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10月1日に誕生日を迎えた。その日の0時00分に一番初めに思ったのは、嬉しいよりも「怖い」であった。 イベントの仕事を生業にしてきた私は、いつの間にか社会人10年目を迎えた。 がむしゃらに仕事に打ち込み実績を積んだ一方で、漠然とした不安に駆られる。 プレッシャーの大きい仕事を扱う中で、もしも心を壊してしまったら。2度とイベントの仕事をしたくなくなった時、自分に何が残るのだろうか。何かをやり直す気力はあるのか。 昔よりも、目の前のネガティブな事に目を向ける時間が増えた。
「ちょっと電気消しなよ」 「水、出しすぎじゃない?節約しなきゃ」 「クーラー消して!」 家の中でこうした言葉をパートナーから聞くたびに、イライラしてしまう自分がいた。なぜ不毛な節約をしなければならないのか。終わりのない苦行に身を投じているかのような気分となった。 同棲を始める前は気にならなかったお金の話が、いざ同じ家に暮らし、生活費を支払うとなったときに問題として顕在化した。 どうしてもパートナーとお金の話をするのが嫌だと感じてしまう。 その理由は3つある。 ・どちら
ゴールデンウィークを機に、自分の人生を振り返ってみようと決めた。きっかけは、ある漫画を読んで感銘を受けたからだ。 そして結果として、何かを積み重ねることの難しさ、周りの人への関心を高めることの大切さを実感した。この記事にはそこに至るまでのプロセスが書かれています。 きっかけは、GW中に読んだ『しあわせアフロ田中』の34話、「はたして80枚もあるのか?」という話を読んだことだ。 ざっくりとしたあらすじは、一年をチケット1枚、余命が仮に80歳まであるとして、あと何枚チケット
毎週土曜日に、クロスバイクで多摩川沿いを走るのが趣味だ。川の流れを見ながら、羽田方面に走り、ゴールである神社を目指す。 川沿いの土手では、たくさんの人が思い思いの時間を過ごしている。少年野球の野球の風景は、そんなに怒鳴らなくたっていいのではないかと言うくらい、大人が声を出して指導している。高校生くらいの野球チームの練習は、とにかくストイックに練習に取り組んでいるのに対し、その隣の社会人野球は、どこか楽しそうに試合をしている。 子供向けのサッカー教室の指導者は、見た目が若い
2021年を振り返ると、改めて楽しかったなあと思う。 海外で働いている友人を交え、オンラインで数年振りに会話ができたこと。実家に顔を出して、家族と食卓を囲んだこと。おばあちゃんの家に行けたこと。イベント仲間や、大学の友人と対面で会えたことなど。 自分の大切な人たちと同じ時間を過ごせたことで、だいぶリラックスができた。でも不思議なことに、彼らと同じ時間を過ごしている最中は、どこかソワソワして、その瞬間を楽しめてなかったことに気づく。 例えば、「明日はこの予定があるのか」、
「ああ、やっちまった…」 深夜、自宅の鏡の前でひとり立ち尽くした。もう後戻りできない。でもこの日、あることを手放すことで、日々に微かな希望を感じた気がした。 話は2日前に戻る。 仕事の繁忙期につき、どうしようもなく忙しい毎日を過ごしていた。PRの代理店で働いていた私は、毎日深夜に家に帰っていた。業務が忙しいあまり、疲労が元であり得ないミスをしてしまう。そうした失敗は雪だるまのように積もる一方で、仕事の自信はどんどん溶けていく。どうしよう。本当に追い詰められていた。 ス
「今までの人生の中で一番のターニングポイントとなった出来事はなんですか?」 ともしも誰かに聞かれたら、私は迷わず、 「鉄棒です」 と答える。 ===== 小学1年生のある日、体育の授業で鉄棒をすることとなった。横一列に並ぶ鉄棒を前に生徒が並ぶ。順番に、「つばめ」という技から練習に入る。鉄棒を両手で持って、自分の体を持ち上げ、上体をやや前傾に保ち、まるで燕が飛んでいるかのような格好をすることだ。 私はつばめに関しては難なくクリアすることができた。そのあと先生が「次は前
2021年の年の瀬、ふとLINEの友人の一覧を見たくなり、画面をスワイプしてみる。すると、過去に連絡をとっていた友人たちの存在に気づく。なぜ彼らと連絡を取らなくなったのか。 いや、特に理由はない。別に嫌いでも何でもないのに、距離と時間が離れれば、自然と他人の状態に戻ることも多いと、30歳になった頃から実感し始める。 その後もLINEの友人一覧を見ていると、元カノの苗字が変わっていることに気づく。それを見て、悲しい気持ちを抱くことなく、事実として受け止めている自分に、大人に
緊急事態宣言下になってからのもっぱらの趣味は、歩くことだ。 家から駅までの道を、歩く。駅から会社までの道を、歩く。通勤の駅から一駅分離れた駅まで、歩く。正直ちょっと疲れたりもする。けれど、不思議と心地よい気持ちになる。 歩く時間を確保するために、少し早い時間に起きる。7時台の街並みは、車通りも少なく、少し静かだ。朝日が徐々に上がっていくのを、体の表面で浴びる日の角度で文字通り体感していく。少し汗をかくと気持ちがいい。足は疲れているはずなのに、なぜか軽く感じてくる。 歩く
怖い。 と漠然に感じる時がある。水槽の中で快適に泳いでいたのに、いきなり砂の上に打ち上げられるような。じわじわとゆっくり水分が減りながら露頭に迷うような感覚。 最近だと、4月に入ってきた新卒の自己紹介を聞いた時に感じた。 学生時代のきらきらした経験を自信満々に語りつつ、初々しく緊張しながら話す姿が、とても儚くきれいに見えた。 周りの社員は、自分の昔の姿を重ねながら、これから増える仲間への期待を胸に、熱心に一人ひとりの自己紹介を聞いていた。 その脇で私は、怖いという気
大学受験の合否が発表される時期になると、塾の講師をしていた時のことを思い出す。 学生時代にアルバイトをしていた塾は「できない」を「できる」ようにするがコンセプトの塾だった。入塾者の多くは、勉強が苦手と思っている学生が多く在籍していた。 塾の講師を始めてから、先輩にカリキュラムの作り方を学び、学習計画を作成する。作成した計画をもとに、親と本人と面談し、勉強のスケジュールを一緒に立てていく。 だが、計画を立てるところまではうまくいくのだが、実行になると話が変わってくる。宿題
「俺はいま何をやっているんだろう…」 1月の大寒少し手前の真冬の夜、ざあざあと降り注ぐ雨の中、一人国道1号線に立ち尽くす。傘はない。もう後戻りもできない。なぜこんな寒い中、この場所にいるのだろうか。もう何もわからなかった。 ***** 「面接のトークとして、『心が燃えた』経験があると面白いよ。やっぱり自分が心からめちゃくちゃ頑張った!ってエピソードが一つあると強いよ」 2週間後に、どうしてもいきたかった国際交流プログラムの面接がある。その面接のアドバイスを、すでに参加
昔から気が向いた時に日記を書いている。正直にいうと毎日ではないので「日記」という言葉が正しいか自信はないが、もう10年くらい日記を書き溜めている。 うちに秘めた、内面の事情をたくさん書いているので、本音を言うと人に見られたくない。けれど、さらに本音を言うと「そんな自分を知ってほしい」という気持ちもある。この気持ち同士が対立し、どうやって日記を書こうか葛藤したのを今でも覚えている。 最終的にブログに書くのは気が引けると思い、悩んだ末の妥協点としてmixiに今でも日記を書い
私には発作的に行ってしまう行動がある。 それが、「やってみよう症候群」だ。 きっかけは、忘れもしない2017年のお正月。auの三太郎シリーズのCMだ。 WANIMAの「やってみよう」という曲に合わせ、三太郎たちがいろんなことに挑戦するCM。私はこれを初めてみた瞬間から、めちゃくちゃ感化された。やりたかったことやってみよう。このシンプルなメッセージに心を打たれた。 私は「やってみなければわからない」という言葉が大好きだ。根拠はないが文字通り、何事もやってみなければわから