今更ですけど中沢啓治について

この文章は今から8年前、
2014年にFacebookに書いた文章です。

「40数年を経ての初対面」

中沢啓治さんの単行本、

「お好み八ちゃん」と

「黒い雨にうたれて」を読みました。

どちらも昭和40年代に描かれた作品をまとめたものです。

「はだしのゲン」以外の、

中沢啓治さんの作品を読むのは初めてでした。

中沢啓治さんといえば、

「はだしのゲン」の印象があまりにも強過ぎて、

それ以外のマンガを描いているということさえ、

長い間知りませんでした。

中沢啓治さんは、

昭和36年、22歳の時に上京し、

マンガ家の一峰大二さんのアシスタントになっています。

一峰大二さんは、後に「ウルトラマン」「ウルトラセブン」

「スペクトルマン」「イナズマン」「怪傑ライオン丸」などの、

実写特撮ものを数多く漫画化した少年漫画家です。

そして、2年後の昭和38年には、

すでに中沢さんはマンガ家としてデビューしています。

しかし、当初はアクションマンガを描いていました。

当時はまだ、被爆者が差別されていたため、

原爆のマンガを描くどころか、

自分が被爆者であることさえ隠していたそうです。

昭和41年、実はこの年は、

僕が生まれた年なんですが、その昭和41年に、

中沢さんのお母さんがお亡くなりになっています。

広島で行われた葬式に参列した中沢さんが、

火葬されたお母さんの骨を拾おうとしたところ、

放射能の影響か、お母さんの骨は、

まったく残っておらず、全て灰になっていたそうです。

それを見た中沢さんは、

あらためて戦争や原爆に対する怒りがこみあげてきて、

帰りの汽車の中で構想を練り、

「黒い雨にうたれて」を一気に描きあげました。

「黒い雨にうたれて」は、

原爆を経験した男がアメリカ人専門の殺し屋になる、

というストーリーです。

この作品はあちこちの出版社から掲載を断られ、

完成から一年以上を経て、やっと、

芳文社の「漫画パンチ」という雑誌に掲載されました。

残念ながら、あまり一流ではない出版社の、

あまり一流ではない雑誌での掲載でした。

しかしこれこそが、マンガというメディアの真骨頂なのです。

場末のラーメン屋に置いてある、

脂にまみれた雑誌にこんなマンガが載っている。

偶然それを目にした、くたびれた営業マンや、

やさぐれた肉体労働者、貧乏な大学生などの心に、

戦争を憎む心、原爆を憎む心を、

いつのまにか焼き付けている、

そういう役割を担うのがマンガです。

少なくとも昭和40年代くらいまではそうでした。

「黒い雨にうたれて」の後、

中沢さんは「漫画パンチ」誌上に、

「黒い川の流れに」

「黒い沈黙の果てに」

「黒い鳩の群れに」

と、原爆をテーマにした

「黒いシリーズ」を次々に発表します。

そして、昭和48年、「週刊少年ジャンプ」で、

ついに「はだしのゲン」の連載が始まるのです。

お母さんの死から7年後のことでした。

これには、ジャンプの初代編集長、

長野規(ながのただす)の力が大きく関わっています。

長野規は、悪名高い、

「ジャンプシステム」を確立した人ですが、

同時に「はだしのゲン」の連載を開始し、

自分の在任中はその連載を死守した人でもあります。

後のジャンプ編集長によって

「心情左翼、行動右翼」などと評された長野は、

学徒動員も経験している戦中派で、

中沢が書いた、被爆二世を主人公にした、

「ある日突然に」という作品の下書きを読んで、

涙を流したといいます。

後発の少年誌だった「ジャンプ」を、

後に日本一の雑誌にする基礎を作った長野ですが、

一方で長野が編集長を退くまで、

「はだしのゲン」の連載は続けられました。

長野の栄転と同時に、

「ジャンプ」での「はだしのゲン」は終了し、

その後、左派系オピニオン雑誌「市民」、

日本共産党の論壇誌「文化評論」、

日教組の機関紙「教育評論」と、

「はだしのゲン」は、掲載紙を転々とし、

左翼系自虐史観の色合いを強めて行きました。

これが後に小学校の書棚から、

「はだしのゲン」が撤去された理由です。

しかし、たとえ共産党や日教組の、

プロパガンダに利用されたとはいえ、

中沢啓治の体験と、戦争や原爆への憎しみ、

平和への願いは、否定されるべきではなく、

むしろ、語り継がれ、読み継がれていくべきだと思います。

そのフラッグシップである「はだしのゲン」が、

右翼の論客たちによって封じ込められようとしている今、

それより更にマイナーである、「黒いシリーズ」は、

もはや歴史の闇に飲み込まれて、忘れ去られようとしています。

別に作品自体は忘れ去られてもいいですから、

作者がその作品に込めた思いだけは、

その作品を読んだ一人一人が受け取って、

何かの形で誰かに伝えていけたらと思っています。

それから「お好み八ちゃん」ですが、

この一冊に収録されている4篇のマンガには、

まったく原爆が出てきません。

原爆ものばかりを書いていると、

気持ちが、重苦しく、落ち込んでくるので、

気分転換にこのような漫画も描いていたようです。

明るく、前向きで、純粋で素直であるという、

これらのマンガの主人公のキャラクター設定も、

どこかゲンに通じるところがあり、

中沢啓治という作家の資質を知るには貴重な資料です。

何より嬉しかったのは、今回、この二冊のマンガを、

ある人から貸してもらったことです。

これまで僕は人にマンガを貸すことはあっても、

人からマンガを貸してもらうことはあまりありませんでした。

僕が読んだことのないマンガを持っている人と、

出会う機会があまりなかったからです。

自分の情報収集力や経済力ではカバーしきれない、

こんなすごいマンガがありますよ、とか、

こんな面白いマンガがありますよ、

といった情報に、もっと触れたいと思っています。


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