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韓国文学の読書トーク#04『ラクダに乗って』

「新しい韓国の文学」シリーズをテーマ本にした、読書会形式の連載です。語ってくれるのは「100年残る本と本屋」を目指す双子のライオン堂の店主・竹田信弥さんと読書会仲間の田中佳祐さん。お二人と一緒に、韓国文学を気軽に楽しんでみませんか?

田中:みなさんこんにちは。今月も本屋さんの片隅から、僕たち二人の読書会の様子をお届けしたいと思います。
竹田:双子のライオン堂まで基本自転車で来てるんですけど、田中さんは好きな乗り物ありますか。
田中:「好きな乗り物」って幼稚園以来の質問だよ! 僕はバイクに乗りたくて、最近教習所に通ってます。
竹田:馬とか動物で通勤とかしてみたいですけど。
田中:中東の国では、ラクダに乗るために免許が必要らしいですよ。ちなみに、ひとコブは小型、ふたコブは大型免許が必要だったとか。
竹田:んな馬鹿な!
田中:というわけで、今回紹介するのは「新しいの韓国文学」シリーズの4冊目『ラクダに乗って 申庚林詩選集』(シン・ギョンニム著、吉川凪訳)です。

シンギョンニムさん

著者の申庚林さん(『ラクダに乗って』刊行記念イベントにて撮影)

田中:まずは、あらすじを紹介しましょう!
竹田:あれ? 詩集にあらすじってあるんですか? めっちゃ難しくないですか。
田中:じゃあ、どんなテーマが描かれているかを話してみましょうかね。
竹田:農家の生活や田園風景などが多様に書かれていました。韓国の飲み屋兼宿屋であるコミュニケーションの場、酒幕なども出てきます。
田中:人々の暮しだけでなく、戦争の記憶をテーマにした詩も収録されていますね。歴史に詳しくないのですが、朝鮮戦争やベトナム戦争について書かれていたと思います。
竹田:ストレートに社会的な詩だけじゃなくて、ラクダや犬、猫に、雨とか川とか自然を描くような作品も収録されていて幅が広い
田中:この時代の詩と政治については、関係性は本の解説にも書いてありましたね。
竹田:詩が社会にどんな役割を持っているのかを知るのは面白いですよね。

田中:じゃあ、お互いの感想とか話してみましょうか。
竹田:詩の読書会って難しいですよね。
田中:最近、中原中也の読書会やりましたね。
竹田:今日もですけど話す前まで、とても緊張していました。詩の感想って自分の中で複雑に絡み合うので、それをうまく言葉にできるか心配だったんです。
田中:小説の読書会を僕たちはめちゃくちゃ沢山やってますけど、ちょっと違いますよね。
竹田:詩の言葉として本に書かれていることと、そこから連想することが、同時に心に迫ってくる。作品の内容と自分のイメージの両方を混同していないか不安になる。十分に理解できていない、自分でも分からないものを、言葉にする恥ずかしさみたいなものがあった。
田中:書かれている字数以上の言葉で話すことが不思議。作品は100文字しかないのに、自分の感想は1000文字になっちゃう。これは詩特有の体験ですよね。
竹田:実際、詩の読書会をやってみて、みんなで「この詩は全くわかないねとか」「だけど、この詩の冒頭の文章は良いと思った」とか正直に話して盛り上がった。最初は心配だったけど、むしろ詩は読書会に向いてるのかもしれない。

田中:具体的な作品の話をしていきましょう。好きな詩、気になる詩はありましたか。
竹田:「下山」(p.121)がグッと来ましたね。人生について書かれていて、単純といえばそうなんですけど。35歳になって、登ることばかり考える時期から、山を降りていくことも意識しないといけないな、とちょっと感じていたから、スーッと体の中に入ってきました。
田中:僕もとても気に入りました。2ページの短い詩なんですけど、ページをめくった先に印象的な文章が現れて終わる。このページ構成がとても素敵だと思いました。生きることと死ぬことについて書いてある詩は好きです。
竹田:「銀河」(p.171)も良かったです。寓話みたいな詩で、なんでも呑み込んじゃう鯨が村まで呑み込む描写があって、その後に続く二行にリアリティがある。多分社会批判とかのメタファーだと思うんですけど、頭に絵が浮かんで入り込みやすい。

  銀河

奴は手当たり次第呑みこんでしまう巨大な鯨
本とテレビと冷蔵庫を呑み乗用車を呑んでいたが
最後には村を呑み人間まで呑みこんでしまった
とうとうぼくらは奴の腹の中に入った
奴が傾くたびあっちに寄ったりこっちに寄ったりしながら
転び 倒れ 互いに頭をぶつけ

誰が敢えて鉄の串を研いで腸壁を刺すとか
紙のような燃えやすい物を集めて点火することなど考えるものか
くしゃみでぼくらを吐き出させるより先に
奴がこれ以上揺れ動くのが怖いのだから
そうしているうちぼくらの身体は
腐敗物にまじって徐々に溶けてゆくだろう
天のあの高みに また銀河はひときわ青く

田中:込められた主張とは別に、言葉とかイメージが心地良いことって、大事ですよね。「銀河」は『角』という詩集の一篇なのですが、この本に載っている『角』から抜き出して収録されていた作品は全部好きです。力強い社会への批評性がありつつも、とても豊かなイメージが浮かんでくる詩ばかりでした。

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詩集『角』(2002年、創作と批評社刊)

竹田:田中さんはどの作品に注目しましたか。
田中:僕は「牛博労のシン・ジョンソプさん」(p.109)が好きです。牛博労(うしばくろう)って馴染みがないと思いますが、牛を売買する職業で牛の扱いに長けている人だそうです。ジョンソプさんの牛を操る技術を描きながら、市民を虐げる権力者や侵略者を批判しています。愚かな権力者たちを「とってもおとなしい牛にしてやりたいと思う」というフレーズにユーモアと日常生活で決して消えない怒りが込められていて、とても良い詩だと思いました。

  牛博労のシン・ジョンソプさん

霊興島(ヨンフンド)で出会った牛博労のシン・ジョンソプさんは
たった三言(みこと)で牛を追う
手綱を持ってイリャイリャと引っぱり
よそに行こうとする牛をオデョオデョと引き留め
疲れて息が上がればウォーウォーで止める
牛博労のシン・ジョンソプさんは何だってわかる
牛の目がぱちくりしただけで どこが痒いのかわかり
耳をびくっとさせただけで どこが痛いのかわかる
牛を追って行く道のどこいらに
溝があり石が埋まっているのかも全部知ってるし
道で会うよその牛の年齢や
性質までもたちどころにわかる
だから牛博労のシン・ジョンソプさんはたった三言で
世の中を追い立てようとする人たちが憎い
人々はどこが痛くて
どこが痒いのかも知らないくせに
イリャイリャで引っぱり
オデョオデョで治めようとする愚かな人々が
憎いのを通り越して気の毒だ
どこに水があって
どこに火があるのかも知らないで
ウォーウォーだけで止めようとする人たちが
気の毒を通り越して哀れですらある
三言だけで世の中を追い立てようとして
水や火の拷問で人を
こん棒や足蹴りで国を掌握し
しまいには性拷問で自ら獣になった
間抜けな人たちをそっくり捕まえてきて
何だって知っている牛博労のシン・ジョンソプさんは
そいつらの息子や娘まですべて捕まえてきて
百年ぐらいは牛博労をやらせたいと思う
夏も冬も島をさまよう牛博労を
千年ぐらいは やらせてみたい
たった三言で逆に牛に引かれる
とってもおとなしい牛にしてやりたいと思う
イリャイリャ オデョオデョ ウォーウォーだけで牛を追いながら

竹田:「イリャイリャ」とか「ウォーウォー」っていう牛追いが使う掛け声が、詩にリズムをつけています。日本の詩にも擬音語とか擬態語で表現することがありますが、これは言葉、いわゆる牛語というのがいいんです。
田中:この牛追いの掛け声のフレーズが、作品の中の転換にも使われていて、権力者が市民を虐待する姿を牛追いと牛の関係に例えてみたり、自分たちが権力者たちを追い立てる立場になってみたいと願ったり、役割の入れ替わりの様子もテンポがあって非常に面白いです。
竹田:詩のリズムって大事ですね。詩の翻訳はとても難しそう。
田中:そういう意味では、翻訳もいいですね。

田中:作品のテーマとあまり関係ないかもしれないけど「花札」とか「麻雀」とか、ゲームが登場したことが印象的でした。
竹田:田中さんゲーム好きですからね。
田中:ゲーム研究家の草場純が話していたのですが、ゲーム(遊び)というのは人々の生活に密接に関わっているのに、歴史的な資料としてあまり残されていないそうです。遊びだからわざわざルールを書き残したりしないし、賭博に使われていたりするゲームもありますから、やはり記録したくない。そんな記録に残らない文化だからこそ、日々の暮しを強くイメージさせるアイテムになっていると思います。
竹田:面白い視点ですね。文学だからこそ目の前に現れた。
田中:「花札」は日本が韓国を植民地支配していた時代に、広まったもののようですので政治的なアイテムとしても意味がありますね。

田中:言い残したことありますか。
竹田:「ぼくはなぜ詩を書くのか」というエッセイが載っているんですけど。その最後の方に、詩は今の世の中のスピードとあってないけど、のろのろと歩むしかない。そののろさに希望があるということを書いていて、文学好きとして共感しました。文学はスローメディアなんて言われます。すぐに分からない、すぐに役に立たない、からダメと言われることもある。けど、そうじゃなくて、ゆっくり分かっていくもの、そもそも分からないものもあっていいんだと思うんです。
田中:すぐに使えるものは、すぐに陳腐化してしまう。理解するのに時間のかかるものは、長い時間の流れに耐えるような気がします。

竹田:詩の中に韓国の料理が沢山出てきてお腹が空きましたね。
田中:僕たちはすぐに食べ物の話をしますね。ムク[澱粉を煮て固めた、コンニャク状の食品]とか、ヘジャンクク[酒を飲んだ翌日などによく食べる
辛いスープ]とかレシピを調べましたよ。
竹田:好きな韓国の料理はなんですか。
田中:石焼ビビンバですかね。韓国に旅行いくと、いつも美味しいお店を探して食べに行きます。
竹田:僕は、スンドゥブです。辛いのが苦手なんですけど、これはいけるんですよね。
田中:今日の夕飯は韓国料理かな。
(このあと二人は、スーパーに買出しにいくのであった)

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◆PROFILE
田中佳祐
街灯りとしての本屋』執筆担当。東京生まれ。ライター。ボードゲームプロデューサー。たくさんの本を読むために2013年から書店等で読書会を企画。企画編集協力に文芸誌「しししし」(双子のライオン堂)。好きな作家は、ミゲル・デ・セルバンテス。

竹田信弥
東京赤坂の書店「双子のライオン堂」店主。東京生まれ。文芸誌「しししし」発行人兼編集長。「街灯りとしての本屋」構成担当。単著『めんどくさい本屋』(本の種出版)、共著『これからの本屋』(書誌汽水域)、『まだまだ知らない 夢の本屋ガイド』(朝日出版社)など。FM渋谷のラジオ「渋谷で読書会」MC。好きな作家は、J・D・サリンジャー。
双子のライオン堂 公式サイト https://liondo.jp/

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◆BOOK INFORMATION
新しい韓国の文学04『ラクダに乗って 申庚林詩選集 』

シン・ギョンニム(申庚林)=著/吉川凪=訳
ISBN:978-4-904855-13-3
刊行:2012年5月
http://shop.chekccori.tokyo/products/detail/52

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