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深津十一『桑園学園生徒会執行部の業務日誌』

【問題編】

 火曜日の放課後、生徒会室のドアが遠慮がちにノックされた。
「どうぞー、開いてるよー」
 ヨースケがスマートフォンをのぞき込んだまま軽い応対をする。ニーナとタケシはキーボードを叩く手を止めて、ドアの方へと目を向けた。
「おじゃまします」
 十五センチほど押し開かれた隙間からするりと入ってきたのは、前髪を眉毛の上でパッツンとそろえた小柄な男子生徒だった。胸の前で角形4号の封筒を大事そうに持ち、探るような目を室内の三人に向けたまま、じっと固まっている。
「誰をお訪ねですかー」
 スマートフォンをポケットにしまったヨースケは椅子ごと体を九十度回転させた。
「あの」
「はいはい」
「よろず相談室にお願いがあってきました」
「よろず相談室?」
 首をひねるヨースケに、ニーナが「ここのことだよ」と、ため息交じりに補足した。
「ん? ここは生徒会室だよ」
「それが最近は、よろず相談室って呼ばれてんの。まだ一部の生徒だけみたいだけどね」
「ふーん、そうなんだ」
「なに納得してんのよ。ここは『なぜ?』って質問するとこでしょうに」
「じゃあ、なぜ?」
「あんたたちが頼まれもしないのに、学校内のもめ事にあれやこれやと首を突っ込むからじゃない」
「あんたたちって、そこには俺も入るのか」
 それまで黙っていたタケシがのそりと口を挟んできた。
「そうよ。そして不本意なことに、私もその一味だと思われてるのよ」
「ねえねえ、そのもめ事ってさあ、もしかして、先週の『正門偽バンクシー騒動』のこと?」
「他にもわんさかあるよ。『校庭にミステリーサークル出現』『プールの水を全部抜く企画』、あとは『真夜中の校内放送』に『図書室ワラワラ虫事件』とか、学校側がぶち切れそうになった騒ぎがいっぱいあったでしょ。それを私たち生徒会執行部があれやこれやと裏から手を回して穏便に収めたじゃない。そのことがいつの間にか漏れ伝わって、誰かが適当な尾ヒレをつけて、困り事は生徒会執行部に持ち込めばなんとかなるってことになっちゃってるんだよ」
「そっかー、だからよろず相談室なんだ。納得しましたー」
「なに納得してんのよ。人の話、聞いてた? 私たち、これまで一度も相談事なんか受けてないじゃない。おバカな騒動の尻ぬぐいしてきただけでしょ。それが盛られて誤解されて、よろず相談室なんて呼ばれてるんだからね。ほんとにもう大迷惑」
「きみは相変わらずよくしゃべるな」
「しゃべりたくてしゃべってんじゃないでしょ。そういうタケシは、なにも言わなさすぎなのよ。むっつりしてないで自分の意見をもっと口にしなさい」
「はは、タケシが怒られた」
「あの」
 男子生徒のか細い声がして、三人はぴたりと話をやめた。
 ヨースケが椅子ごと振り返る。
「ごめんねー、忘れてたわけじゃないんだよ。一応ほら、ぼくたちのキャラ紹介とか、ここまでの設定とかを最初に説明しといた方が親切かなと思ってさ」
「そうそう、そうなの。で、私たちってこんな感じなんだけど、それでも相談する?」
「ここはよろず相談室じゃなかったんですね。ちょっと変わったお願い事だったんでこちらにうかがったんですが、ぼくの勘違いでした。他を当たってみます。失礼しました」
「あ、ちょっと待って」
 くるりと背を向け出ていこうとする男子生徒をニーナがあわてて引き留める。
「ちょっと変わったお願い事だなんて聞いたら気になるじゃない。今回は特別ってことで相談に乗るからさ、話してごらんなさいよ」
「思うに、きみがここをよろず相談室化させてるんじゃないのか」
「タケシは黙ってなさい」
 ニーナにうながされて、男子生徒は年季の入ったパイプ椅子に腰を下ろした。
「僕は二年三組の麻生といいます。文芸部に入っていて、部の会報誌に小説を載せたりしています」
 三人はふむふむと話を聞く。
「もし時間があるようでしたら、お願い事をお話しする前にこれを読んでいただきたいのですが」
 麻生君は抱えていた角形4号の封筒をヨースケに手渡した。
「おっ、なんだろなんだろ」
「次の会報誌に掲載する小説の原稿が入っています」
「わーい楽しみだー」
 ヨースケは「どれどれ」と言いながら、封筒から取り出した原稿を読み始めた。

○ ○ ○

   ナカッタコトニの呪文(後編)

                     J&J

 天井近くまである重厚な扉の前で、サリーは目を閉じ息を深く吸った。
 大丈夫、きっとうまくいく。
 心の中で三回くり返してから扉をノックした。
 中から聞こえた「入りなさい」の声で緊張がピークに達する。
「失礼します」
 その見た目とは裏腹に、扉は軽い力で音もなく内側へと開き、古びた匂いがふわりと鼻先をかすめた。
 左足からだ。
 一歩、二歩。そこで立ち止まり、背筋を伸ばし正面を見る。
 曇り空を透かし見る窓を背にして、三人の試験官が横一列に並んで座っていた。サリーが一礼すると、左端の試験官が顔を上げた。
「所属と名前を」
「シルバーチャームクラスのサリー・マハリクです」
 試験官は手元の資料に目を落とし、小さくうなずいて「座りなさい」と言った。
 背もたれの高い木製の椅子は、座面が冷たく硬かった。
「では、課題作の説明を」
「今回制作した『ナカッタコトニの呪文』は、第二種倫理規定が適用されると判断しましたので、事前の書面資料は提出していません。今から口頭で説明させていただきます」
 三人の試験官は無言でうなずく。
「この呪文は五秒間の記憶を消去するというものです。利用場面は、失言の直後を想定しています。人間、誰もがうっかりと失言をしてしまうことがあります。多くの場合、口にした瞬間に、あ、しまったと気づくのですが、残念ながらすでに取り返しはつきません。ですがこの呪文を唱えると。その時点から五秒前までの相手の記憶を完全に消してしまうことができます。つまり失言は『なかったことに』になります」
「記憶を消去する範囲を五秒前までとした理由は?」
「安全性と使いやすさを突き詰めると五秒になりました」
「もう少し具体的に」
「長期間の記憶を消してしまうことの危険性は、あらためて説明するまでもないので省略します。使いやすさについては、記憶の消去期間を十分間と設定した場合を考えていただくとわかりやすいと思います。たとえばある人と出会って五分後に失言をしてしまったとします。ここで呪文を用いて失言をなかったことにしようとすると、出合ってからの五分間に加えて、出合う前の五分間の記憶まで消してしまうことになります。出合ってからの五分間分はなにがあったのかを把握していますから、あとでフォローが可能ですが、出合う前の五分間になにがあったのかはわかりません。もしもその人にとって決して忘れてはいけない重要な出来事があった場合、大変な損害を与えてしまうことになります」
「ちょっと待ちなさい」
 サリーの説明を中断させ、三人の試験官は顔を寄せ合いぼそぼそと言葉を交わし始めた。
 具体例がわかりにくかったのだろうか。もしかすると第一種倫理規定に引っかかるのかもしれない。サリーは体を硬くして三人の協議が終わるのを待った。
 中央の試験官が手元の紙になにかを書き込み、三人は顔を見合わせうなずき合った。
「続きを」
「はい、では続けます。五秒というのは、失言をなかったことにするために必要かつ最短の期間として設定しました。会話の中での失言は、ほとんどが一言のみです。まれに二言、三言というケースもありますが、いくつかの具体例で調べてみたところ、時間的にはいずれの場合でも二秒以下ということがわかりました。そして失言を口にした直後、『しまった!』と気づく―には最長で一秒、その後呪文を唱えるために必要なのは二秒です。これらを全部足し合わせ―ると五秒になりました。つまり、五秒前までの記憶を消去できれば、ほとんどのケースで失言はなかったことにできるのです」
「それは実例でも検証したのかね」
「はい、私自身の十二の失言で検証し、すべて成功しています」
「ほう、十二例も」
 右端の試験官の反応で、これではしょっちゅう失言ばかりしていると言っているようなものではないかと気づき、サリーは思わず「ナカッタコトニの呪文」を唱えそうになった。
「いいだろう、課題作の趣旨は概ね理解した」
 サリーはふうと息を吐く。
「では判定に移ろう。所定の位置について課題作を披露しなさい」
「はい」
 サリーは椅子から腰を上げ、二歩前進し、一つ深呼吸をしてから、ゆっくりと「ナカッタコトニの呪文」を唱えた。
 三人の試験官はじっとこちらを見たまま言葉を発しない。
 なんだ? 聞こえなかったのかな。サリーは「やりなおしましょうか」と言いかけてぐっとこらえた。
 待て待てあわてるな。ここであせって余計なことを言うと心証を悪くするかもしれないぞ。指示があるまではじっと我慢だ。
「どうした。早く披露しなさい」
「え?」
「もったいぶらずに、さっさと披露しなさい」
「あの、ちゃんと――」
 ここでサリーは「ナカッタコトニの呪文」が抱える致命的な欠陥に気づいた。
 そうか。聞いた呪文も一緒に忘れてしまうから、呪文の披露自体がなかったことになってしまうんだ。
 サリーはあわてて今の状況を試験官に説明した。呪文を使ったことを知られると失言があったのだとバレてしまうので、呪文自体を記憶消去の対象からは除外できないことも申し添えた。
「いいだろう、状況は概ね理解した」
 左端の試験官に続き、右端の試験官が口を開く。
「だがこれでは課題作の評価が不可能だ。つまり評価対象外とせざるをえないということになる」
「え、でも、呪文が狙い通りに効いたから、みなさんの記憶がなくなったわけですよね」
「きみを信用しないというのではないが、去年の『トキ・トマレの呪文』のことがあってから、みなし判定は行わないという内規ができたのだよ」
「『トキ・トマレの呪文』はモーデン先輩の苦し紛れの詭弁だったと聞いています。でも私の呪文はきちんと作用しています。みなさんがなにも覚えておられないのがその証拠です」
 そうやって食い下がりながらも、サリー自身、これは「トキ・トマレの呪文」と同じロジックだということに気づいていた。
「問題点はそれだけではない。きみの課題作にはもう一つ大きな欠点がある」
 真ん中の試験官が話に割り込んできた。
「もう一つ?」
「きみの課題作は、誰の記憶にも残らないがゆえに他者には伝えられない。つまり、この呪文を使えるのは世界できみ一人だけということだ。これが世の争い事をなかったことにするという呪文であれば、きみ一人が使えるだけでも大いに価値はあるだろう。誰が唱えるかには関係なく、世の中を平和へと導くからだ。だがきみの失言をなかったことにするぐらいしか使い道のない呪文に、社会的な意味や価値があると思うかね」
 真ん中の試験官は冷ややかな目をサリーに向ける。
「それを無理にでも評価しろと言うなら『世の中の役に立たないエゴイスティックな呪文』となる。それでもかまわないかね」
 なにが原因かはわからないが、真ん中の試験官はサリーのことが気に入らないらしい。
「私はいったいどうすればいいのでしょう」
「通常であればこのまま不合格とするところだが、普段からの君の学習態度に免じて、今回に限り再試験を行うことにしよう」
「あ、ありがとうございます」
「再試験は一週間後だ。『五秒前までの記憶を消去する』という呪文の根幹部分は維持しつつ、倫理規定を守り、他者にもちゃんと伝えられるという条件を満たすように改良した上で、もう一度この場で披露してもらおう。それをもって我々三人があらためて評価する。以上だ」
「はい、がんばります」
 サリーは深々と一礼し、回れ右、そして真っ直ぐに巨大な扉へと向った。廊下に出て扉を閉め、そこでようやくガチガチに固まっていた全身の力を抜いた。

 呪文を唱えた直後から五秒前までの記憶を消去する。
 消去する記憶の対象には、呪文を唱えたこと自体も含まれる。
 第二種倫理規定により、人の内面に作用する呪文の伝承は、必ず口伝にて行わなければならない。

 これらの条件を満たしつつ、他者にも呪文を覚えてもらえるように改良せよというのだ。
 そんなことが可能だろうか。
 サリーは顔を両手で覆い、深く長いため息をついた。

○ ○ ○

 原稿を最後まで読み終えたヨースケは、一枚目に戻って首をかしげた。
「これって(中編)じゃなくて(後編)なの?」
「はい、前編と後編に分けて掲載する予定で書いていた原稿の後編部分です」
「でも、話は全然終わってないよね」
「それが――」
「ストップ」
 話を続ける二人の間にニーナが割って入る。
「私はまだ読んでないんだからネタバレはやめてよね。ほら、ヨースケ、読み終わったんならさっさとこっちによこしなさい」
 ニーナは手を伸ばし、ヨースケから原稿を奪い取った。
「どれどれ?あ、この話って、呪文学園シリーズじゃない」
「へえ、ニーナは知ってるの」
「そっか、あなたがこのシリーズを書いてたのね。毎回登場人物がピンチになって、ハラハラするんだよね。この話の前編も読んでるし、続きを楽しみにしてたんだ。じゃあ一足早く後編が読めるってことか。役得役得」
「でも、それは――」
「いいから黙って。ネタバレ即グーパンチだからね」
 ニーナににらまれた二人は首をすくめ、互いに目線を交わして口をつぐんだ。
 ぱらりと原稿がめくられる。
 しんとした時間の中で、タケシがパソコンのキーボードを叩く音だけが響く。
 窓から黄色い西日が差し込み、ニーナの頬を照らす。
「ふうん」
 不満げに鼻を鳴らしてニーナは机の上に原稿を置いた。
「麻生君だっけ」
「はい」
「まさかきみのお願いって、『この話の結末を考えてほしい』じゃないでしょうね」
 麻生君ははっと目を見開き、ニーナの視線をさけるようにうつむいた。「え、そうなの? ニーナの言うとおりなの?」
 ヨースケはニーナと麻生君の顔を交互に見比べ「わー、そいつは大変だ」と楽しそうに叫んだ。
「面白くするためにハードルを上げすぎて、気がつけば手に負えなくなっちゃってた。そんな感じ?」
「いえ、そこはちょっと違うんです」
「そこは?」
「お願いしたいのは、サリーが再試験に合格する方法を考えてほしいということで間違いありません。でも、結末はちゃんと考えてあって、ぼくがそれを知らないだけなんです」
 ニーナとヨースケは、同時に「ん?」という顔になった。
「この呪文学園シリーズは合作なんです。五組の伊藤潤くんがアイデア担当で、ぼくは文章担当です。二人の名前のイニシャルがどっちもJだったので、J&Jというペンネームにしています」
「そっかあ、Jの一つは伊藤潤の潤なんだ。もう一つもJということは、もしかして麻生君の名前はジャイアン?」
「違います。仁です」
「ヨースケは黙ってなさい。ジャイアンならJじゃなくてGでしょ。ボケるなら正しくボケてよね。聞いてるこっちが恥ずかしいからさ」
「じゃあ、ジョジョのJ」
「もういいから黙ってて」
 ニーナはいったん机の上に置いた原稿を手に取り、ぱらぱらと中身を眺めた。
「そのアイデア担当の潤君が続きを教えてくれてないってこと?」
「はい。原稿が書けている部分まではスマホでやり取りできていたんですが、そのあと、ちょっとしたことでケンカしちゃって、それっきり返事をくれなくなってしまって」
「ケンカねえ。ちなみに、原稿の締め切りはいつ?」
「明日です。明日の放課後に編集担当に渡さないと間に合いません」
「ええっ、時間ないじゃん」
「きびしいわね。ちなみに麻生君はアイデアをいつまでにもらえれば原稿が間に合いそうなの?」
「それはアイデアの内容にもよりますけど、明日の朝から書き始められればなんとかします」
「じゃあぼくたち三人は徹夜? うひゃあ、大変だあ」
「オレを巻き込むな。勝手に二人でやってくれ」
 タケシはモニターから顔を上げもせずに不参加を表明する。
「え、なんで? ここまでつき合っておいて冷たいんじゃない?」
「つき合ってなんかいないだろ。オレはここで学校祭の会計の作業をしてただけだ。今のうちに言っておくが、それを読めって言われても断るからな」
「読まず嫌いは駄目だって。とりあえず読んでみなよ。面白いからさ」
「オレは読書と夜更かしと中身のないおしゃべりが嫌いなんだ」
 ヨースケとタケシが不毛な会話を続けている間に、ニーナは原稿をもう一度読み返していた。
「麻生君、一つ質問があるんだけど、この原稿には『トキ・トマレの呪文』の話がわざとらしく出てくるよね。この書き方にしたのはなにか理由があるの?」
「ああ、それに気づいていただけましたか」
「私はこのシリーズを全部読んでるもの。『トキ・トマレの呪文』は前回の話に出てきたやつだよね」
「はい、そうです。実は『トキ・トマレの呪文』については、読んでくれた人たちから、あの解決方法は手抜きだとか、ごまかしだとか、わけわからんとかたくさんの苦情がとどいたんです。それで、アイデア担当の潤君が憤慨して、『だったら次は小学生にもわかる解決方法にしてやる』って。なので今回の話では、あえて『トキ・トマレの呪文』のことに触れておいてくれって言われたので、あんな風に書いたんです」
「なるほどね。で、肝心の解決方法が示される前にケンカになって、潤君とのやりとりがなくなって、麻生君はとても困っていると」
「困っています。再試験の条件をどうやってクリアすればいいのか、見当もつきません」
「あなたの置かれている状況はよくわかったわ」
「待って待って、なんだか二人でわかり合ってるみたいだけど、ぼくにはなんのことだかさっぱりだよ。『トキ・トマレの呪文』の解決方法ってなんなのさ。っていうか『トキ・トマレの呪文』ってなに?」
 頬を膨らませたヨースケが二人の会話にストップをかけた。
「そうね。ヨースケにもアイデアを出してもらわなくちゃならないんだから、説明が必要か」
「うん、必要」
「せっかく作者がいるんだから、麻生君から説明してくれる?」
「あ、はい」
 麻生君は少しだけ体の向きを変え、ヨースケを正面に見た。
「前回の話は、モーデンという天才系の生徒が主人公でした。モーデンはひらめきの人で、とんでもない呪文をぱっと創り出してしまえるのです。ただ、こういうタイプの人物にはありがちなのですが、地道な課題や宿題などはさぼりがちです。普段は勉強もせずにその辺をうろついたりしています。そうするうちに、課題呪文の披露が明日という日になってしまいました。この時点で課題の呪文はなにもできていません。ここでようやくモーデンは本気になり、一晩で『トキ・トマレの呪文』を創ってしまったのです」
「そのモーデンってさ、ちょっと嫌なヤツだね」
「そうですね、嫌なヤツというか、問題児というキャラ設定でした」
「その『トキ・トマレの呪文』ってどんななの?」
「名前のままですね、時間を止める呪文です。使い方は簡単です。最初に時間を止めておく期間を宣言してからその呪文を唱えるだけです。試験では『今から百年間、時間を止めます』と言って、試験官の前で呪文を唱えました」
「成功したの?」
「成功しました。でも、それを証明する方法はないのです。モーデンの呪文は、この世界すべての時間を止めてしまうので、時計も試験官もモーデン自身の時間も止まります。誰も歳をとらず、光でさえ一ミリも進みません。そして百年後に時間の流れが再開しますが、誰もが今のこの瞬間は呪文を唱えた直後だとしか認識できません」
「ちょっと待って。本当に時間は止まったの? モーデンが止めたって言ってるだけじゃないの?」
「試験官もそう考えて『時間が止まっていたことを客観的に証明できる痕跡か証言を示しなさい』と言います。それを聞いたモーデンは馬鹿にしたような口調でこう言い返します。『客観的な痕跡も、誰かの証言も示せるわけがないでしょう。痕跡ってなんですか? もしそんなものが残っていたとしたら、そこだけ時間が流れていたってことになっちゃいますよ。誰かが確かに時間は止まってましたと証言できたら、その人の時間が止まっていなかったことになるじゃないですか。なんの痕跡もなく、誰一人として時間が止まっていたことに気づかないということこそが、世界中の時間が止まっていたことの証明ですよ』」
「え? え? わけわかんないよ。この人、なにを言ってるの?」
「この話を読んだほとんどの人に同じことを言われました。あの解決方法は手抜きだとか、ごまかしだとか、わけわからんとか」
「さっき言ってたのはそのことか。で、最後はどうなるの?」
「二人の試験官は、論理的な破綻がない限り認めざるを得ないと考えるのですが、残る一人はどうしても納得しません。そこでモーデンがこう言います。『じゃあ、もう一度時間を止めましょうか。百年なんてケチな設定じゃなくて、永遠に』」
「それ、怖いよ」
「ですよね。深く考えるほど怖いです。そこで二人の試験官が課題披露の強制終了を宣言して終わりというお話です。みなさんからは後味が悪いと不評でした」
「出だしからは想像のつかない終わり方だなあ」
「潤はロジカル・ファンタジーって勝手に名付けていました。魔法だの呪文だの、世界観はファンタジーなんだけど、そこで起きる出来事には論理的な整合性が完全にとれていなければならないのだそうです」
 ニーナが「そういうことか」と合いの手を入れる。
「だから毎回説明がくどいのね。今気づいたんだけど、『トキ・トマレの呪文』のロジックは、今回の『ナカッタコトニの呪文』でも出てくるよね。呪文の記憶が残っていないことこそが、記憶消去の呪文が成功した証拠でしょうって」
「はい。前回の『トキ・トマレの呪文』のリベンジという位置づけなので、課題作を披露する場面は同じような展開にしています。そしてこのあとの解決パートで誰もが納得する説明が行われて、すっきりと終わる予定なのです」
 ヨースケが首をかしげる。
「あれ?問題になっている部分ってどんなだっけ。ねえニーナ、もう一回原稿を見せてくれない?」
「しっかり読みなさい」
 ヨースケはニーナから原稿を受け取り、最後のページをもう一度確認した。

 ******
 呪文を唱えた直後から五秒前までの記憶を消去する。
 消去する記憶の対象には、呪文を唱えたこと自体も含まれる。
 第二種倫理規定により、人の内面に作用する呪文の伝承は、必ず口伝にて行わなければならない。

 これらの条件を満たしつつ、他者にも呪文を覚えてもらえるように改良せよというのだ。
 そんなことが可能だろうか。
 ******

 原稿を手にしたままヨースケは麻生君に探るような目を向けた。
「ねえ麻生君。」
「はい」
「もしかしてなんだけどさ、アイデア担当の潤君は、自分で設定した条件がクリアできなくなって、麻生君とのケンカを口実に、続きを考えるの投げ出しちゃったってことは考えられない?」
「それはありません」
 これまでになく強い口調で麻生君は否定した。
「潤はぼくと違って几帳面だし、責任感が強いヤツなんです。自分の役割を途中で投げ出すなんて絶対にありません」
「そう、そうなんだね。余計なこと言っちゃったみたいで、なんかごめんね」
 ヨースケはあたふたとなって、ニーナに目で助けを求めた。
「ねえ麻生君、きみが言うとおりに潤君が責任感のとても強い人なら、今のこの状況を知らんぷりしているのはおかしいんじゃない? このままアイデアを教えてくれないなら、後編が出せなくなってしまうでしょ」
「それはそうなんですけど、今回のことはぼくが悪いから――」
「そもそも、どんなケンカをしたの?」
 ニーナに問われて麻生君はため息をついた。
「ぼくは原稿がある程度まで進むと、潤に思い描いていたイメージと大きく違ってないかの確認をとるんです。いつもはほとんど直しがは入らずにOKになるんですが、今回は潤からの指摘やら書き直しの指示やらがやけに細かくて、ぼくも自分でうまく書けてないと思っていたところだったので、つい、かっとなって」
「やらかした?」
「『お前はいいよな、ちょこちょこっと思いついたことを言うだけで、あとは寝ていてもそれがちゃんと小説になるんだからさ』って、言っちゃいました」
「それは、駄目なやつだね」
「はい、最低です。こうしてアイデアをもらえなくなって、潤がやってくれていたことの大変さがよくわかりました」
「一つ、聞いていいか」
 それまで黙っていたタケシがノートパソコンを閉じ、麻生君の目をじっと見た。
「きみは自分が悪いと思っているんだな」
「はい、ひどいことを言ってしまったと思っています」
 タケシは「ふむ」とうなずき、胸の前で腕を組んだ。
「で、相方には謝ったのか」
 麻生君は喉の奥でぐっと音を立てた。
「――謝ってません」
「オレとしては、きみたちの書いている小説がどうなろうと知ったことではないけどね。きみが相方に悪いことをしてしまったと思っているなら、ちゃんと謝るべきだと思うがな」
「そうですね。その通りです。結末をどうしようとか、締め切りに間に合わないとかを心配する前に、潤に謝るべきでした」
「そう思うんなら、今すぐ謝ればいい。こういうことは時間が経つほどやりにくくなるぞ」
「はい」
 麻生君はスマートフォンを取りだし、メッセージを打ち込みはじめた。
ときどき指の動きを止め、じっと画面を見つめてはふうと息を吐き、また素早い指の動きを再開させる。
 ニーナ、ヨースケ、タケシの三人は、その様子を無言で見守った。
「あっ」
 麻生君がスーマートフォンの画面を見つめたまま固まった。
「どうしたの」
「潤から返事が来ました」
「早っ」
「これです。見てください」
 麻生君はスマートフォンの画面を三人の目の前に突き出した。

 さごいはちゃとんおわるのかしぱいんかい?
 このヒトンでとけないなら
 どくじのエンドをつるくしかないね

 三人は画面に表示された文字を何度も読み返した。しばしの沈黙があり、最初に口を開いたのはヨースケだった。
「これってさ、ぱっと見、普通に読めちゃうけど、いろいろ間違ってるよね」
「はい、タイポグリセミアといって、文章中にある単語の文字の位置が入れ替わっても、意味が通じるように読めてしまう現象です。以前、この現象を扱った作品を書いたことがあります」
「いろんなことやってるなあ」
「全部、潤のアイデアでなんです。潤は暗号を扱ったミステリーを読むのが好きで、ときどき自分の作品にも取り入れることがあります」
「暗号を扱ったミステリー?」
「ええ、古いものだと乱歩とか――」
 そう言いながら、麻生君はスマートフォンの画面の文字を目で追っている。
「あ、これってもしかして。すみません、誰か書くものを」
 麻生君はヨースケにシャープペンシルを借りると、原稿を入れてきた角形4号の封筒の裏に伊藤潤からのメッセージを書き写し始めた。それからさらに別な文章を書き、丸やバツを書き加え、うーんと一声唸ってから振り向いた。
「わかりました」
「このメッセージの意味が?」
「それも含めて全部わかりました。これで小説を完成させることができます」
「そ、そうなの」
「はい、みなさんのおかげです。やっぱり、こちらに相談に来てよかったです」
「なんか話を聞いてただけのような気がするけどね。参考までに教えて欲しいんだけど、『ナカッタコトニの呪文』はどんな風に改良したら再試験に合格するの?」
 麻生君は原稿を封筒にしまいながらニヤリと歯をみせた。
「それは、来週出る文芸部の会報誌で確かめてください」
「ええーっ、ヒントだけでも教えてよ」
「ヒントは潤からのメッセージです。すみませんが、これから原稿を書かなきゃいけないのでこれで失礼します。今日は本当にありがとうございました」
 麻生君はぺこりと頭を下げ、十五センチほどのドアの隙間をするりと抜けて部屋を出て行った。

読者への挑戦状

〇作中作「ナカッタコトニの呪文(後編)」において、「ナカッタコトニの呪文」をどのように改良すれば、一週間後の再試験に合格するでしょうか。(作中作の世界では、アプリケーションを開発するようなイメージで、目的に応じた呪文の作成が行われているものとします)

〇アイデア担当の伊藤潤から送られてきたメッセージを解読してください。

【解答編】

 火曜日の放課後、生徒会室のドアが遠慮がちにノックされた。
「どうぞー、開いてるよー」
 ヨースケがスマートフォンをのぞき込んだまま軽い応対をする。ニーナとタケシはキーボードを叩く手を止めて、ドアの方へと目を向けた。
「おじゃまします」
 十五センチほど押し開かれた隙間からするりと入ってきたのは、前髪を眉毛の上でパッツンとそろえた麻生君だった。胸の前で角形4号の封筒を大事そうに持ち、晴れやかな笑顔で三人に軽く会釈をする。
「会報誌ができました」
「わーい、待ってました」
 ヨースケが弾けるように席を立ち、麻生君から封筒を奪い取った。
「三冊入っていますから、みなさんでどうぞ」
「さてさて、どんな結末になっているのかな」
 ヨースケは再試験の場面を求めて、すでに読んでいる前半部分をぱらぱらと飛ばしていく。
「初めから読んでくださいよ」
「うん、あとでちゃんと読むよ。でもとりあえずは結末が知りたいのさ。あ、あった。再試験の場面はここからだ」
 ヨースケは椅子に腰を下ろすと、広げた原稿を食い入るようにして読み始めた。

○ ○ ○

 ―― 略 ――

 曇り空を透かし見る窓を背にして、三人の試験官が横一列に並んで座っていた。一週間前とまったく同じ景色である。
 でも今回は同じ結果にはしないぞ。固い決意を胸に秘めたサリーが一礼すると、左端の試験官が顔を上げた。
「所属と名前を」
「シルバーチャームクラスのサリー・マハリクです」
 試験官は手元の資料に目を落とし、小さくうなずいて「座りなさい」と言った。
 背もたれの高い木製の椅子は、座面が冷たく硬かった。
「では、課題作の改良点について説明を」
「はい」
 サリーは軽く目を閉じ深く息を吸い込んだ。大丈夫、うまくいく。
「まずは、改良した課題作の『ナカッタコトニの呪文』をお聞きください」
「えっ」「聞いても大丈夫なのか」「おい、きみ――」
 あせる試験官たちを無視してサリーは呪文を唱えた。
 一秒、二秒、三秒待って、サリーは三人の試験官それぞれに視線を送った。
「いかがですか。私が唱えた呪文は、みなさんの記憶に残っていますでしょうか」
「ああ、大丈夫だ」
 右端の試験官が戸惑いながら答える。
「私もまだ覚えている」
 左端の試験官が自分の頭の中を探るような目をして大きくうなずく。
「私の記憶も消えていない。つまり五秒前までの記憶を消去することに失敗したということだな」
 真ん中の試験官は顔も上げず、手元のメモに大きくバツを書き込んだ。「今から改良点を説明をしますので、結論を出すのは少しお待ちください」
 サリーは軽くせきばらいをして、真ん中の試験官に強い視線を送った。
「前回の失敗を踏まえて、一回唱えただけでは効力を発揮しないように呪文を改良しました。今回の呪文は、三回くり返して初めて、五秒前までの記憶を消去します」
 一瞬の間があり、続いて左右の試験官が同時に「なるほど」とつぶやいた。
「今のように呪文を一回だけ唱えることで、口頭により他者に伝えることができます。その上で、この呪文を実際に使うときには三回くり返して唱えるのだと申し添えるのです。以上が、今回の再試験に向けて行った改良点です」
 左右の試験官が顔をほころばせた。
「良いのではないかな」
「特に問題はなさそうだ」
「ちょっと待った」
 真ん中の試験官がテーブルをバンと叩いた。
「まだ呪文を三回唱えたときの効力は確認できていない」
「はい、ここまでは改良点の説明でした。今から本来の使い方を披露します」
 サリーは自信ありげに言葉を返したが、心臓の鼓動はマックスに達していた。この一週間、呪文の改良のためだけに時間を費やしてしまい、まだ一度も他人に対して試していないのである。この再試験はぶっつけ本番の一発勝負なのだ。
 あとは気合いだ。そう考えたサリーは背水の陣を敷くことを決意していた。失敗すればこの学園を去ることになるかもしれないという荒技だ。
 サリーは後ろに回した両手の拳にぎゅっと力を入れ、真ん中の試験官に向かって「先生のお名前を教えていただけませんか」と言った。
「こいつはあきれたな。きみは試験官の名前も知らないのか」
「申しわけありません。お名前をお願いします」
「バーデンだ」
「ありがとうございます。今回の『ナカッタコトニの呪文』の利用場面は失言の直後を想定しています。なので、よりリアルな状況を作るために今から私は大きな失言をします。その直後に手を叩きますので、バーデン先生以外のお二人はすぐに両手で耳をふさいでください。それを確認した後、呪文を三回唱えます」
「その面倒なやり方にはなんの意味があるのだ」
「呪文を耳にする試験官をバーデン先生お一人に限定するためです」
「なぜ私を選んだ」
「一番厳しい目をお持ちの試験官に、呪文の効果を実感していただくためです」
「ふむ、まあ、いいだろう」
 バーデンはまんざらでもなさそうな表情で椅子の背もたれに身をあずけた。
「では、始めます」
 サリーは椅子から腰を上げ、二歩前進し、息を深く吸い込んだ。
「バーデンのバーカ。偉そうにしてんじゃねーよ」
 バーデンが目を見開きぽかんと口を開いた。
 ぱんっ。
 手を叩く音で左右の試験官が反射的に耳をふさぐ。
 サリーは呪文を三回唱えた。
 そして心の中で三まで数える。
 どうだ?
 サリーの合図で左右の試験官はそっと耳から手を離すと、同時に少し前のめりになり、バーデンの顔をそろりとのぞき込んだ。

○ ○ ○

「うわー、ここで終わりなの?」
「今回は本当に終わりです」
「この先が気になるよー」
「そこはご想像にお任せします」
 ニーナは会報誌を机に置き、にっと白い歯をみせた。
「面白かったわ。お話が終わってからの先の展開も含みがあっていいじゃない」
「ありがとうございます。今回は文芸部員の中でも好評でした」
「ちょっといいかな」
 会報誌を読み終えたタケシが麻生君に声をかけた。
「あ、読んでくださったんですね」
「結末がわからないと質問できないからな」
「なんでも聞いてください」
「この結末は、あのときのメッセージを元にして書いたんだよな」
「はい、潤はずいぶん前からあのメッセージを準備して、ぼくからの連絡を待っていてくれたようです」
「教えてくれ」
「はい?」
「あのメッセージをどう解釈すればこの結末が導かれるのか、オレにはさっぱりわからんのだ」
「それ、ぼくも知りたいよ」
「私も気になる」
 麻生君は「じゃあ、なにか書くものを貸してください」と言って、ポケットからスマートフォンを取りだし、潤からのメッセージを受け取った紙に書き写した。
「潤は暗号や言葉遊びが好きで、これまでにも小説の中で何度か暗号を取り扱っています。なのでこのメッセージを見たとき、あ、これはまた暗号だなということはすぐにわかりました」
「それはぼくに想像がついたよ。解けなかったけどね」
「潤が好きな暗号を扱った小説の一つに、乱歩の『二銭銅貨』があります。『二銭銅貨』では最初に複雑な暗号解読が行われます。その結果として現れた文章自体が、また暗号になっているという凝った構成になっているのです」
「ふうん、そうなんだ」
「乱歩か」
「二銭銅貨ね」
 ヨースケにはピンと来ない説明だったが、ニーナとタケシはその小説を知っていた。
「潤のことだから、もしかするとこのメッセージも二重構成の暗号かもしれないと考えて、あれこれいじくっているうちに解けたんです」
 三人は麻生君が書き写したメッセージに顔を寄せた。

 さごいはちゃとんおわるのかしぱいんかい?
 このヒトンでとけないなら
 どくじのエンドをつるくしかないね

「あ、そうだった。これってタイポなんたらっていうんだよね」
「タイポグリセミアですね。まずはすべての単語を正しい文字配列にしてみます」

 さいごはちゃんとおわるのかしんぱいかい?
 このヒントでとけないなら
 どくじのエンドをつくるしかないね

「へえ、こうやって並べて比べてみても、ぱっと見た感じはまったく同じ文章に見えるよ」
「ほんと、変な感じだわ」
「タイポグリセミアか」
 麻生君は三人がじっくりと文章を見比べるのを待った。
「次に、二銭銅貨と同じ手法で、決まった字数を飛ばして文字を拾い、意味のある文章が現れないかを探しました。結論から言いますと、五文字ずつ飛ばすと別な文章が現れます」
 そう言いいながら、麻生君は文章に傍点を打った(編注:noteの仕様のため、太字にしてあります)。

 いごはちゃとおわるのしんぱいか
 このヒンでとけない
 どくじのンドをつくしかないね

「わかりやすいように、六字ごとに改行してみましょうか。一番左に来る文字を読んでください」

 さいごはちゃ
 んとおわるの
 かしんぱいか
 い?このヒン
 トでとけない
 ならどくじの
 エンドをつく
 るしかないね

「さ・ん・か・い・ト・な・エ・る。おお、三回唱えるだ」
「そのまんまね」
「なるほどな」
 タケシは胸の前で組んでいた腕を解き、右手を麻生君の前に突きだした。「なんでしょうか」
「握手だ」
「え?どうして?」
「なんとなくだ。あえて言うなら相方との仲直りおめでとうだ」
 麻生君は「それはどうも、ありがとうございます」と言いながら、ぎこちない動きでタケシの手を握った。
「変なの」
 ニーナが笑う。
「変だけど、なんだかいいよね」
 ヨースケも笑う。
 それにつられて麻生君とタケシも照れくさそうに笑った。
 今日の業務日誌はニーナの担当だ。
 どんな風に書こうかな。麻生君とタケシの奇妙な握手を見ながら、ニーナは書き出しの文章をあれこれと考えていた。
 よし、これでいこう。
 ニーナはノートパソコンの画面に業務日誌のファイルを呼び出すと、カタカタと文字を打ち込み始めた。

 火曜日の放課後、生徒会室のドアが遠慮がちにノックされた。

スペーサー

深津十一(ふかつ・じゅういち)
一九六三年京都府生まれ。第十一回このミステリーがすごい!大賞優秀賞受賞作『「童石」をめぐる奇妙な物語』(宝島社)でデビュー。他の著書に『花工房ノンノの秘密 死をささやく青い花』(宝島社文庫)、『 デス・サイン 死神のいる教室』(宝島社文庫)、『デス・ミッション』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)など。近作に『秘仏探偵の鑑定紀行』(宝島社文庫)。

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