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短編シナリオ『#13 多重人格の時代』

翔太「女性って、SNSのアカウント何個もあるって本当ですか」
萌子「女だけじゃないでしょ、男もでしょ?」
翔太「俺の友達にはいないと思いますよ。聞いたことないし」
萌子「人に教えるやつは複数アカウントを作る資格ないね」
翔太「え?」
萌子「それ美味しかった?」

萌子、翔太の皿に乗っている小さなチョコレートケーキを指さす。

翔太「……あ、はい」
萌子「じゃあ私も持って来よう」

萌子、立ち上がる。


時刻は午前八時。ビジネスホテルの朝食バイキング。

出張でホテルに泊まっていた萌子と翔太は朝食を食べている。

萌子、戻って来る。
手に持っていたのは白米と味付け海苔。

翔太「え、ケーキは?」
萌子「一回しょっぱいの挟むわ」
翔太「先輩ってめっちゃ食べるんすね」
萌子「いっぱい食べる女は可愛いかろう」
翔太「タイプだったらね」

萌子、味付け海苔のパッケージを千切る。

翔太「気になる異性と出張に行くことになって手違いで同じ部屋取っちゃってどうにかなりたかったなー!」
萌子「ごめんねー、手違いで同じ部屋になることも無く気になる異性でもなくて。ていうか夢見過ぎね、そんなこと無いから」
翔太「まあホテルの予約俺だし。自分から仕掛けるのも違うし」

翔太、チョコレートケーキを食べる。

萌子「SNSだけじゃないんじゃない?」
翔太「はい?」
萌子「複数アカウントの話」
翔太「ああ……で?」
萌子「現実でもそうだってこと。例えばさ、部長に対する態度と私に対する態度って違うじゃん」
翔太「まあ、はい」
萌子「兄弟いる?」
翔太「兄貴と姉貴が」
萌子「私と、お兄さんと、お姉さんへの態度も一人ずつ違うでしょ」
翔太「確かに」

萌子「現実でも人は人格変わるんだよ。多重人格ってやつ」

翔太「人格が変わる。言い過ぎじゃないですか?」
萌子「そうかな?」
翔太「あーでも、複数アカウント持ってる人って、アカウントごとに相手にしている人も違うわけですよね」
萌子「趣味とか、考え方とかも違うだろうしね」
翔太「現実はそこまで違わないけど、態度は変わるか」
萌子「ドレスコードみたいなさ、服装とかも人によって変わったりするじゃん」
翔太「そうですね」

萌子「SNSはただ、現実に、人格っていう仮面被せてるだけなんだよ。人格をたくさん持っていて、それをより鮮明な物にするのが仮面」
翔太「なるほど」

萌子「複数アカウント持ってる女性はタイプじゃないとかいう話?」
翔太「いや、そうじゃないんですけど」
萌子「うん」


翔太「早紀さんって裏垢とか、ありますか」


萌子「……は?」
翔太「いやマジで、なんでもないです……」
萌子「早紀の裏垢があったらどうなの?」
翔太「あるんですか」
萌子「知らないよ。あっても早紀が私に言ってないかもしれないし」
翔太「そうですか……」
萌子「早紀が裏垢持ってたら嫌ってこと?」
翔太「……よく言うじゃないですか、裏垢女子はやめておけって」
萌子「そうなんだ」
翔太「聞いた話だし分かんないんですけど。今までの彼女だって、俺に言ってなかっただけであったかもしれないし」
萌子「そうね、確実にあっただろうね」
翔太「なんでそんなこと言うんですか」
萌子「いいじゃん誰しも裏はあるって。早紀だって、アカウントは無くても裏の顔くらいあるでしょ」
翔太「裏の顔って、なんですか」

萌子、黙ってから翔太の顔を見つめる。

萌子「早紀、甘いもの食べられないの」
翔太「え?」
萌子「特にチョコレートは、なんであんなの食べられるか分からないって言ってた」
翔太「それ別人格じゃなくてただの好き嫌いじゃないですか」
萌子「裏の顔あってもなくても良いじゃん。自分で見た早紀が、本当の早紀だから」

萌子のスマホが鳴る。

萌子「あ」
翔太「部長ですか?」
萌子「早紀」
翔太「え!?」

萌子、電話に出る。

萌子「もしもし?うん、今いるよ。今日出るから、夕方にはそっち戻る。直帰の予定だけ……ど」

萌子、翔太を見る。
翔太、萌子を不思議そうに見つめる。

萌子「私今日用事あるから無理なんだけど、後輩一人会社に返すわ!」
翔太「え?」
萌子「四時くらいかな、うん分かった。はーい」

萌子、電話を切る。

翔太「あの」
萌子「四時過ぎに会社戻ってくれる?」
翔太「良いですけど、なんでですか」
萌子「企画部人足りないんだって。最近他のプロジェクトに人取られたらしい」
翔太「営業部の俺で良いんですか」
萌子「力仕事くらいは出来るでしょ?差し入れとかさ」
翔太「はあ……」
萌子「自分で確かめてみなよ。早紀がどんな人格で自分と向き合ってくれるか」

萌子、スマホを操作する。
翔太のスマホが鳴る。
萌子から、居酒屋のURLが何件か送られている。

翔太「これは」
萌子「早紀と行こうと思ってた居酒屋。必ず気に入るから連れて行きなよ」
翔太「……いや、急に無理ですよ」
萌子「大丈夫。信頼出来る後輩だって紹介してあるから」
翔太「尚更無理ですって」
萌子「早紀の裏の顔、もう一つ教えてあげるよ」
翔太「え?」
萌子「年下からの押しには弱い」
翔太「……だからそれただの秘密」
萌子「同じ企画部の卓也さんにも狙われてるから、ライバル監視しておいでー」

萌子、立ち上がってケーキコーナーに向かう。

翔太「……食べ過ぎですって」


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