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【小説】半人半竜 吉田くん #3

前話

      *         *         *

あれから何事?もなく無事講義は終わった。
今日の講義は半日までだったので、講義終了後の教室はいつもよりに賑わっていた。
俺としても講義が半日で終わって少し安心していた、この空間にあと半日閉じ込められるのは精神衛生上よろしくない。

このあとの予定を決めながら雑談を楽しむ者たち。
いそいそと帰り支度を済まし席を立つ者。
今日の講義をノートにまとめる者。

騒がしくもいつのも教室のような感じがして、俺のこの姿はあまり気にしている者はいないようだった。

(・・慣れって怖いな)

いや、慣れというか他人の事なんてどうでもいい感じか。
目の前に空想の生き物が現れたからといって始めは驚きもするが、いざ自分に危害を与えず干渉もしてこない物体で、なおかつ自分に興味もないのなら特に気にはならないのだろう。

実際、自分も他の予備校生と同じ立場なら似たような態度を取っていたと思う。

(それはそれでこちらとしても有り難いけどな)

そんな事を考えながら俺も帰り支度を済ませ、席を立つ。
生瀬の姿はなく既に教室から出たあとだった、いろいろ聞きたいこともあったが明日でいいか。

それより、俺にはこれから予定がある。
というか朝からバタバタしていてすっかり忘れていた・・
講義中に思い出せたから本当に良かったが、これからの予定の事を思うと気が重くなる。

そう、こんな俺でもランチデートの予定が入っているのだ。

(・・・・こんな姿でランチデート)

いつもなら少し浮かれた気分で向かうところなのに、今日はどうにもその気になれない。むしろキャンセルしたい。

だが、唯一の連絡手段であるスマホも壊れてしまい向かわない訳にはいかなかった。
このご時世スマホがないと連絡する術がないのは確かに辛いが、
それと同時に、いかに現代の技術に依存していたのかを思い知らされた気分でもある。

(昔の人たちは一体どうやって待ち合わせなんてしていたのだろう)

スマホもなく、メールに変わるのは文や手紙だけ、下手したら時計もない時代はどうやって目的の人と会えたのだろうか?
考えただけで少し悪寒が走った。

(ここまで便利な時代に生きては、もう過去の時代には戻れないな)

今後、スマホが使えなくなった時の代替え案を考えていると目的地は目前だった。

予備校から歩いて数十分、目的地のお洒落なカフェがそこにはあった。
店外には数席の椅子とテーブルが並ぶいわゆるオープンカフェだ。
既にカップルや高校生らしきグループがお茶を愉しんでいる。

正直、俺の感性的にあまり好みの場所ではない。
彼女の希望でこのカフェを選んだが、まさかドラゴンの姿でこんなオサレカフェに来ることになるとは・・先週の俺を呪いたい。

落胆しながらも俺は遠目で彼女の姿を探す。
しかし、店外のカフェスペースには思わしき姿はなく、店内の方へ眼を向けると窓際の席に見知った姿を発見できた。

一瞬目があった気がしたが、すぐに目を逸らされた・・

(そりゃそうだ、だってドラゴンだもん)

肩を落としながら俺は店内へゆっくりと歩を進めた。

      *         *         *

店内に入るとウェイターの女の子が元気に出迎えてくれたが・・

「いらっしゃ・・・・」

出迎えの挨拶が途切れると同時に顔が強張る女の子。
一気に店内の雰囲気が変わり、さっきとは違った騒めきが店内へ伝染していく。

ですよね、知ってた。
そりゃドラゴンがいきなり店内に入ってくればそうなるよな。
君は悪くない、それは正常な反応だよ。

もう予備校で痛いほど味わった視線を再び受けながら俺は問いかける。

「あの、待ち合わせをしてるんですが・・」

「え?・・・あ、はい!!失礼しました!どうぞお入りください!!」

ウェイターの女の子はそれだけ言うとそそくさとバックヤードに引っ込んでしまった。

(まぁ仕方ないか、さっさと席に行こう)

目的のテーブルまで向かう中、ネットリとした視線を受ける。
それだけで居心地が悪く、早く出ていきたいところなんだが・・
だいたい折角のオープンカフェを選んでおいてなんで店内にいるんだよ。
オープンカフェの意味がないだろうが!

彼女の行動に無性に腹が立ってきたが、別にそこまで考えてはいないだろう、俺の思い過ごしだと思いたい。

ふと、俺の鼻を香水の香りが掠める。
この香りは間違いなく彼女の香りだ、別にドラゴンになったから鼻が利くってことではないが、いつも付けている香水の香りにシャンプーや柔軟剤の香りが混じり彼女特有の香りが俺の脳を刺激した。

この香りが好きだ。

動物ではフェロモンみたいなものか?もしくはマーキング?
どっちでも構わないけど、とにかくいい匂いなのは変わりない。

それと同時に近くにいることも確か。
いつも下を向いて歩いている俺が視線を上げると、もう目的のテーブルの近くまでいた。
そこにはさっき目を逸らされてしまった女性が一人慎ましく座っている。
こちらからは後ろ姿しか見えないが、艶やかな黒髪で彼女だと確信する。

周りは俺の存在に様々な反応で騒いでいるが、彼女だけは一人黙々と読書に耽っていた。
肝が据わっているというか、周りに流されないというか・・流石と言わざるをえない。

俺は彼女の肝っ玉に関心しつつ向かいの席に腰を掛ける。

「どちら様かしら?私は彼氏という先客がいるのだけれど」

彼女は俺に視線を合わせることなく先制パンチを食らわせてきた。

「その彼氏なんですが・・あの」

「私の彼氏はそんな爬虫類な見た目ではないわ、むしろ哺乳綱異節上目有毛目ナマケモノ亜目に近い人物よ」

「素直に怠け者って言えよ!つーか爬虫類でもないし!」

「あら、その鋭いツッコミは聞き覚えがあるわ、でも私の彼氏はもっと鋭利な刃物並みのツッコミを入れてくるわよ。確か呼び名は・・切れるジャックナイフだったかしら」

「そんな二つ名で呼ばれたこともねーよ!そもそも切れるジャックナイフってただのジャックナイフだからね?ナイフって普通切れるものだからね?」

「いや、私が言ったのは牽引自動車が急ブレーキを踏んだ際にトラクターヘッドとトレーラーが「く」の字状に折れ曲がる現象の事を言ったのだけれど?勘違いして変なツッコミを入れないでくれないかしら。気持ち悪い」

「えぇ~~・・」

この人自分の彼氏に気持ち悪いって言ったよ・・
確かに今の俺は爬虫類みたいで自分でも気持ち悪いと思うけど、流石の俺でもそれは傷つくぜ?

「ほら、鏡を見てみなさい。私が言ったように貴方の首が「く」の字に折れてるでしょ?これがジャックナイフ現象よ」

そう言いながら俺に手鏡を向ける。
そこにはドラゴンが首をぐにゃりと曲げ、項垂れている姿が写っていた。

「折れ曲げさせたのはお前なんだけどな」

「ふふっ」

彼女は満足そうに微笑すると手鏡を閉じ再び読書に耽る。
いやいや、何勝手に話終わらせてるの!?
なにも話進んでないんだが!?

俺が話を再開させようとした時、横やりが入る。

「あ、あの!?・・・・ご注文を・・」

いつの間にかテーブル横にさっきのウェイターの女の子が立っていた。
微妙に手や足が震えている。

そりゃ怖いよね・・
それが正常な反応だよ、目の前の彼女がちょっとズレているだけで君は本当に悪くないからね。

これ以上怖がらせないよう、適当に珈琲を注文するとウェイターの女の子はまたそそくさとバックヤードへ引っ込んでいった。
うん、これもこれでやっぱり傷つくな・・

傷心に傷心を重ねつつ俺は改めて彼女に話を切り出した。
もちろんジャックナイフ的な意味ではない。

      *         *         *

彼女の名は 玉邑 沙姫(たまむら さき)
一応俺の彼女だ。才色兼備で俺に似つかわしくない彼女なんだが、ちょっと性格が変わっていてドSっぷりも兼ね備えている。
なりそめって程ではないが、色々あって現在の関係に至る。
俺とは違って受験も合格し大学一年生、大学生らしい生活を試行錯誤しているらしく、今回のオープンカフェもその予行練習みたいなものに付き合わされた結果だった。

つーか大学生らいし生活ってなに?大学生っていってもピンからキリまでいるんだから、十人十色でいいと思うんだけどな・・やっぱり少しズレてる。


話を切り出そうと思ったが正直自分でもこの状況を把握できていない。

「えっと・・その・・」

説明しようにもありのままを話すしかないのだが、話したところで信じてもらえるか不安もあった。
そのせいで言葉が上手く出てこない、つなぎ言葉ばかりが俺の口から息をするたびに出ていた。

彼女はたまに俺へ視線を上げては読書へ戻るを繰り返し、俺の下手クソな説明を聞いていた。
下手クソな説明に痺れを切らしたのか、もしくは鼻っから聞いていなかったのか特にリアクションはない。

「それで、要約すると起きたらその姿になっていて、原因も戻る方法もまだ分からないってこと?」

「えーーっと・・うん・・・一応そういうことになるのかな」

俺の返事を聞いたあと、彼女は本を閉じ視線を俺へと向けた。

「・・・それで、今どんな気分?」

「・・?」

質問の意図がよく分からない。
俺の気分なんて聞いてどうするんだ?なにか解決する糸口にでもなるんだろうか?

「いい気分ではないかな、行くとこ行くとこで見世物扱いだし体の体積が違い過ぎて不便に感じることばかりだ」

「そうなんだ・・人間以外の動物になれる機会なんてそうそうないから意外と楽しんでるかと思ってたわ」

感想ありがと、いい話が聞けたわ。
彼女は微笑を浮かべながらお礼を言うと再び読書に耽る、結局気分を聞けただけで彼女は満足したらしい。

(もうちょっと彼氏の心配してもいい気がするんだけどな)

ただ、姿がドラゴンになったとしても俺として認めてもらえたのならそれだけで十分か。
やはり、彼女に嫌われてしまう不安が拭いきれなかったので少し安心した。

俺が密かに安堵していると、彼女はおもむろに俺の耳まで急接近し小さく囁く。

「ドラゴンとのキスってどうすればいいのかしら?」

「・・・・・!!」

店内に大きな地響きが広がった。

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