見出し画像

【続いてる写経 660日め】〜写経の怨霊封じ?

658日めにて書き留めた『般若心経のこころ』。
一通りざっと読みましたが、収録されている瀬戸内寂聴さんと梅原猛先生の対談は、やはりダントツで面白かったです。

なかでも「写経」の使い方について、語っているところがあり(p30)、『般若心経』の使われ方として、怨霊を鎮めに用いられると梅原先生が言っているのです。
般若心経は、ざっくり言うと「ものごとにとらわれるな、執着するな」と諭しているお経なのですが、それを「怨霊」に対してやるというのですね。

怨霊に対して、「とらわれるな、執着するな」という教えを説き聞かせるというのです。

例えば怪談の『牡丹灯籠』では、怨霊から身を守るために「般若心経」のお札を貼るそうですが、その意味は「怨霊に執着するな」ともとれるんだそうです。

防御側にも攻撃側にも「とらわれるな、執着するな」と言っている。

この話に対し、寂聴さんは、「写経をしますとき、あれも怨霊封じみたいなところがありますね」と語ってます。
実際写経の功徳を感じることはあるらしく、クモ膜下出血でもうダメと言われた知人のために一生懸命写経したら、その人は治ってしまったのだそう。

これは怨霊封じというか、病魔封じですね。
やっぱり疫病を退散させた平安時代の嵯峨天皇の時代から、鉄板の使われ方なのでしょう。

ああ、そう言えばワタシもコロコロ封じのために書き始めたんだったわ!とこの話で思い出しました。
そろそろウイルスさんたちも、人間への執着はなくなりつつあるようです。
少なくとも諸外国ではその傾向が強くなっていますしね。

今は病魔退散というよりは、その時々色々と思うことを願ったりしながら書いてます。

先日は「わが子のスキー教室、無事行けますように」と願っていたら、叶いました!!

生徒全員、検査は陰性だったそうです。
杉並区教育委員会の英断に感謝。14歳の冬は一度しかないからね!!

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?