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悠久の朝の奇跡

枕からおじさんが這い出してきた
そのとき私はちょうど横向きに寝ていたので
頬をかすめてくちびるに触れそうな距離をおじさんが通過していったことになる
私の肉体は反射的にはねあがり
私は無意識のうちにパジャマの袖で鼻のあたりを何回もぬぐっていた

皮脂の不快な臭いがした
それは粘膜にすみやかに浸透したらしく
不快なよどみはいつまでも鼻腔にとどまった

おじさんはえらそうな顔をして枕元にすわりこんでいた
じつに不快な顔である
じつに不快なのだから
ぶんなぐってやってもいいのだが
眠たくて眠たくて
そうする気力なく
相手の出方をまつかたちとなった

おじさんは朝の10時になっても眠っている私を非難していた
いまの連中はそうやって怠惰にすごす
私の若いころなんて早寝早起きをして
いわれなくてもちょっとした
掃除なんかをすませていたもんだ
それが会社で働くということだ
いまはとにかく金、金で
業者になんでもやらせるが
自分の職場ぐらい自分で掃除するのがほんとうだ

長く続いたプロジェクトがようやく終わり
従業員のことなど配慮しないスケジュールをこなして
圧力をくぐりぬけたすえ
やっと取得した有給の朝である
それをこんなあほなおじさんに
ごちゃごちゃいわれる筋合いは
ない
のだが
眠気には勝てず
私はうなだれながら
おもい瞼に抵抗することに懸命で

そんな私をみて
おじさんは
ほんとはわかっているんだろ?
そういう貢献の気持ちが大切なんだ
今日は休んでいいから
明日から心をいれかえなさい
まだ若いんだから
十分間に合う
などと

私がひきつづきうなだれているので
おじさんは誤解したらしく
ちょっと調子をかえて
こんどはうけ狙いの
しかし決してうけることのない
最後は結局自慢話に帰着する
自虐ネタを語りはじめた

そのときふと私は気づいた
眠気もすっかりふきとんだ
このおじさん
どこかで見たことあると
おもったら

私なのだ
生まれる時代を違えた私
私はあぜんとして
笑った
笑うほか何ができるだろうか

おじさんはまた誤解して
笑う私をみて
うれしそうに笑った

笑顔のあふれる
有給の朝


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