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失われたカッパを求めて 3

「川の方には近づくんじゃないぞ」
先生がホームルームの時間でそういった。
先生はニコニコとしているが、上半身は裸で左の乳首に大きな飾りのついたピアスをつけていた。それが動くたびチャリチャリと音が鳴る。
もちろん頭にもたくさんの羽根飾りをつけていた。夕焼けの時間帯になるとそこに斜めに光りがあたってとってもきれいだった。
「夏休みの間も、ちゃんと日記を書くように。先生みんなの日記を読むの、楽しみにしてるからな」
といったところでチャイムがなり、みんなでさよならの挨拶をした。
みんなが出て行ったあと、先生と二人きりになった。
「どうした? かえらないのか? 先生はもう帰るぞ」
「かえります。でも先生、今日はいつもと羽の色が違います」
「何をいってるんだ。いつもと同じ、うつくしい瑠璃色だ」
「いいえ。どうも元気がないように見えます」
私がそういうと先生は黙り込んで、それから大きな声で笑った。ピアスが激しく揺れ、夕日をぴかぴかと反射させた。
「先生はな。空を飛ぶ研究をしているんだ」
「空を飛ぶ?」
「そうだ」
「飛行機ですか?」
「違う」
「ヘリコプター?」
「違う違う」
それはね、と先生は私の耳元でしずかにささやいた。それは運命の言葉のように宣べ伝えられた。
「え?」
「すごいだろう、先生は」
すると先生は窓をばっとひらいた。暖かい強い風が吹いてきて、カーテンをバサバサとあおりたてた。正面から強い風をまともに浴びて、羽根飾りはいつもより激しくたなびいた。先生の恍惚としていながらどこか悲しげなプロフィルを見て、美、というそれまで使ったことのない言葉が浮かんだ。
「アイキャンフラーイ!」
先生はそう叫ぶが早いか、窓から身を投げた。
ちぎれた瑠璃色の羽飾りが、すこし遅れて、先生の死体にむかってゆっくりと降りていった。

けいさつが来たとき、私は先生と最後にあった人間として、いろいろと事情を聴取された。しかし私が子どもだったから、そしてまた私が先生を慕っていることは周知の事実だったことから、大人たちは配慮をしてくれ、きびしく追求されることはなかった。
しかし、いくら子どもとはいえ、私にささやかれたあの謎のような言葉は、私の運命を決定づけた。先生は嘘偽りなくこういったのだ。

「愛する者よ、川に行け。行って、見よ。そこにはカッパの国がある」
「え?」
「モツゴマルというものを探せ。そのものはお前が知りたいことのすべてを知るだろう」

かくして私の小学生最後の夏休みは、モツゴマルを探すことに捧げられた。

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