séi - watcher 046 賑やかな朝 晴れない空
賑やかな朝 晴れない空
夜が明けて、少し肌寒くて目が覚めた俺は、空気を入れ換えようと起き上がってカーテンを開けたが、しとしとと静かに雨が降っているのを見て、窓を少しだけ開けておく事にした。
俺のベッドの隣に並べるように敷いた布団の上で、直哉は体を起こしてはいないものの、目覚めているようだった。
「おはよ、直哉。」
「ん~っ、悠おはよ~」
伸びをしてから応えた直哉は眼鏡を探している。
「直哉は朝飯何がいい?パンもあるしご飯もまだいっぱいあるから、どっちでも。」
「う~ん…たまにはパンもいいな~。チーズあったりする?」
「スライスチーズならあったかも…」
「じゃあチーズオムレツでも作るかっ!」
ストレッチを軽くした直哉はシャッキリと目が覚めたようだ。
「布団は俺が片付けるからそのままでいいよ。」
連れ立って階下へ向かう。洗面所に行くと、母さんが歯磨きし終えたところだった。
「あら、二人とも早いのね、おはよう。トースト八枚切りだけど、何枚食べる?」
「俺は二枚。」
「俺もっ。俺、オムレツ作っていいですか?」
「いいわよ、お願いね。」
「あっ、あの、おねえ様…、俺昨日二泊したいって頼んだんですけど、外せない用事が出来ちゃいまして…。今日のお昼と夜の分は仕込んでから帰るので許してくださいぃ~っ」
「あらあら、そんなに泣きそうな顔にならなくても…。芽瑠ちゃんの事でしょう?悠から細かく話を聞いてる訳じゃないけど、大事に思っているのが伝わってくるわ。だから全然気にしないで?応援してるわよ。」
「ありがとうございますぅ~~っ」
母さんは身支度をする為に一旦自室へ戻っていった。
俺達も顔を洗ったり寝癖を直して、着替える為に俺の部屋に戻る。
「うわっ、背中どうしたんだ?それ。」
「ん?ああ、これな…」
この間の日曜日、ひなにプールで平泳ぎの特訓をして、然の所に行った帰りの時のだ。自分じゃよく見えないけれど、酷いのだろうか。
「また喧嘩したのか?痛そう…」
「否、喧嘩はしてない。…ひなが階段でコケかけたの庇《かば》っただけ。」
「うわー、マジか。ひなちゃんすげぇ気にしそう…」
灰色のTシャツを着てから、開襟シャツに袖を通す。
「痛かったけど怪我は慣れてるからな。治るのも割と早いし。」
「そうは言ってもよぉ…。悠、ちゃんとひなちゃんと話すんだぞ。」
直哉は俺を諫《いさ》めるように念を押してきた。
「わかってる。…でも、俺…ひなの事は嫌いじゃないし可愛いとも思うけど、ひな自身を好きなのかわかんないんだよ…。その…、女の体に興味があるだけなんじゃないかって…」
「それで大事に出来る自信が無いって言ってたのか…」
着替え終わった俺達は、少しの間無言で立ち尽くす。
「…貞操帯着ければ良いんじゃね?」
「っ…!?」
ボソッと言った直哉に、俺は言葉を失くしてしまった。
「あんまり思い詰めてもしょーがねーよ、飯にしようぜ、飯!」
そう言うと直哉は先に階下へ向かっていってしまった。
「…~~っ」
俺は嘆息して、直哉の後を追った。
キッチンに三人も立つと流石に狭いから、母さんはトーストと配膳、直哉はフライパンでウィンナーとチーズオムレツを焼き、俺は食卓で珈琲を淹れる事にした。
「直哉君、私より手際が良くてびっくりしちゃうわー。」
母さんも直哉に感心しているのを目の端で捉えながら、先に俺の分と母さんの水筒用にお湯を注いだ。
食卓の準備がそろそろ終わろうとした時、直哉が「あ、そうだ」と声を上げ、荷物をゴソゴソしたかと思うと、黄色っぽい中身の瓶を取り出した。
「これ、先輩が甘夏で作ったジャム。折角だからパンに塗って食べよーぜ!」
「あら。そのままでも美味しかったけど、ジャムもいいわね。」
カトラリーを並べていた母さんは、スプーンをもう一つ出してきた。
楽しそうな表情をしているので、少し安心する。
今日は何だかホテルの朝食みたいだ。サラダ代わりのキャベツの繊切りとウィンナーが二つずつ、オムレツが綺麗に盛り付けてある。
オムレツにはケチャップで何か描かれているみたいなんだけれど…、何だ?これ。
「これは鯨かしら?上手ねー。」
直哉のオムレツには普通に魚らしいものが描かれている。
「直哉、俺のは何なんだ?」
「悠のは…、ツチノコ。」
「はぁ?何で魚、鯨ときてツチノコなんだよ!?」
「いいじゃん、レア生物で。中身も半熟でチーズもトロトロだから美味いぞー。」
レア違いじゃないか、と声に出さずに突っ込む。
「うふふ、さ、食べましょ。」
そもそもレアと言うより幻の生物じゃないか…と思いながら、いただきますと手を合わせていた。
「それじゃあ後はよろしくね。二人とも、試験頑張って。」
「うん、行ってらっしゃい。」
「行ってらっしゃいませー!」
母さんを見送って、洗い物を片付ける。
「雨止まないな。」
「しょーがねーだろ、梅雨だし。ひなちゃんて胸何カップかな~。」
「何でそうなる!?」
「Eかな~、もっとあるかも?芽瑠の胸は掌で包めそうで包めないぐらいのBカップなんだけどさー、身長俺とそんなに変わらないし骨格もしっかりしててスラッとしてるけど、アンダーに対してCカップにもう少しで届かないサイズなんだよなー。俺は小さい胸も可愛くて好きって言ったんだけど、モデルなのに俺に胸囲で負けてるのが悔しいって言うからさ、モデルに胸の大きさは関係ないだろ、バランスと姿勢の良さじゃないかって言ったら、一理ある…って黙っちゃってさー。」
「ひなの話のようで杉沢の話じゃないかよ、直哉のは胸囲って言うより僧帽筋と広背筋が発達してる所為だろうに…。」
「まーそうなんだけどね。…やっぱりひなちゃんの胸が気になるんだ、悠君のエッチ!」
「……」
「ああっ、何だよそのジト目はっ!男なら好きな女の子の胸が気になるのも当然だろーっ。」
「そうかもしれないけど。そういう性的な話をするのが苦手だったり、然《さ》も『男はそういう話を好むものだ』と決め付けて話題を振ってくる奴に嫌悪感を抱く人間も居るって事を認識しておくべきだと思うけどな、俺は。」
「うっ…」直哉は動揺して押し黙った。
「俺は慣れてるからいいけどさ。あんまり諄《くど》いと俺でも辟易しちゃうぞ。」
「うぅ~っ、ごめん悠~っ、許して~っ!」
「別に謝らなくてもいいけど…、直哉はひなと俺の事考えてそういう話を振ってくるんだろうけどさ、ひなで下卑た話をするのは不愉快だな。」
「…わかった。もうしない。でもこれだけは言っとく。ひなちゃんは悠といるとこ見られてるから今のところ無事みたいだけど、後輩の男子にも目を付けられてるし、悠が言うところの下卑た話をしてるのも聞いた事がある。佐伯先輩の守りがあるとはいえ、時間の問題だぞ。」
「その言い方じゃひなを守る為に付き合うしか無いじゃないかよ…。」
「臆病風に吹かれてる間にひなちゃんに悪い虫が付いたらどうすんだよ。俺は悠ならひなちゃんを幸せに出来ると思うけどな。」
「……っ。ずっとしつこく言うのはそういう理由があっての事か…。何かもう試験どころじゃないな…。」
「俺だったらひなちゃんを優先するなぁ。試験は挽回できるし。済まん、悠…俺の話の所為で悠の成績ガタ落ちだな…」
「そんなに落としてたまるかっ!…そろそろ行くぞ。」
「悠君と一緒に登校するの久しぶりでドキドキしちゃう…」
「キモい。」
「えぇっ、ひどいっ!」
いつもの調子で軽口を叩きながら、戸締りを確認して家を出た。
*
「あっ、悠君、田島君!おはよーっ。二人一緒に来るなんて珍しいねっ!」
昇降口で傘を畳んでいるひなとバッタリ会ってしまった。
直哉と喋りながら雨の中を歩いてきたから、いつもより時間が掛かってしまって、ひなよりほんの少し後に登校してしまったようだ。
こんなに早く顔を合わせるとは思わなかった。
どうしよう、頭が真っ白だ。…否、髪はもともと白いけど。
直哉が小突いている。わかってるって、もう…。
「ひな、おはよ。あのさ…試験終わったら話があるんだけど…。」声は上擦るし、たどたどしくなってしまった。
「?いいよ。」
直哉がどついてきた。
「俺、昨日悠と試験対策してさー、芽瑠の事相談に乗ってもらってたんだよね~。そしたら悠からも相談されたんだけど、俺じゃちょっと良いアドバイス出来なかったからさぁ、ひなちゃん頼むよ~っ」
「そうなの?いつでもいいよ。」
「金曜っ、試験の後でもいいか?」
直哉のバカーーッ!と心の中で叫びつつ、直哉に腕を抓《つね》られながら何とか約束を取り付ける。
何で今日って言わないんだよ、とばかりに直哉は笑顔で睨んできた。
俺だって出来れば今日と言いたいところだけれど、もう少し心の準備をさせて欲しいっ!
「うんっ、あっ、そうだ!それなら試験終わったらお昼食べながらお話しよーよ。」
「何~?ランチデート?森林公園でも行ってくれば?あそこ景色良いし、アジサイとかバラとか色々花も咲いてるんじゃね?」
直哉がランチデートとか言うから、ひなもアワアワし始めた。
「家とは反対方向だしちょっと歩くけど、ひなが良ければそこに行くか?」
直哉は良いぞその調子だ、と言わんばかりにウンウンと頷いている。
「うん、行きたい!…でもあっちの方ってお店とかあんまり無いから…お弁当持って行こうかなぁ。」
「それならたまには俺が作るか?レパートリーは少ないけど、最近は殆どひなに作ってもらってばっかだし…。」
「私が好きで作ってるから気にしなくていいのに。う~ん…、大変じゃない?」
「悠がメイン作って、ひなちゃんが副菜作ってくれば良いんじゃね?」
「それならハードル低くて良いかも…」直哉、ナイスアシスト。
「良いね、それ。これからテストなのに、楽しくなってきちゃった!」
「じゃあ俺はそろそろ教室行くわ~。後で話聞かせろよ?二人とも頑張れよ~っ。」
直哉の口添えでどうにか話が纏まった。頑張れよ、と言ったのは試験の事に対してだけじゃないんだろうな。
緊張なのかよくわからないドキドキが治まらないけれど…頑張るか。
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