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短編小説「半分の花火」



僕は、10年間勤めていた、ある会社を辞めた。
今は、世間一般で言う、″フリーター″である。
この10年間の社会人生活の中で、僕には、1人の友達ができた。
やっちゃんである。
やっちゃんも、51歳で、突然ある朝、会社を辞めた。
まさに、絵に描いた、
″類は、友を呼ぶ″だ。

今年の夏は、非常に暑い。
毎年、暑さが増している気がする。
これは、決して、僕の気のせいなんかじゃない。
なので、再就職活動をしなければならないのに、全くと言って良いほど、やる気が出ない。
僕は、″夏″という季節になってから、独り暮らしをしている、このアパートから、外の世界には、出ていない。
このままでは、絶対にいけないと頭の中では、分かっている。
でも、体がだるくて、ついてきてはくれない。
(今日は、花火大会だ。せめて、今日位は、花火でも見るか…。)

1人で、打ち上げ花火を見る気には、さらさらなれなかった。
僕は、やっちゃんにスマホで電話をかけた。
「今日、一緒に花火でも、見ませんか?」
やっちゃんは、花火大会の会場には行かず、花火が見える橋の近くのコンビニに集合しようと言った。
コンビニで、お酒やおつまみを買った。
コンビニは、クーラーが効いているし、トイレもあるので、扇風機で夏の暑さを辛うじて凌いでいる家よりも、居心地が良かった。
橋は、コンビニの裏にある。
僕等は、安心して、打ち上げ花火を見る事ができる。
(さすが、やっちゃん。優秀、優秀。)
やっちゃんは、再就職活動をしていて、この辺りの細かい地理に、やたら詳しい。
僕よりも、数倍、真面目なのである。

僕達が、コンビニから出ると、突然、バーンッという音が周囲に響いた。
花火が上がっている。
真っ黒な闇の中、なんとも形容しがたい、キラキラした色とりどりの光が弾けて消えた。
慌てて、スマホで花火を撮影する。
どうも
おかしい。
あの、なんとも言えないキラキラした粉みたいなモノが、僕のスマホには写ってはいなかった。
動画には、この感動は、写らないのか…。

「あの建物が邪魔やな…。」
やっちゃんが苦笑いする。
確かに、やっちゃんがいる角度からは、高い建物が邪魔をして、花火を半分だけにしていた。
「こちらに来ませんか?花火、全部見れますよ?」
僕は、誘ったが、やっちゃんは、がんとして動かなかった。
「オレには、これでいい。全部の花火なんて、勿体無い。半分の花火位が、ちょうどええ。」
やっちゃんは、こんな所まで、真面目なのである。

20時40分位で、花火は、全て打ち上がった。
やっちゃんが、少し小さめのゴザを敷いてくれた。
「半分の花火に乾杯!!」
やっちゃんは、無類のお酒好きだ。
何にでも、乾杯して、お酒を飲む理由を作る。
僕は、先程コンビニで調達した、韓国のビールを呑んだ。
いつも、日本のビールを呑んでいるので、なんだか新鮮な味がした。

僕達が呑んでいると、フラフラと野良猫がやって来た。全然、鳴かない。
それよりも、人間をかなり警戒している。
やっちゃんは、無言で、僕達のおつまみで、お決まりのチーズソーセージを千切って、野良猫に投げた。
野良猫は、最初は、凄く警戒していて、全く食べようとはしなかったが、だんだん、やっちゃんのチーズソーセージを食べ始めた。
僕達は、人間だけど、今の身分は、″野良猫″みたいなもんだ。
僕達も、いつ、食べ物が食べられなくなるか、分からない。
だから、やっちゃんは、どうしても、この野良猫を放っておけなかったんだと、僕は思った。

橋の上では、釣りをしている若者が沢山いた。
魚が釣れる度に、大騒ぎをしている。
男女のグループで、女子まで、釣竿を持っている。
今、話題の″釣りガール″なのだろうか…??
やっちゃんは、呟いた。
「あの子達、本気だよ。オレ、ちょっと、声を掛けてくるね。」
やっちゃんは、猫だけでなく、人間も好きだ。
多分、生き物全般が好きなのだ。
そして、自分が気になる人物には、積極的に声を掛ける。
そういう僕も、やっちゃんに声をかけられた人間の1人である。

やっちゃんは、男女グループの女の子達と、何やら楽しげに話し込んでいた。
歳は、僕よりも、だいぶ若い。
おそらく、大学生位。
やっちゃんは、走って帰ってきた。
「日本人じゃなかった。多分、東南アジアの子達かな?魚は、大事な食糧で、魚が釣れないと今日の晩ご飯は、ないみたい。」
なんて事だ。
物価高騰の影響が、僕達以外にも直撃していた。
よくよく考えてみれば、当たり前の事なのだが、こうして現実を目の当たりにしないと、ここまで考えが及ばないのは、僕の頭の悪さ、想像力のなさが成せるワザなのだろうか?
僕達も苦しいのだけれど、それ以上に苦しんでいる若者達が、ここにいた。

僕が視線を移すと、高校生位の男子学生が、地面に座り込んで、コンビニで購入した、お蕎麦を無言で啜っていた。
スマホの時計は、21時40分を表示している。
家に、帰りたくないのだろうか?
蕎麦を啜るスピードが、あまりにも遅すぎる。
麺を、一本、一本、食べているんじゃないかという位のスピードだ。
この、一見、真面目そうな男子学生が、家に帰りたくない理由は、一体、何なのだろう?
僕は、勇気がなかったので、男子学生に声が掛けられなかったのだが、心の中で願った。
(この子に、何でも良いから、良い事が起きます様に…。)
余計なお世話なんだけど…。
フリーターの僕に思われても、仕方ないかもしれないし、叶わない可能性が高いんだけど、僕は、そう、願わずにはいられなかった。

向こうの遠くにある橋の上で、花火大会の帰りの団体が、大声で歌を歌いながら帰っていた。
実に、楽しそうだ。
僕は、やっちゃんに言った。
「大塚愛で、さくらんぼ!」
やっちゃんは、
「なんか、ドレミファドンみたいになってるわ。」とツッコんでくれた。
そうしていると、二曲目に変わっていた。
「ゴールデンボンバーで、女々しくて!」
やっちゃんは、感心して言った。
「よう、分かったな。オレ、分からんやったわ。♩女々しくて、女々しくて、辛いよ〜って、オレの方が、確実に辛いんやけど。」
やっちゃんの言葉には、再就職活動の辛さが滲み出ていた。
同じ立場の僕は、やっちゃんの辛さが、痛いほど分かった。
ただ、今は、このやっちゃんの捨て身のギャグを笑おうと思った。
「はははは…。」
暗い橋の辺りに、僕の乾いた笑い声が、微かに響いた。

スマホは、22時30分を表示している。僕達の″花火大会後の飲み会″も、お開きの時間だ。
おつまみが微妙に余っていた。
やっちゃんは、言った。
「あの、べっぴんさん達にあげてくるわ。」
あの釣りをしている若者グループの事だ。
やっちゃんが、余ったおつまみを渡すと、女の子達は、丁寧に頭を下げた。
なぜか、僕にも、お礼を言った。
「ありがとうございます。」
「ありがとうこざいました〜!!」
日本語が、凄く上手だった。
僕は、
「お互い、元気で頑張りましょうね!!」と言った。
女の子達は、大きく手を振ってくれた。
とても、気持ちの良い若者達だった。
彼等は、僕達と違って、多分、明日もこの橋に集まって、魚を釣るのだろう…。
あの男子高校生も、帰りに、またコンビニに寄って、この場所に来るのかな??
野良猫は、どうかな??
フラッとやって来るのかな??

僕は、最後、コンビニで買った余った氷を野良猫にあげた。
野良猫は、はじめは、不思議そうにしていたが、氷を夢中でペロペロと舐めていた。
水分も必要だと、僕は思った。
僕達も、今は、″野良猫″だ。
でも、これからは…。
せめて、お盆明け位には、ちゃんと、再就職活動は、再開しようと、僕は思った。

僕達は、今は、″半分の花火″だけれど、いつか″大輪の花″が咲く事を願って…。

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