インドの「プロジェクト・チーター」とネオ・ナショナリズム


Cheetah (https://en.wikipedia.org/wiki/File:TheCheethcat.jpg) 


絶滅宣言から70年以上を経た今、チーターを再導入とするインド政府による国家プロジェクトは危機に直面しているのか?

 こうした状況である。ナレンドラ・モディ首相が72歳の誕生日を迎えたことを記念として、2022年9月17日(土)に8頭のチーターのうち3頭がナミビア国からインドに移動され、インド中部マディヤ・プラデーシュ州にある74,200ヘクタールのKuno国立公園に移動させられた。後に南アフリカとナミビア国から合わせて20頭のチーターが移動させられたが、そのうち既に6頭のチーターとインドの公園内で生まれた3頭の子チーターが死んでいる。そして、2023年8月2日(水)に9頭目のチーターが原因不明の状況で死んだことが報道された。
 チーターの専門家によれば、移転初年度に半分の頭数を失うことはよくあることだ。移動された初年度には、さらに死者が出る可能性が高いという。
しかし、多数のチーターが死亡したことで、480万ポンドもかけた大型の国際プロジェクト・チーターへの批判も強まっている。今回のプロジェクトで導入予定の数のチーターのために十分なスペースが確保されていなかったことやこのプロジェクトはあまりに急いで進められたという自然保護活動家から不満の声もある。
 例えば、ロンドン動物学協会のサラ・デュラント教授(Professor Sarah Durant, Zoological Society of London)は、「動物を野生に戻す場合は、慎重に行動を行わなければなりません。今回のプロジェクトがうまく進んでいないことは既に明らかです。このプロジェクトでは詳細な計画を立てずに急がれたようです。」と指摘した。
 インドでは最後のアジア系のチーターが確認されたのは1947年のことである。Maharajah Ramanuj Singh Deoによって射殺されたのが最後であると言われている。現在、アジア系のチーターはイランにのみ生息している。他方、アフリカ大陸には、約6,500頭のチーターが生息しており、南アフリカではチーターの数を回復することに成功した事例もある。そうした事例を参考にして、絶滅されたインドでのチーターをもう一回再導入しようとされたのは今回のプロジェクトである。
 当初、インドの最高裁判所により、在来集ではないため、アフリカのチーターの導入は、国際的な保護規制に違反するとして許可がおりなかったが、後にレンドラ・モディ首相の支持もあり、プロジェクト・チーターが始められた。実は、この数年、インドの最高裁判所の判決は、モディ首相の意向を支持するものが多く、裁判所の公平さに不満の声がたびたびある。
しかし、プロジェクト・チーターは単なる絶滅された野生動物を復活させようという企画ではなく、インドにおけるネオ・ナショナリズムの台頭の証でもあるという指摘もある。よく指摘されるように、モディ首相は右派政権のリーダーであり、マッチョなナショナリズムとラジカルなヒンズー教主義のイデオロギーを掲げながら、経済発展と具体的な行動を提唱するイメージを広めてきた。モディ首相のこうしたイメージが、速さ、正確さ、行動を象徴するチーターとよく似合うプロジェクトでもあると言われている。
 プロジェクト・チーターは、インドでは絶滅危機にあったトラの生息数を拡大することに大いに成功した1973年のプロジェクト・タイガーと似ているものの、実際にはトラのプロジェクトと大きく異なり、野生動物の保護プロジェクトよりも、あくまでもモディのプライドのプロジェクトであると言われている。プロジェクト・チーターは、差し迫った生態学的・福祉的な問題から人々の注意をそらすための、現インド政権によって計画された派手で空虚なプロジェクトであると批判する人も少なくない。
 モディ首相を指導者とする与党バラティヤ・ジャナタ党(BJP)は、歴史的な過ちや不正義を正そうと宣言してきたとして知られている。バラティヤ・ジャナタ党は、イスラム教と西欧諸国がインドを支配する以前の空想の黄金時代のインドを取り戻そうとたびたび掲げてきた。その背景にあるのは、神から授かった類まれな自然と文化、神聖な調和を保った土地と文明国インドが、何世紀にもわたって野蛮な外国の侵略者とその支配下で台無しにされたという強い考えがある。 
 当然ながら、こうした考えは想像上の歴史崇拝であり、ありもしなかった過去を共有することに過ぎないが、それが現在のイン政府の諸政策・行動を大きく左右している。現在のインドほど歴史と虚構の境界線が微妙な国は、おそらく世界中にはどこにもない。
 プロジェクト・チーターは、インドの過去を必死に再現しようとするモディ政府の一連の試みのひとつに過ぎない。モディ政権らしい華やかさと戦略的なタイミングで開始されたことを考えると、このプロジェクトもイデオロギーに触発され、政治的な動機に基づくものだと指摘する批判者もある。これはインドにおけるネオ・ナショナリズムの台頭の一側面にすぎない。プロジェクト・チーターは、マイノリティーに対する宗教的な弾圧や、部族住民を追放して、環境を破壊するまでにして強引に経済開発を進めることとは異なるように見えるが、実はよく似ているとも言える。

参考サイト:
1."Cheetahs in Kuno: Is India's effort to reintroduce the big cat facing a crisis?" BBC News, Sat 5th Aug 2023. https://www.bbc.com/news/world-asia-india-66392483
2. "‘Things not going well’: plan to return cheetahs to India under fire after six die within months" The Guardians, Sun 11 Jun 2023.
https://www.theguardian.com/environment/2023/jun/11/things-not-going-well-plan-to-return-cheetahs-to-india-under-fire-after-six-die-within-months
3. "India’s cheetah reintroduction is a political tactic" Asia Times, 21 Sep 2021. https://asiatimes.com/2022/09/indias-cheetah-reintroduction-is-a-political-tactic/


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