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烏天狗クーロン
2024年1月15日 07:29
徳川幕府成立初期の碁打ち衆はいずれも上方の出身であった。徳川家康の坊主衆であった林門入は別としても、本因坊算砂、利玄、中村道碩、安井算哲、井上因碩らは上方を本拠とし、毎年江戸へ長期出張するという形で任務についていた。これは後継である本因坊算悦や安井算知も同じであった。 これら碁打ち衆は幕府から給された切米や扶持、拝領した黄金や白銀、時服をもって上方と江戸で本人や家族、弟子達の生計を賄っていた。