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55歳がすってんころりん。派手に転んで人生について考えた話

大人になって転ぶことってあまりない。あまりない事を、派手にやらかした。

雨が上がったので散歩ついでにいつもの公園に行った。時刻は午後5時半頃。日が暮れかかった公園は肌寒く人影もまばらだった。普通に歩くだけのつもりだったが、敷地内にあるプレイグラウンドを見ると、珍しく誰もいない。普段は駆け回る子供達とその保護者で賑わっているので遠慮、というかまあ用もないので入った事が無かったが、ゲートを開けて中に侵入してみた。

プレイグラウンドにあるべき遊具が点在する他に、こんもりと小さな山を設えて高低差が作られているなかなか素敵なデザインだった。子供にとっては平坦な地面よりもアドベンチャー度が数倍アップするだろう。「息子が小さな頃に連れて来たら喜んだだろうなあ」。いつも走り回っていた幼児の彼を懐かしく思い出しながら、その坂を登ってみる。私はニワトリではないがバカなので、高いところを見ると本能的に登りたくなるのだ。

小山を登りきると、地面に組み込まれた形でそこから降りる滑り台が設置されていた。

もちろんヒャッホウと滑り降りるほど私もおめでたくはない。その横の坂を、ゆっくりと降りて行こう。思ったより急だな……と2歩ほど下がったところで、濡れている芝生に足が滑った。あっと思った時にはバランスを崩していた。何か掴むものはと思ったが何もなかった。その瞬間、私は自分の脳で自分の身体をコントロールできなくなった事を知った。

ああっ、これヤバイやつ、ヤバイやつ。己の身体が制御不能となりつつも、頭は何故か冷静に1、2秒後の展開を予想している。スローモーションの様に両足が宙に浮き、お尻が勢いよく地面についた。

イタタタタ……すごい衝撃だ。肘も強く当たったらしく、ただでさえ五十肩気味だった右腕が特に痛む。

前述の通り周囲には誰もいなかった。知り合いだろうが他人だろうが、もし誰かに大丈夫ですかと心配されても大丈夫ですと言う他なかっただろう。その時の私はそんな不毛なやり取りをする余裕もなかったので幸いだった。それにしても、無人の薄暗いプレイグラウンドで勝手に転ぶ55歳って怪しすぎる。誰にも突っ込まれる事もなく、苦笑いも出来ずに地面に倒れている情けなさと言ったら。

よろよろと立ち上がろうとするも、まっすぐ立つことが出来ずに2、3歩歩いてしゃがみこんでしまった。心臓がドキドキしている。身体も痛いが、精神的なショックが大きい事にびっくりした。子供はよく転んでもすぐに起き上がってまた元気に走り回るが、体重もあり柔軟性も減少した大人はそうはいかない。文字通り痛感した。更に言えば、子供は転んでも頭で何も考えずとも本能的にダメージが少ないのに比べ、大人は経験により次に起こる事をほぼ正確に予測できたにも関わらず、それを回避するだけの身体能力を持ち合わせていないという事か。これはちょっと怖ろしい事実に気づいてしまった。

プレイグラウンドを出てからも何故かまっすぐに立つ事が出来ず、腰を曲げながらふらふらと家路につく。徒歩5分の道を何度も立ち止まったり、塀に手をついたり、しゃがみこんだりしながら帰還した。部屋に入るなり、ふらふらと座り込んでしまい、夫と息子にかくかくしかじかと説明していたら涙が出てきた。

その後、急に怖くなってきた。骨も折れていないし転んだ拍子に車にもひかれなかった。しかし以前なら笑い話にしかならない、この程度の尻もちで何なんだ私のこのダメージの大きさ。身体も痛いが精神的ショックも大きい。当然ながら今後はどんどん身体能力が落ちて、たとえば10年後や20年後にこの様な不注意で転んだら骨を折るかもしれない。

息子が大学に入ったら日本に帰国しようかとぼんやりと考えていたが、一人暮らしでやって行けるのだろうかとかどんどん心配になる。いったいこれからどうなってしまうのだろう。

しかしそこではたと気づいた。いや、この心の動き、ネガティブどころかポジティブなんじゃね?

実はロックダウン1、2はそれなりにハッピーに過ごせた私も、今回の3は天気の悪さもあり閉塞感で気持ちが沈む毎日だった。仕事も減った。泣面に蜂で先週は直接の知り合いが初めてコロナで亡くなり、オンラインの葬式を観ながら、やり切れない気持ちになった。灰色の空を見ながら「何のために生きてるんだろう」「もう死にたい」と毎朝思っていたのだ。

しかし今、私は10年後20年後まで考えて、きちんと生きて行けるかどうかと心配しているのだ。これ「死にたい」に比べたら超前向き。

前にも経験があるが、熱が出たり怪我したりすると、身体的不調と戦うのに必死で、死にたいとか寝ボケた事を思わなくなる。回復したい本能が強く出て、つまらない事を考える余裕がなくなるのかもしれない。

そう思うと、単純な私はなんんだか生まれ変わった様な気になった。よく映画やドラマで頭をうって急に人格が変わるみたいな話があるが、55歳の私はお尻を打ってプチ生まれ変わった。気分になった。そういうわけで、お尻を打った後私は少し前向きになった。

長々と書きましたがそんな着地点です(笑)。数十年ぶりに転んだら心身へ与える衝撃や影響が自分でも意外なほど大きかったという事でした。



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