旅する小人 小説 ③ 中国編 中
※ この物語はすべてフィクションである。
~ 中国編 中 ~
王は小人に名刺を手渡した。
「王さん、ありがとうございます。お金がないので、僕は多分、ガイドは頼めないと思います。でも、中国語も話せないし、木曜日まで泊まる宿もありません。安いホテルを紹介してもらえませんか?」
「いいけど、大変ね、あなた。これから。駅の外でタクシーを捕まえてあげるから、ホテルまで乗せてもらえるよう言ってあげるよ」
「王さん、何から何までありがとうございます。斎藤さんも、ありがとうございます」
「君、中国語話せないなら、ガイド雇ったほうがええで。どうやって世界一周とかするんや? 」
「まぁ何とかなると思います。旅をしながら何とかしてきます。もし本当に旅を続けるのが無理になったら、日本に帰りますから」
「そうかぁ。まぁ無理しないで、命大事にするんやで。君、お父さんもお母さんもおるんやろ? 君が言ったようにいざとなったら日本に帰ったらええんや。君、まだ若いんやから何でも出来るんやから」
「斎藤さん本当にありがとうございます」
3人は喋りながら歩いて、上海駅から出てタクシー乗り場まで移動していた。
王は1台のタクシーの運転手に話しかけた。
すぐに王が小人にタクシーに乗るように指示をして、小人はバックパックを胸の前に抱きかかえると、そのタクシーの中に入っていった。
王が運転手に行き先を告げると、タクシーのドアが閉まった。
小人は2人に礼をした。
2人は小人に手を振り、タクシーは走り始めた。
そのタクシーは、上海駅を走り出してから5分も経たないうちに、10階建て以上の高さはあるホテルの前に止まった。
小人が運転手に「ここか?」 と尋ねると、運転手の中年男は「そうだ」 と言った。
男はそこで小人からお金を受け取ると、タクシーに乗って走り去って行った。タクシーに降ろされたあと、小人はホテルの周りを歩き回った。
彼が歩いてまわった道中には、他に開いている宿や店はなかった。
彼が会えた動物は、夜の闇の中でゴミを漁っている野犬だけだった。
小人はタクシーに降ろされた場所へと戻り、ホテルの中へと入っていった。
彼がホテルの入口からロビーに入ると、間接照明によって、暖色の光が点々と灯っている。
灯りの近くにあるテーブルや椅子などが視認出来る。
しかし、灯りのある点以外の場所になると、真っ暗で何も見えない。
窓口が一層明るかった。
壁際にランプが2つあり、テーブルの上にランプが1つ置かれている。
テーブル上のランプの灯りが、その下にある、宿泊者用の記帳を照らしている。
小人は窓口へと歩いていった。
すると、彼はテーブルの上に、灯りに灯された金色のベルを見つけた。
彼はそれを鳴らした。
窓口の壁際の扉が開かれ、従業員の若い男が、目をこすりながら姿を現した。
小人は男に、「宿泊したい」 と言った。
小人の発した言葉は、従業員の男には通じていなかったが、彼は鍵を取り出すと、小人をホテルの中へと案内した。
2人は、1階ロビーの中央に位置している、エレベーターの中へと直進して入った。
従業員が入口近くにあるボタンを押すと、鉄格子の縦横2重になっている扉が閉まり、エレベーターは鈍い音を鳴らしながら、上へと昇って、4階で止まった。
2人はエレベーターから出ると、男は通路の1番奥にある部屋に小人を案内した。
部屋の扉の鍵をまわして開けると、小人は部屋の中へと入った。
入口の扉から、真向かいにある窓まで、部屋の床には赤い絨毯が敷かれている。
ダブルベッドが2つ置かれてあり、その向かいには鏡と化粧台がある。
「ここに今日泊まりたいです。あとインターネットをしたいです」 と小人は従業員の男に言った。
「了解致しました。受付の手続きは明日の朝にお願いします」 と男は言うと、小人に鍵を渡して部屋から去っていった。
小人はドアを閉めて、服を脱いでシャワーを浴び始めた。
彼が身体と着ていた服を洗っていると、部屋のドアがノックされた。
小人はシャワーを止めなかった。
するとノックの音は、扉が殴られているような音へと変わった。
その音は、小人がシャワーを止めて、タオルで軽く体を拭き、ドアを開けるまで止むことはなかった。
小人が、タオルで股間を隠しながらドアを開けると、そこには清掃服を着た、背の低い中年女性が立っていた。
彼女は手に持っていたUSBケーブルを、裸の小人へと手渡すと、踵を返してその場を去った。
小人はドアを閉めると、USBケーブルを化粧台の上に置き、服と身体を再び洗い始めた。
それが済むと、壁際の暖房機に椅子やハンガーに、洗った服を掛けると、彼は灯りを消して眠った。
次の日の朝、彼が1階の受付に向うと、宿泊客が沢山ロビーにいた。
それは家族単位で集まっている団体客であった。
小人は窓口へと向かい、受付の女性に「チェックアウトは何時ですか?」 と訊ねた。
「昼の12時になります」 と受付の女性は答えた。
「また12時までに来ます」 と言って、小人はホテルの外へと出た。
彼はホテルから出ると、上海駅を含めた周辺を歩いて回った。
12時近くになると、彼はホテルの近くまで戻った。
近くにあった炭色に黒ずんでいる木で出来た、掘っ立て小屋に彼は入っていって、女将に指をさして注文をした。
角煮と水菜が少しのった、薄味の醤油ラーメンが出てきて、彼はそれを食べた。
食べ終え、ホテルに戻ると、小人は受付の女性に「もう一泊します。明日、木曜日の朝にチェックアウトします」 と伝え、部屋に戻った。
バックパックからお金を取り出すと、ポケットに入れ、再び小人はホテルの外に出た。
ホテルと同じ地区ブロック内に食品スーパーが存在していて、小人はホテルから出ると、そこへ向かった。
カップラーメンとサンドイッチ、2リットルのペットボトルの炭酸フルーツジュースにタバコを買い、彼はスーパーから出て、ホテルの部屋へと戻り、眠った。
真夜中に再び起きた彼は、さっきスーパーで買ったカップラーメンを食べた。
そのカップラーメンは、彼が昼に食べた、薄味の醤油ラーメンと同じ味がした。
シャワーを浴びて、ノートに文章を書き綴ると、彼はバックパックの荷物を全て外に出した。
それらの整理整頓をして、昨晩干した洗濯物の乾き具合を手で触って確認すると、彼は消灯し、再びベッドに入って眠った。
次の日の朝早くに小人はホテルをチェックアウトして外に出ると、街の中を歩いてまわった。
建物や野良犬が集まっているゴミの収集所、オフィスビルの外観をデジタルカメラで写真に収めると、彼は駅に向かった。
列車の発車時刻の1時間ほど前に、小人は駅に着いた。
列車が来るまでの時間を、彼はタバコを吸ったり、音楽を聴いたり、日記を書きながら待った。
やがて列車が来ると、彼は中に入り、乗車券と席に記載されている番号を見比べながら歩いた。
そして、入口近くの席に荷物を下ろすと、彼は座った。
それから彼は、周囲の席の乗客たちに 「ニーハオ」 と手を上げて挨拶した。
「ニーハオ」 と、彼に声を掛けられた乗客たちも挨拶を返した。
彼らは挨拶こそ交わしたものの、その後は言葉が通じなかった。
小人がノートを取り出し、文字を書いて交流もしたが、彼の向かいの席の老人だけが彼と交流をし続けた。
2人は寝台の下の席だったが、上の寝台の若者2人は、官能小説の雑誌を投げ合って笑い合っている。
老人は、 「この列車が昆明駅に着くのは2日後の朝だ。私は翌日の朝には列車を降りて、自宅に帰る」 と小人に筆談で伝えた。
列車は夜に上海駅を出発していて、その日の深夜に、寝台の上の席の若者2人は目的の駅で降車した。
翌日の早朝には老人が降車した。
その日の昼には、乳児と乳母、そしてその家族たちが、小人の周囲の寝台の座席に座っていた。
彼らは継ぎ接ぎだらけの衣服を着ていた。
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