ヒプマイ楽曲に見るHipHopのエッセンス 後編

前編を読んでくれた方、アリガトウゴザイマス🙇‍♂️
いきなり後編に来た方、アーイ🙌

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ヒプマイ曲のトラック注目し、そのHipHopアレンジの源流を探る本記事。今回は後編です。

前編ではHipHopの歴史を追いながら解説してきましたが、後半ではもう少し細かなサブジャンルや、HipHopあるあるみたいなネタが仕込まれた楽曲を解説していきたいと思います。

1. New Star 〜 I'd like to Return to the Classics

MC:山田 三郎(天﨑 滉平)
作詞・作曲・編曲:三浦康嗣

いきなり出ました。バッハの「G線上のアリア」をサンプリングした山田三郎の「New Star」。この曲はまさしく「HipHopあるある」と言う感じです。たまーにあるんですよ。クラシックをサンプリングした曲。

日本で有名なのは、モーツァルトの「アイネ・クライネ・ナハトムジーク」をサンプリングした「KREVA - 国民的行事」でしょう。

【KREVA - 国民的行事(2005年)】

「New Star」の「G線上のアリア」使いに関しては、ドイツのHipHop・R&BグループSweetBoxの「Everything's Gonna Be Alright」が、世界的に大ヒットした経緯を踏まえていると思われます。HipHop的な感覚でクラシックをサンプリングするのも、もしかするこの曲のヒットがきっかけで「あり」な空気になったのかも知れません。

【Sweet Box - Everything's Gonna Be Alright(1997年)】

もの凄い色物と思われるかも知れませんし、実際色物なのですが、USのゴリゴリのラッパー達もやってるんです、こういうこと。

【Nas - I Can(2002年)】

『Illmatic』のNasがベートーヴェンの「エリーゼのために」をサンプリングしています。子供達に「何でも出来る」と語りかけるような本曲。子供達が聞きやすいよう、耳馴染みの良いアプローチを取っているのかも知れません。

【Nas - Hate Me Now feat.Puff Daddy(1999年)】

Nasは「I Can」以前にもクラシック使いをやっています。カール・オルフの俗カンタータ「カルミナ・ブラーナ おお、運命の女神よ」です。日本のTV番組でも、危機的状況を盛り上げるBGMとしてお馴染みの曲ですが、「Hate Me Now」のPVもNasがキリストに扮して磔刑に処されると言う内容で、アメリカも日本のお茶の間もこの曲に対するイメージが同じなんだなと言う感慨が湧きます。

【Coolio - C U When U Get There feat. 40 Thevz(1997年)】

コンプトン出身のギャングスタラッパーCoolio。5章で紹介した「Gangsta's Paradise」も「Stevie Wonder-Pastime Paradise」を大ネタ使いしていましたが、これもポピュラーなクラシック「パッヘルベルのカノン」を大ネタ使いしています。これを聞くと同年に公開された『新世紀エヴァンゲリオン劇場版 シト新生』を想起します。

【Xzibit - Symphony in X Major feat. Dr. Dre(2002年)】

こちらもDr. Dre一派のギャングスタラッパーのXzibitによる、バッハの「ブランデンブルク協奏曲 第3番」使いです。シンセに打ち込み直されているので、クラシック感は薄めです。「Symphony in X Major」って曲名で笑ってしまいます。

【Mobb Deep – Watch Ya Self(2009年)】

Mobb Deepをこんな形で紹介したくなかった…。Nasと同じくクイーンズ出身、90年代中期のハードコア・ラップを代表するデュオMobb Deepによる、バッハの「トッカータとフーガニ短調」使いです。短調フーガの不穏な感じがハードコアラップと合っていると言えなくもないですが、筆者世代にとっては完全に「鼻から牛乳」です。Mobb Deepは1995年の名盤『The Infamous』や96年の『Hell On Earth』で知られるハードコア・ラップの名コンビです。現在ではEminemの映画『8 Mile』の冒頭で流れる「Shock Ones Part.2」のアーティストとして紹介されることが多いですね。2017年にメンバーのProdigyが亡くなったのが記憶に新しいです。

2. G Anthem of Y-CITY 〜 B級映画のように

【碧棺左馬刻 - G anthem of Y-CITY(2017年)】

MC:碧棺 左馬刻(CV.浅沼晋太郎)
作詞:サイプレス上野 作曲・編曲:ALI-KICK

横浜を仕切るヤクザ・碧棺左馬刻が自身のストリートライフを語った「G Anthem of Y-CITY」は、映画に関する元ネタを持つ楽曲です。

一聴して気付くのは、クエンティン・タランティーノ監督の映画『キル・ビル』のテーマとしてお馴染み、布袋寅泰の「BATTLE WITHOUT HONOR OR HUMANITY」によく似たフレーズが使われていることです。

【布袋寅泰 - BATTLE WITHOUT HONOR OR HUMANITY(2003年)】

この曲をテーマソングとしている『キル・ビル』は、タランティーノ監督らしい日本の任侠映画からの影響が色濃く出ているのですが、そもそもこの曲は、深作欣二監督『仁義なき戦い』のリメイク映画『新・仁義なき戦い。』のために書き下ろされた楽曲なのです(『キル・ビル』と同年公開です)。タランティーノ監督は、過去の映画のテーマソングを自分の映画で好んで使っていて、この時も同年公開の『仁義なき戦い』のリメイク映画からテーマ曲を拝借するという大胆なことをやっているわけです。HipHopのサンプリング感覚に近いものがあります。

勿論「G Anthem of Y-CITY」がこの曲のフレーズを「サンプリング」しているのも、碧棺左馬刻がヤクザであるという設定を踏まえたものでしょう。

しかし、日本の任侠映画サンプリングだけに終わらないのがヒプマイ。もう1つ大きなサンプリングソースになっているのが、ブラック・エクスプロイテーションと呼ばれる1970年代の黒人映画とそのテーマソングです。

下記に、1971年の映画『黒いジャガー(原題:Shaft)』と1972年の『スーパーフライ』のテーマ曲・劇中歌を挙げます。特にバックで鳴っているワウギターに注目して聴いてみて下さい。

【Isaac Hayes - Theme From Shaft(1971年)】

【Curtis Mayfield - Superfly(1972年)】

【Curtis Mayfield - Junkie Chase(1972年)】

「G Anthem of Y-CITY」で印象的に用いられているワウギターは、これらの楽曲をイメージしたものと思われます。

ブラック・エクスプロイテーション映画とは、黒人の観客向けに製作された娯楽映画のことです。エクスプロイテーションとは「搾取」の意味で、センセーショナルな内容だったり、お色気シーンを入れたりして話題を作り、観客から金を巻き上げるような映画と言う含意があります。しかしながら、70年代の公民権運動の潮流の中で、こうしたブラック・エクスプロイテーションは大きな意味を持ちました。そもそも黒人が主人公の映画自体、ブラック・エクスプロイテーションが作られるまではほとんど存在していなかったのです。黒人の製作者達によって作られる、黒人を主人公とした映画群は、公民権運動が掲げる「ブラック・パワー」の象徴として受け入れられたのです。

映画の内容は、大体がクライム・アクションです。HipHopとの繋がりとしては、麻薬ディーラーの主人公を描いた『スーパーフライ』のサントラに収録された「Curtis Mayfield - Pusherman」が、Gangsta Rapの最初のヒット曲「Ice-T- I'm Your Pusher」でサンプリングされたのが有名です。この辺り、MAD TRIGGER CREWの持つGangsta Rap文脈を間接的に踏まえていると思われます。

3. パピヨン 〜 白昼夢系日本語ラップ

【MAD TRIGGER CREW - パピヨン(2019年)】

歌:麻天狼(CV. 速水 奨・木島隆一・伊東健人)
作詞:岩間俊樹 (SANABAGUN.)
作曲:大林亮三 (SANABAGUN.) 編曲:岩間俊樹・大林亮三

ちょっと変化球。ディビジョンの中でも年齢層高めな麻天狼が、夏のバケーションに出かけると言う、いつもの殺伐とした雰囲気とはまるで違う一曲。

この「パピヨン」は、日本語ラップの「白昼夢系」とでも言うべき楽曲群の系譜にあると思われます。

「白昼夢系」の発端は、おそらくこの曲です。

【スチャダラパー - 彼方からの手紙(1993年)】

日本のラップシーンの初期から活躍する3人組グループ、スチャダラパーの1993年の3rdアルバム『WILD FANCY ALLIANCE』の最後に収録されている曲です。どこかにある楽園のような場所での無邪気な生活を、流麗なストリングスに乗せてラップした楽曲です。手紙を綴るように、「現実の時間から開放されたこの場所にいると見えなかったものが見えるよ、君も早く来なよ」と言った具合で語りかけて来ますが、ともすると「時間からの開放された世界」=「死後の世界」を連想されるような深淵さも覗かせてます。

【RIP SLYME - 白日(1996年,1998年)】

00年代の日本のメジャーシーンで活躍した5人組ラップグループRIP SLYMEがインディーズ時代に発表した楽曲「白日」も「白昼夢系」です。1996年のシングルバージョンと、1998年の1stアルバム『Talkin' Cheap』収録のアルバムヴァージョンがあります(上はアルバムヴァージョンです。こっちの方が好きなので)。メンバーそれぞれの「予定の無い日」=「白日」についてラップされ、サビでは「今日は何もしなくてもいいよ、下らないつまらない日々が来る前に」と歌う、脱力の極みの様な楽曲で、他にはない魅力があります。

【Buddha Brand - ブッダの休日(1997年)】

90年代の日本語ラップを代表する4人組グループ「Buddha Brand」も「白昼夢系」をやっています。「ブッダの休日」では、忙しない都市の生活から開放され、自然の中で過ごす休日についてラップしています。余談ですが漫画家の中村光は「ブッダの休日」を聴いて『聖☆おにいさん』のアイデアを思いついたそうです。

以上のような「白昼夢系」は総じて「忙しい毎日」と「休日」が対比的に語られている点で共通しています。「パピヨン」も同じくバケーションを楽しみながらも、忙しい日々から開放されたいと言う裏テーマがあるわけです。

また、「パピヨン」のシチュエーションは、開放的な海でのバケーションです。この手のサマーチューンは多数あると思いますが、「パピヨン」が踏まえている文脈は、おそらく00年代初頭の、日本語ラップがメジャーシーンに出ていくきっかけとなったサマーチューン群だと思われます。

【ケツメイシ - 海(2000年)】

この曲はインディーズ時代のケツメイシが2000年に発表したシングルです。山下達郎を思わせる、シティポップ風のトラックが爽やかな、ケツメイシの初期の名曲です。

【RIP SLYME - 楽園ベイベー(2002年)】

RIP SLYMEを一躍有名にしたヒットソング「楽園ベイベー」も軽快なサマーチューンです。どうでもいい話ですが、筆者は小学生の時にこれを聴いてHipHopにハマり、10年くらいして聞き返したらビートが四つ打ちでびっくりした記憶があります。

これ以外にも、ラップとレゲエを取り入れたミクスチャーバンド麻波25の「Sons of the sun(2002年)」がポカリスエットのCMソングになるなど、この時期のサマーチューンが起爆剤となって、HipHopが日本のメジャーシーンに躍り出た経緯があります。これ以前にも1999年に「Dragon Ash - Grateful Days feat. Aco, Zeebra」や、2002年には「KICK THE CAN CREW - マルシェ」のヒットもありましたが、 その中でもサマーチューンが多かったことは特筆に値すると思います。

4. シナリオライアー 〜 泣かせ系の系譜

【夢野 幻太郎 - シナリオライアー】

歌:夢野 幻太郎(CV.斉藤 壮馬)
作詞:森心言(Alaska Jam/DSC)
作曲:RhymeTube・森心言(Alaska Jam/DSC)編曲:RhymeTube

リリックのエモさに定評のある「シナリオライアー」。トラックも負けじとエモい「泣かせ系」トラックに仕上がっています。

壮大なシンセやブラス音源で奏でられる甘いコード進行、切なげなピアノフレーズなどから構成された、この「泣かせ系」トラックのルーツはどこにあるのでしょうか?本楽曲のプロデューサーであるRhymeTubeの作家性を滲ませつつも、おそらく、DJ Toompと言うプロデューサーが手掛けた3つの楽曲に源流があると思われます。

【T.I. - What You Know(2006年)】

【Kanye West - Good Life feat. T-Pain(2007年)】

【Kanye West - Big Brother(2007年)】

DJ Toompは80年代からアトランタのヒップホップシーンで活躍するプロデューサーで、T.I.の初期作品のメインプロデューサーとしてその名を世界に知らしめました。2006年に「T.I. - What You Know」でグラミー賞の最優秀ラップ・ソロ・パフォーマンス賞を受賞します。その後、Kanye Westにフックアップされ、彼の2007年のアルバム『Graduation』に参加します。「What You Know」の路線を更に推し進め、「泣かせ系」トラックに進化した「Good Life」「Big Brother」を手掛けました(前編の「Battle Batte Battle」の章で紹介したLex Lugerと同じく、この時もKanye Westは前年のヒットメイカーを自分の作品に登用していました)。

また、その2年後にヒットしたラッパーDrakeの出世作「Best Ever I Had」も同じく「泣かせ系」です。サンプリングによるエッジの効いたアレンジにはなっていますが、同じ雰囲気を持っています。

【Drake - Best Ever I Had(2009年)】

「Kanye West - Good Life feat. T-Pain」でフィーチャーされていたT-Painも「泣かせ系」をやっています。かなり美メロに寄せていて、ここまで来るとJ-popっぽさすらあります。

【T-Pain - Rock Bottom(2011年)】

日本では2010年のアンセム「I REP」が「Big Brother」直系の「泣かせ」トラックでした。

【DABO, ANARCHY, KREVA - I REP(2010年)】

他に有名どころだとAKLOもこの路線を取り入れていますね。

【AKLO - サッカー feat. JAY'ED(2012年)】

5. ベイサイド・スモーキングブルース & 3$EVEN 〜 BrasstracksとGospel Rap

【入間銃兎 - ベイサイド・スモーキングブルース(2017年)】

入間銃兎(CV.駒田航)
作詞:KURO 作曲:CHIVA、KURO 編曲:CHIVA from BUZZER BEATS for D.O.C

【有栖川 帝統 - 3$EVEN(2017年)】

有栖川 帝統(CV.野津山 幸宏)
作詞:森心言(Alaska Jam/DSC)
作曲:BVDDHASTEP・森心言(Alaska Jam/DSC)編曲:BVDDHASTEP

「ベイサイド・スモーキングブルース」と「3$EVEN」は、共にブラスを印象的に用いたアレンジになっています。2曲の編曲者は異なりますが、どちらも同じアーティストからの影響が感じられます。

それはBrasstracksと言う2人組トラックメイカーデュオです。

【Brasstracks - Say U Won't(2016年)】

Brasstracksはニューヨーク出身のトランペット奏者のIvan JacksonとドラマーのConor Rayneの2人組ユニットです。その名の通り、Ivan Jacksonが奏でるトランペットをフィーチャーしたソウルフルな楽曲群で人気を博しています。

2015年頃からSoundCloudに生音のラッパ吹いてるヤバイトラックメイカーがいると話題になっていたのですが、2016年に1stEP『Good Love』をリリースし、GallantやGoldlinkと言った注目アーティストのRemixも手掛け、その名を世間に知らしめました。2017年にもEP『For Those Who Know Pt.1』をリリースしています。

【Gallant - Weight in Gold (Brasstracks Remix)(2016年)】

【GoldLink - Dance On Me (Brasstracks Remix) (2016年)】

【Shift K3Y - Gone Missing feat. BB Diamond (Brasstracks Remix)(2015年)】

ブラスを用いること自体珍しいことではありません。しかし、聴き比べて貰えればトランペットのフレージングに似た雰囲気を感じて頂けると思います。

最近では日本でもBrasstrack歌謡がヒットしていますね。

【Official髭男dism - 宿命(2019年)】

Brasstracksのサウンドに影響を与えている近年のHipHopのサブジャンルに「Gospel Rap」(*1)と言うスタイルがあります。その名の通り、教会などで歌われるゴスペルのコーラスや、オルガンなどの楽器を取り入れたHipHopです。

Gospel Rapを標榜し、広めたのはChance The Rapperと言うシカゴのラッパーです。彼は長らくレーベルには所属せず、ミックステープと呼ばれる無料のアルバムをインターネットで公開して、ツアーなどのライブや客演で活動してきました。Chance The Rapperを一躍スターダムに押し上げた2013年のミックステープ『Acid Rap』の1曲目がこれです。

【Chance The Rapper - So Good (Good Ass Intro)(2013年)】

聴いての通り、滅茶苦茶いい曲です。ソウルフルなオルガン、コーラス隊、ブラスセクション、どれをとっても素晴らしいです。この楽曲ではトロンボーン奏者のJP Floydがフィーチャーされています。ビート面では地元シカゴのJuke/footworkを取り入れています。

Chance The Rapperが参加しているシカゴの若手アーティスト達によるバンド、Donnie Trumpet & the Social Experimentも、トランペット奏者のDonnie TrumpetことNico Segalをフィーチャーしたスタイルです。

【Donnie Trumpet & the Social Experiment - Sunday Candy(2015年)】

同じくシカゴのラッパーTowkioもChance The Rapperとコラボし、Gospel Rapを披露しています。

【Towkio - Heaven Only Knows feat. Chance The Rapper, Lido & Eryn Allen Kane(2015年)】

また、BrasstracksがプロデュースしたChance the Rapperの楽曲もあります。ラッパは出てきませんが、リフレインされるゴスペルコーラスのサンプルが気持ちいい名曲となっています。

【Chance the Rapper - No Problem feat. 2 Chainz & Lil Wayne(2016年)】

BrasstracksやGospel Rapにも、やはり源流があります。彼らはKanye Westの影響を強く受けているのです。

例えば「Chance The Rapper - So Good (Good Ass Intro)」の2:47以降の「I'm gonna be, I'm gonna be」と言うコーラスは、Kanye WestプロデュースのCommonの楽曲「Faithful」からフレーズを拝借しています。Kanye WestとCommonは、共にシカゴ出身でChance The Rapperから見れば大先輩に当たります。

【Common - Faithful(2005年)】(2:39からです)

「Towkio - Heaven Only Knows feat. Chance The Rapper, Lido & Eryn Allen Kane」のサビは、Kanye Westプロデュースの「John Legend - Heaven」から拝借しています

【John Legend - Heaven(2006年)】

また、Kanye WestがLex Lugerを迎えて作製した「See Me Now」は、直接的にBrasstracksやGospel Rapの源流を感じさせる、ソウルフルなHipHopに仕上がっています。

【Kanye West - See Me Now feat. Beyonce & Charlie Wilson(2010年)】

本記事の様々な所に顔を出しているので、前後編お読みになっている方には、Kanye Westの影響力の大きさを感じて頂けるかと思います。

*1 ややこしい話ですが、Gospel Rapと言われるものにも2種類あって、1つにはChance The Rapperが生み出した、コーラスやオルガンなどのゴスペル音楽要素を取り入れたラップがあります。もう1つは、それ以前から存在する「Christian HipHop」と言うジャンルです。これは、テネシー州を中心として、敬虔な白人クリスチャンのアーティスト達が、キリスト教徒的な内容の歌詞を歌うコンテンポラリー・クリスチャン・ミュージックと言うポップスが伝統的に存在し、その中にHipHopを取り入れたChristian HipHop、またはGospel Rapがあるのです。Christian Rapは1985年から存在しており、その時代の流行を取り入れたトラックが使われていて、音楽的にゴスペル要素があるわけではありません(なのでChance The RapperのGospel Rapを取り入れたChristian HipHopというもの存在しています)。

6. Shibuya Marble Texture -PCCS- 〜 J Dillaの革命

【Fling Posse - Shibuya Marble Texture -PCCS-(2018年)】

MC:Fling Posse
作詞:弥之助(from AFRO PARKER)
作曲:Avec Avec、弥之助(from AFRO PARKER)編曲:Avec Avec

「Shibuya Marble Texture -PCCS-」、良い曲ですね〜!

この楽曲は編曲のAvec Avecのアーティスト性が色濃く出ていて、正直HipHopのどれかのサブジャンルと言うより、Avec Avecの楽曲としての正確が圧倒的に強いです。

【Phoenix and the Flower Girl - Believe In (Avec Avec Remix)(2014年)】

それを押してもなお、ヒプマイを通してHipHopのアレンジを語ろうとする本記事としては、決して避けて通ることの出来ない重大な要素が「Shibuya Marble Texture -PCCS-」には隠されているのです。

その重大な要素とは、ビートの中に隠れています。

これは「Shibuya Marble Texture -PCCS-」のイントロ2小節の波形です(LeftとRightのステレオ波形です)。

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先頭のキックとスネアを更に拡大してみましょう。

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画像の上部の数字はグリッド線の番号を表しています。グリッドPoint 1に置かれているのがキックで、Point 1.2がスネアです。よく見ると、スネアがグリッド線より僅かに遅れているのがわかります。このスネアはグリッドに対して、約10ms(100分の1秒)遅れているのです。

これは、意図してスネアを遅らせて打ち込むアレンジになっているのです。何故こうなっているかというと、グリッドにきっちりとハメないビートを打ち込むことで、独特のグルーヴ感を出せるからです。逆にグリッドに合わせることを「クオンタイズ」と言います。

HipHopでは、ドラムマシンやサンプラーなどの機材でトラックを作ってきたため、ビートはクオンタイズされているのが当たり前でした。Protoolsを始めとするDAWで製作される現代のポップスやクラブミュージックも、ほとんどはクオンタイズされているでしょう。

この常識を打ち破ったのがデトロイト出身のトラックメイカーJ Dillaです。

【Slum Village - Fall in Love(2000年)】

この曲は、J Dillaが所属していたグループSlum Villageの人気曲で、アルバム『Fantastic Vol. 2』に収録されています。ビートに注目すると、この曲もスネアが遅れている様に聴こえます。

波形を見ると、確かにPoint 1.2のスネアは20ms遅れています。

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別の曲も見てみましょう。同アルバム収録の「2U4U」の波形を見てみるとこうです。

【Slum Village - 2U4U(2000年)】

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この尺度でも見て取れるほど、スネアもキックも遅れまくり、ズレまくりです(この波形は、1ループになっている4小節ごとの1拍目のキックをクオンタイズして表示しています)。

このように、クオンタイズせずに、人間の手でビートをを叩いた時に生じるズレをそのまま曲にしてしまったのがJ Dillaなのです。

クオンタイズされたビートが当たり前だった当時、この革命的な出来事は、当惑を持って持って迎えられます。当初MC達からは「J Dillaのビートではラップできない」と言われてしまい、後にJ Dillaの盟友となるドラマーのQuestloveは、彼のトラックメイクを初めて見た時「なんだこの酔っ払った3歳児が打ち込んだみたいなビートは?」と思ったそうです。

しかしながら、J Dillaのビートが持つグルーヴ感が人々の心を掴んでいったことは、歴史が証明しています。

よくJ Dillaのビートは「スネアが遅れている」と説明される場合がありますが、それは全てに当てはまるわけではなく、むしろJ Dillaのビートはスネアはクオンタイズしておいて、キックをズラす場合が多いようです。

スネアを遅らせるビートをトレードマークにしたのは、J Dillaフォロワーの1人であり、現在ではその枠に止まらない活躍を見せるビートメイカーのFlying Lotusです。

【Flying Lotus - Beginner's Falafel(2007年)】

LAのレーベルBrainfeederの代表として、ビートシーンだけでなく、テクノやジャズシーンからも高い人気を誇るFlying Lotus 。この楽曲は彼がデビューしたての2007年に Warp RecordsからリリースされたEP『Reset』からの1曲です。

翌年、Flying Lotusのスネアはここまで遅れます。

【Flying Lotus - My Chippy(2008年)】

ここまで来るともはや、5/4拍子の3拍目にスネアを置くポリリズムになっています。

Flying Lotusの登場と時を同じくして、LAのビートシーンを始め、世界中にJ Dillaフォロワーが現れ、00年代のアンダーグラウンドシーンは、このビートで飽和状態になるほどの大流行を見せます。

J Dillaの影響は、HipHopの外にも波及します。生演奏を生業にするドラマー達にも、J Dillaフォロワーが現れ始めたのです。まず、HipHopバンドThe RootsのドラマーQuestloveがJ Dillaのビートに影響され、ドラムを正確なタイミングで叩くのではなく、意図してズラすことを試みるようになります。この試みが、R&BアーティストD'angeloの歴史的名盤『VooDoo』(2000年)を生みます。更に時が経って、この試みを継承したドラマー達がジャズ界に現れます。その一人であるChris Daveが、ピアニストのRobert Glasperと共に作り上げたアルバムが2013年のアルバム『Black Radio』です。このアルバムはリズムの面でそれまでのジャズにはなかった要素を取り入れ、人々の耳に届けたアルバムとして、高い評価を受けました。

「Shibuya Marble Texture -PCCS-」の話からはだいぶズレましたが、ビートの打ち込み方1つとっても、様々な波及を見せるのがHipHopの面白いところです。J Dillaの影響はあまりに大きく、ここでは語り尽くせません。

多方面に多大な影響を与えたJ Dillaですが、2006年に亡くなっています。もう13年経ちますが、彼の亡くなった2月になると、今でもどこかしらでトリビュート音源が発表されます。

最後は彼の死の半年後にリリースされたアルバム『The Shining』からの1曲と、その波形をお届けして終わります。

【J Dilla - So Far To Go feat. Common & D'angelo(2006年)】

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7. 終わりに

前後編に渡って好き勝手に言ってきましたが、ヒプマイ曲について筆者が語れるのはここまでです。

それにしても、フリースタイルダンジョンが始まる以前の5年前と比べたら、日本でのHipHopを取り巻く環境は激変しましたね。

どんな時代も変わらないのは、HipHopは常に新しいアイデアで進化を続けてきた音楽だということです。

アイデアとは「組み合わせ」と「使い方」、もしくは「ルールの破壊」のことです。

Dr.DreがG-FunKを生み出した時、それはP-FunkとHipHopのビート、そして彼らのサグなスタイルの組み合わせで生まれました。

DJ PremierがChop&Flipを発明した時、彼は機材の新しい使い方を創造したのです。

J Dillaは他のトラックメイカー達の常識から抜け出し、彼だけの音を作り上げました。ルールを破壊したのです。

ではヒプノシスマイクとは、HipHopの進化の1つなのでしょうか?筆者ははっきりしたことを言える立場にはありませんが、「組み合わせ」「使い方」「ルールの破壊」の3つの観点から、ヒプマイが我々にどんなアイデアを提示しているのか、考えてみると面白いかもしれませんね。

この記事でHipHopのトラックの面白さを知ってくれたり、様々なHipHopのサブジャンルに興味を持ったり、プロデューサーもチェックしようかなと思ってくれる人がいれば幸いです。

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