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異国の地でもらった優しさのバトン

スペインにて

「パスポートが、ない」

友人が青ざめながらそう呟く。私たちは観光客でごった返すバルセロナの小さな通りで、途方に暮れた。

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その当時、私は大学生で、1年間休学をし、イギリスに留学をしていた。
留学先で知り合った親友と、束の間のバカンスを楽しむために訪れたスペイン。その旅行の三日目の出来事であった。


最初に異変に気付いたのは、私だった。ふと隣にいる友人を見ると、彼女のカバンのチャックが空いていたのだ。

「チャックあいてるよ?」と私が声を掛け、念の為何か盗られていないか確認をする。そして、カバンの中にあったパスポートが、入れ物ごとなくなっていることに気付いたのだ。


私と友人はパニックになった。いつ、どこで盗まれたのかさっぱりわからない。もしかしたら落としたのかも…?と、来た道を戻りながら目を凝らすが、見つからない。もう一度鞄の中を見る。万が一のことも考えて私の鞄の中も一通り見た。しかしどこにも見つからない。「どうしよう…」と涙声になる私たち。


「どうしたの?」


すると、声を掛けられた。道路の真ん中で途方に暮れている外国人が気になったのか、現地の方が話かけてきたのだ。

私が状況を説明すると、親身になって色々と教えてくれる。スリにあっただろうから、警察に行ってみた方がいい、とか。パスポートがないなら大使館に行くしかない、など。
たまたま見つけた私たちにとても優しく、「大丈夫よ。元気だして!」と励ましてすらくれた。
最終的に、警察までの道を教えてくれ、私たちは別れた。


そして、警察への道のりでも、ことあるごとに現地の方が話かけてくれた。

事情を話すとみんなが心配してくれ、道のりを丁寧に教えてくれる。結局、私たちは3人以上の方に教えてもらいながら、警察まで無事にたどり着いた。そしてその後、大使館で手続きを行い、ことなきを得た。

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この経験で印象に残ったのは、スリではなく、助けてくれた人たちの姿だ

異国の地でのトラブル。右も左もわからないという経験は、想像以上に心細いものだと実感した。だからこそ、親切にしてくれた人々の対応は、私と友人にとっては、ものすごく心に沁みるものだった。


そしてこの経験をきっかけに、「日本で海外の方が困っていたら絶対に助けよう!」と心に決めて、スペインを後にした。



小さなおせっかい

帰国後、私が驚いたのは、周りを見渡せば、たくさんの海外の方が「困っている」ということだ。


スペインでの出来事から、おせっかいではあるが、外で困っていそうな海外の方を見かけたら話しかけるようにした。
ある時は、駅のホームで。ある時は皇居前の道端で。


英語で「何かお困りですか?」と尋ねると、みんなほっとしたような表情をして、「どこどこに行きたいんですが…」や「○○ってお店がみつからないんです」と話してくれる。場所がわかるところは伝えて、わからなければスマホで検索する。時間があれば、そこまで案内することもあった。




その中で、一番印象に残った出来事がある。
それは数年前、浜松町駅にいた時のことだった。

電車に乗ろうと券売機に向かうと、海外から来られただろう団体客が路線図を見ながら困ったような顔をしている。なんとなく日本語が読めないのかなと思い、私はその中の一人の女性に英語で話しかけた。


「何か困っていることはありますか?」
「渋谷に行きたくて…」
「じゃあ私も同じ方向なので、途中まで一緒に行きましょう」


同じ方向というのはウソだったが、次の予定まである程度時間があったので、せっかくだし案内しようと思った。
券売機でのチケットの買い方を教えて、一緒に改札をくぐる。目的地に向かう途中、短い間だったがお話をした。最初に話かけたおばさまは、スペインから来られたようだった。


バルセロナに行ったことがありますよ〜」と言うと、嬉しそうに「いいところでしょ?」と聞かれた。

私はあの時の経験を思い出し、実感を持って「本当に素敵なところでした」と伝えた。



乗り換えの駅に着いて、彼らと一緒にホームを降りる。「次に乗る電車はこれ!」というところまで伝えて、「私はここから別の電車に乗るので」とホームで別れた。

最後に、おばさまと握手をする。
「スペインに来る時は言ってね」と言われて私は「はい、必ず」と伝えた。

自分がスペインでもらった優しさを、やっと少しだけ返せたような気がし
た。



優しさの連鎖



この行為は、私のおせっかいであり、そして自分なりの小さな恩返しだ。
あの時、助けてくれた現地の人々のおかげで、スペイン旅をポジティブな気持ちで終わることができた。あのまま、二人で途方に暮れていたら、暗い気持ちでバルセロナを後にしていたのだろう。
出会った方に「スペインは素敵でした」と答えられたのも、あの時、沢山の優しさに触れたからだ。



旅が「良い思い出」になるかは、きっと出会う人たちによって変わる。

コロナ禍を経て、多くの観光客が日本を訪れて始めている。私は、この小さなおせっかいを続けていこうと思う。きっと私のように、誰かの心を温め、次の優しさが生まれていくと信じて。


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