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天気雨と余分な涙

天気雨が身体を包む。傾いた西陽が、幾重もの雲の隙間から、私の視界を優しく和ませる。それはとても遠く、とても近い。雨と太陽が競り合うように私の身体に手を伸ばし、どちらかを選べと迫る。
違う。私は選ばない。どちらも受け入れる。穏やかな幸せも、幸せの隙間に刺さる苦悩も。

ずっと前は、苦悩ばかりを拾い集めていた。幸せを拾ってしまったら、次に現れる苦悩があまりに大きく、醜く感じてしまうから。苦悩だけを集めていれば、それに慣れることもできるだろうと、思っていた(実際、慣れることなんてなかった。ただ苦しいだけだったんだ)。

なのに、私は変わった。それは、そばにいたいと思える人に出会えたから。大切な人を守りたいから。この人のために、私は生きなきゃいけないと思ったから。

幸せにだって綻びはある。だから棘のような苦悩が、その綻びに目掛けて刺さり込む。でもきっとその綻びは、苦悩を味方につけて、丸く輝くだろう。

私は幸せになってもいいのだろうか。苦悩を拾い集め続けてきた私は、幸せの目前で二の足を踏んだ。大切な人の顔が自然と思い浮かぶ。涙が止まらなかった。もう、私の人生は私だけのものではなくなっていた。これが人間なのだ。これが生きるということなのだ。

私は決意した。きっと幸せになろうと。私はこの身に、幸せを溜めるために、余分な涙を流す。それはとても清らかで、温かかった。

天気雨が身体を包む。傾いた西陽が、幾重もの雲の隙間から、私の視界を優しく和ませる。私はどちらも受け入れる。穏やかな幸せも、幸せの隙間に刺さる苦悩も。

夏の終わりを告げる嵐が近づいていた。そのあとに訪れる秋の晴天は、夏の重たい空気を吹き明かすほど、清爽な風を運ぶことだろう。

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