
「今日あった事は、全部忘れなさい。そうすれば、あなたは幸せになれるから…。絶対によ…。」
私は、母の言葉に必死に頷いた。
私は、母にしがみついて泣きながら、今日あった出来事は、全て忘れようと心に固く誓った。
私は、森での出来事を記憶の奥底に沈めた。
そして、あの森の前の道路は、決して通らない様にした。

あれから何年かの時が経ち、私は、高校生になった。
私は、未だに、あの森の前の道は、通らない様にしている。
森に一人で行った事は、私と母だけの秘密。
誰にも話す事がなかった。

そんな時だった。
何年か振りに、あの人を見掛けたのは…。
私を覗き込んでいたあのおじさんが、ふと私の目の前を歩いていたのだ。
私が封印していた森での出来事が、胸騒ぎと共に、鮮明に蘇る。
真実を知る最後のチャンスかもしれない。
幼過ぎたあの頃とは違い、今の自分なら聞く勇気がある。
私は、知りたい。
あの日、あの森で、私の身に一体何があったのかを…。
私は、走った。
無我夢中で…。
走って、あのおじさんに勇気を出して尋ねる。
「す、すみません…。私の事、覚えてますか?」
よく見ると、あの人は、おじさんというかおじいさんになっていたが、間近で見ると、確信に変わった。
間違いない。
あの時のあの人だ。
しかし、おじいさんの方は、まるで私に心当たりがない様だ。
というよりも、心ここにあらずな感じだ。
どうしよう…。
私が途方に暮れていると、背後から私より年上の女性が走り寄ってきた。
「父の知り合いですか?」
あのおじいさんの娘さんみたいだ。
私は、首を横に振った。
「別に、知り合いという訳ではないのですが…。」
女性は、安堵した表情をみせた。
「すみません。父が迷惑をかけていないでしょうか…。父は、認知症で…。」
まさか、あの時のあの人が認知症になっていたとは…。
あの日の出来事は、永遠に誰にも分からなくなってしまった。
「いえ…別に…。」
私の一言に、女性は、深々と頭をさげて、おじいさんを連れて去って行った。
私は、その場に立ち尽くすしかなかった。

本当の恐怖。
それは、真実が一体何なのか、誰にも、
永遠に分からなくなってしまう事なのかもしれない。

教えて…。
あの日、私に何があったのかを…。
私は、何かされたの?
それとも
無事だったの?
お願いだから
誰か
教えてよ。
お願い…。
私の悲痛な心の叫びは、もう二度と誰にも届く事はなかった。










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