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書評タイムズ#3 「タイタンの妖女(Kurt Vonnegut Jr. 著 / 浅倉久志 翻訳 / 早川書房)」

1959年に発刊されたこの著書は「SFハードボイルドファンタジー小説」とでも分類できるだろうか。ただでさえ小説や文学が苦手な自分にとっては、ハードボイルド調の遠回しな描写や、独特な和訳の言い回し、突飛な物語の展開によって更に理解に苦しめられた。

著名人も絶賛するという作品でもあり、個人的に注目しているメリトクラシー(能力主義)の概念を理解する上でも興味深いと考え読み始めたが読み始めのうちは苦痛(笑)思わずネット上の解説を漁り、登場人物や物語の流れを確認。表現にも慣れてきてやっとスムーズに読めるようになったという具合だ。

この小説から受け取ったメッセージは「人の人生は自らの力の及ばないところに支配されている」ということだ。

「わたしを利用してくれてありがとう」

主人公で全米一の大富豪マラカイ・コンスタントの富は運によってもたらされた。その主人公の運命は神のような力を持つウィンストン・ナイルズ・ラムファードによって決められる。またウィンストン・ナイルズ・ラムファードや地球の文明も実はトラルファマドール人に大きく影響を受けている。

という具合に、それぞれが自分の運命を自ら動かし努力していると信じて生きているのだが実は誰かもしくは何かに支配されているのだ。

上述したメリトクラシーという能力主義が資本主義社会や今日の日本で浸透しているように感じる。メリトクラシーの考えが強い社会では、努力したものが正しく、失敗している人は努力が足りない。そういった価値観のため、逃げ場がなく、同調圧力や失敗に対し厳しく非常に生き辛い世の中になる。

* 渡邉のYouTube動画でメリトクラシーについて話してるので良ければ!

この「タイタンの妖女」はそういった今日の能力主義が蔓延り、生きづらい日本社会において生きていく上でのヒントを与えてくれているようだ。

主人公の妻、ビアトリスの死に際の言葉が印象的だった;

「だれにとってもいちばん不幸なことがあるとしたらそれはだれにもなにごとにも利用されないことである」

「わたしを利用してくれてありがとう」

火星で記憶を消され機械のように目的のため従事する火星人(地球から連れてこられ移住している人々)、その内の一人であった彼女。初めは毛嫌いしていた主人公マラカイ・コンスタントとの間に子を宿すことになり、太陽系を流浪し数奇な運命を辿ることになった。

運命に翻弄されながらも人生の最後に夫との愛を認め、人生に感謝できる彼女のセリフにより、どこか全く遠い世界の話であったこの物語がすっと私たちの生活に降りてくるのを感じられる。

終わりに

歴史好きな自分にとって、ストーンヘンジや万里の長城がトラルファマドール人が交信するために地球を利用しできたものという箇所や、ウィンストン・ナイルズ・ラムファードがフランクリン・ルーズヴェルトをモデルにしているという事実にゾワっとした心地よさを見出せたのは収穫だった。

文学や小説が苦手な人には正直お勧めできないなと…。一方でエヴァンゲリオンを見ている時のように、一体何を見せられているんだろうという不思議な感覚が大丈夫なら読めるはずだ(笑)

努力することに疲れた時、今の枠を取っ払い、流れや運に身を任せてみても良いのではないだろうか。そんなふうにもう少し、気楽に思えることも人生大切なのかもしれない。そう感じさせてくれる一冊だった。

* 翻訳の浅倉氏が大学の大先輩とのことだったので最後まで頑張って読みました。

最後まで読んでいただきありがとうございました!


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