見出し画像

映画「主戦場」が言いたかったこと/(「どこにいても、私は私らしく」#38)

ミキ・デザキ監督のドキュメンタリー映画「主戦場」をめぐって、出演者が監督と配給会社に上映中止と損害賠償を求めた裁判の判決が今年1月にあり、原告の請求を棄却した。デザキ監督は日系米国人で、慰安婦問題に関し、日本、韓国、米国の論争の中心人物を訪ねて意見を聞き、ニュース映像や記事と組み合わせて作った映画だった。原告は、米国弁護士ケント・ギルバート氏、「新しい歴史教科書をつくる会」の藤岡信勝副会長ら5人で、「合意に反して商業映画として一般公開し、著作権や肖像権を侵害した」と訴えていた。

「主戦場」は2019年、日本で公開された後、韓国でも公開された。実はその前に2018年に釜山国際映画祭で上映され、話題になっていた。釜山で見逃した私は日本に一時帰国したタイミングで見て、韓国公開のタイミングでデザキ監督の記者会見を取材した。
テーマがテーマなので「おもしろい」と言うのは不謹慎だが、巧みな編集でテンポよく論争がまとまっていて、映画としておもしろかった。慰安婦問題に関しては日本ではタブーのようになってしまい、発言が難しい雰囲気の中、「主戦場」は日系米国人という日本や韓国から一歩離れた立場の監督だからこそ、タブーに挑めたように思う。
映画はデザキ監督が自ら、英語でナレーションを務めた。慰安婦問題に関しては日本の監督が作っても韓国の監督が作っても、先入観を持って見てしまう傾向があるが、英語のナレーションが、第3者的な視線のように感じられた。

「主戦場」は映画そのものも話題になったが、上記のように、映画の外でも論戦となった。一部の出演者が、「大学院生だったデザキ監督の研究に協力したが、映画として公開されると知っていたら、インタビューは受けなかった」と主張し始め、デザキ監督もすぐにそれに反論する動画をアップした。動画では、監督は「映画が卒業プロジェクトだと説明したのは事実だが、もし完成した映画の出来がよければ映画祭への出品や一般公開も考えていると伝えていた」と述べた。さらに出演者たちは出演承諾書(合意書)にサインしており、公開に関する規定もあったという。私もインタビューはたくさんしてきたが、合意書のようなものを交わした経験はなく、米国式なのかなとも思った。

公開は不本意だったと主張するのは「右派」と呼ばれる人たちだ。確かに、映画は客観的に様々な主張を見せているようで、見終わると右派の主張は根拠に欠けると感じた。例えば、杉田水脈衆院議員は「日本人はほとんどこんな問題は嘘だろうと。信じている人はもういないと思うんですよね。こんなことないよね。強制連行なんかやりっこないよね」と話していた。根拠のない発言を堂々とする国会議員の姿に、不快を通り越して吹き出した。
ただ、監督は右派を批判するためにこの映画を作ったわけではない。「日本人と韓国人が慰安婦問題について和解する日が必ず来ると信じている。そのためにまずすべきことは、互いの意見をよく聞き、理解すること」と話していた。慰安婦問題に関しては感情的になりがちで、まともに対話できなくなっている。この問題に関心のない日本人も少なくない。「主戦場」でも、慰安婦問題についてよく知らないと答える日本の若者が登場した。

デザキ監督が慰安婦問題に関心を持ったきっかけは、「植村バッシング」だったという。朝日新聞記者だった植村隆さんが、慰安婦問題に関してバッシングを受けた件だ。
私は朝日新聞在籍時は植村さんと面識がなかったが、退社後、韓国へ留学してから直接会った。ソウルで植村さんの講演を聞いた時には、植村さん宛てに送られてきた大量の手紙の写真を見た。「売国奴」「日本から出て行け」といった言葉があふれていた。私自身、韓国で慰安婦関連の映画が公開されるという記事を日本向けに書いた時、ツイッターで「国民の敵」などと非難を浴びたことがあったが、植村さんへのバッシングは比較にならない規模だった。一方で、植村さんを応援する人も日韓でたくさんいる。

2018年12月には、日本大学芸術学部映画学科の映画祭「朝鮮半島と私たち」で、朴壽南(パク・スナム)監督のドキュメンタリー映画「沈黙-立ち上がる慰安婦」を見た。上映後のトークには朴監督本人が出席する予定だったが、代わりに娘の麻衣さんが出席した。麻衣さんによれば、この映画祭ではない別の場で、「沈黙」上映にあたって右翼団体の上映妨害を受け、監督は心身共に疲れて出席できないとのことだった。この件に関しては、横浜地裁が上映の妨害禁止を命じる仮処分決定を出した。全国の弁護士ら140人以上が代理人となって申し立てた結果だった。監督や映画を守ろうと立ち上がる人も少なくない。

「主戦場」のデザキ監督が期待する日韓の和解はいつ実現するのか分からないが、まずは多様な意見を聞きたいと思う。

ヘッダー写真:「主戦場」韓国公開前、記者会見で話すミキ・デザキ監督(中央)

...........................................................................................................................................................
成川彩(なりかわ・あや)
韓国在住映画ライター。ソウルの東国大学映画映像学科修士課程修了。2008~2017年、朝日新聞記者として文化を中心に取材。現在、韓国の中央日報や朝日新聞GLOBEをはじめ、日韓の様々なメディアで執筆。KBS WORLD Radioの日本語番組「玄海灘に立つ虹」レギュラー出演中。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?