見出し画像

短編シナリオ『#16 気になる音』

早紀、欠伸をする。
翔太、早紀を見る。

早紀「お腹空いたー」
翔太「そうっすね。なんか買ってきますか?」
早紀「んー、でも今食べたら夕飯食べられなくなるな」
翔太「じゃあ気分転換にコーヒーでも淹れてきますよ」
早紀「コーヒー飲めないからいい」
翔太「紅茶とかあるかも」
早紀「紅茶の気分じゃない」
翔太「……勝手にしてください」

早紀、デスクにつっぺする。
翔太、早紀と同じ態勢になって早紀を見つめる。

定時を過ぎたオフィス。辺りは真っ暗で、早紀と翔太の周りだけ電気がついている。早紀のデスクは、パソコンを開きながら資料や書類を引っ張っているため物で溢れている。隣の翔太のデスクは、早紀の資料が流れて雪崩が起きている。

翔太「もう帰りません?」
早紀「帰って良いよ、むしろこんな時間までごめん」
翔太「いや全然。早紀さんが帰らないなら帰らないです」
早紀「なんで」
翔太「なんでって……」

早紀、翔太を見て目が合う。

翔太「このまま置いて帰ったら、ここで寝て朝になりそうだから」
早紀「……確かにな」
翔太「やっぱり今日は帰」
早紀「今日出勤中にね」
翔太「あ、え?」
早紀「バス乗って来てるんだけど、隣に立ってたサラリーマンがヘッドホンしてたの」
翔太「はい」
早紀「その音が音漏れしてて、少し聞こえるわけ。何聞いてるのかなって近付いてみたんだけど」
翔太「え、見ず知らずの人に近付いたんですか」
早紀「満員だったから。そんな変質者みたいに扱わないで。乗客が増えたから仕方なく、仕方なくだよ」
翔太「……それで?」
早紀「そしたらヘッドホンから、蝉の声聞こえてきたの」
翔太「……聞き間違いじゃ」
早紀「ないって。本当に蝉の鳴き声。真夏の暑い日に実家で聞いたミンミンゼミと同じ声が聞こえた」
翔太「……へえ」

早紀「なんで蝉の声聞いてるのかなって……」

翔太「……あ、質問ですか」
早紀「気分転換」
翔太「転換にはなってないですけど」
早紀「どうしてだと思う?」
翔太「んー、蝉好きなんじゃないですか」
早紀「通勤ラッシュで聞きたいほど?」
翔太「俺らが好きなアーティストの音楽聴くみたいに、好きな蝉の鳴き声があるんじゃないですか」
早紀「なるほど」
翔太「あとは……誰かのためとか」
早紀「んー?」
翔太「例えば、自分の子供が昆虫好きとか。虫の声聞き分けてよお父さん!って言われたら、父親なら頑張って特訓するんじゃないですかね」
早紀「親ってそういうものなのか」
翔太「知らないですけど。憶測です」
早紀「誰かのために聞く音、ね」
翔太「はい。誰かのためなら、その音も好きになったりするものですから」

早紀「じゃあそれも誰かのため?」

早紀、翔太のスマホを指さす。
翔太のスマホには、人気バンドのコアな曲が表示されている。

翔太「あ」
早紀「私もそのバンド好き。特にその曲が好き」
翔太「そう、ですよね」
早紀「好きになった?」
翔太「はい!?」
早紀「その曲。そのバンド。好きになった?」
翔太「……これから、好きになろうと思います」
早紀「そう。……帰ろう」
翔太「え?」
早紀「ご飯行かない?好きなバンド、もっとたくさんあるの」
翔太「……はい」

早紀、大きく伸びをしてデスクを整理しだす。
翔太、早紀を見つめる。


この記事が参加している募集

スキしてみて

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?