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【小説】半人半竜 吉田くん #1

~あらすじ~

・都内某所に住む予備校生、吉田 大雅(よしだ たいが)は何気ない日々を送っていた。
しかし、ある日目が覚めると自分の体がドラゴンになっていた。
なぜいきなりドラゴンに変身してしまったのか?
自分の体に秘められた謎と、この世界の闇を知った彼は迫る受験戦争と両立しながらも面倒事に巻き込まれていく。

       *         *         *


都内某所 アパートの一室
無機質な電子音が部屋に鳴り響く。
その音で微睡の眠りから無理矢理起こされ、俺は面倒臭さそうに携帯へ手を伸ばした。
しかし、なかなかお目当てのものは見つからない。布団を被りながら手を伸ばしているのだから当たり前だ。

伸ばした手がようやく携帯らしき物に当たり、握りしめる。

「「ベキィ!」」

「……ん?」
変な異音と共に電子音も鳴りやんでいたが、今は異音の方が気になる。
聞きなれない音に戸惑いながらも握ったであろう携帯をそのまま布団の中へ引きずり込む。

「…………は?」

手の中にあったのは、先程まで携帯であったと思わしきゴミクズだった。
状況が理解できず、思考が追い付かない。
ただ、ゴミクズは異音のおかげで予想は出来ていた、たまに力を入れすぎて画面を割ってしまうことがあったからだ。

だが、彼が理解できなかったのはゴミクズを握っている自分の手だった。
指の本数が明らかに違っていて、硬質的な爪が異様なほど伸びている。
手のひらは柔軟な革質だが、手の甲から腕にかけて爬虫類のような鱗がびっしりと敷き詰められていた。

(これは、まだ夢か?寝ボケてるだけじゃないか?)

そんな現実逃避思考が働き、取り合えず上体を起こしてみると自然に布団が体からすべり落ちる。
何気なくテレビの液晶画面に目を向けると、そこには反射して映る自分の姿があった。

あった?いや、そこにはあったのは普段見ている自分の姿とは言えない異形があった。

ベッド上にはドラゴンが居座っていたのだから。

「うん?…………な!?……え!!?」

あまりの衝撃に言葉がでない。
頭はしっかり覚醒しているのに、まだ夢を見ているような…キツネに抓まれたとはこういう事なんだろうか。

体を動かしてみるとテレビに反射して映るドラゴンも同じように動く。
爬虫類のような手で体を撫でてみるも、その感触は人間の皮膚とは似つかわしい程のザラザラ感。まるで蛇を撫でているようで若干嫌悪感が沸いた。

まだ現実を受け入れることはできないが、一つだけ確かな事は分かった。

(俺はドラゴンになってしまったようだ…)

このままだと思考回路がパンクしそうなので一旦その事実だけは受け入れよう…

(そうだ、これ以上あれこれ考えたところで俺が19年間共にした身体は帰ってこないのだから・・)

なかば無理矢理吹っ切れることで、この場を強引に収拾しかかる自分がそこにいた。
だが、それで感情が収まることはなく自分の中で何かがキレた音がした。

「「「なんなんだよ!!この状況はぁぁぁぁぁあ!!!!」」」

気が付くと叫んでいた。
感情が口から出たことにより急に体の力が抜けベッドに座り込む。
同時に、またあの異音が部屋に響き渡ったのだった。


       *         *         *


さて、携帯は壊れベッドも破壊してしまった。
これ以上なにを壊すことになるやら……

なるべく考えないよう思考を別の方に向けるが、この現実は流石にきつい。
暫く呆けていれば何か思い当たる節でも見つかるかと思っていたが、ふと時計が目に入る。

「あ……予備校の時間だ」

現実はそう甘くなかった。
だが、どうする……このままの姿で行っても大丈夫なのか?
行く途中で通報とかされないだろうか?
予備校に入れてもらえるのだろうか?
また思考がグルグルと回りだし無情にも時間だけが過ぎていく。

(まぁどうにかなるか、取り合えず行くだけ行ってみよう)

楽観的な結論に至ったが、これ以上部屋に閉じこもっていても始まらない。ようやく重い腰を上げ俺は洗面台へ向かった。

改めて鏡越しに自分の姿をマジマジと眺めてみる。

(やはり、どこからどう見てもファンタジーに登場するドラゴンだ)

大きな口に尖った牙、鋭い眼光、頭部からは天井まで突き破りそうな角と、背中には立派な翼が生えていた。
一通り眺め終えると歯ブラシを手に取る。
ここでまたしても難関が降りかかった。

(…………どうやって歯磨きすればいいんだ?)

自分の歯(牙)に対して歯ブラシが小さすぎる。

(これでは半日かかってしまうぞ?どうしたものか……)

そして俺はそっと歯ブラシを元に戻し、洗顔・うがいだけ済ませた。
人間諦めが肝心なのだ、今は人間じゃないけど……

その後、いつもルーティンがことごとく崩され最終的に身に着けられたのは腕時計とバックのみ。服すら満足に着れず、靴もろくに履けないのは流石に頭を抱えてしまった。

つまり、今の俺は全裸に腕時計を巻きバックを背負っている状態ということだ。ただの変態じゃないか……

(これ……本当に外に出ても大丈夫なのか?)

唯一の救いは隠さなきゃいけないものがしっかりと隠れている点だけだった。

(あれ……つまり、用を足したい時はどうすればいいんだ??)

ーーー終わらない自問自答を終わらせるため一気に玄関を開けると、外の空気はいつもと変わらず俺を迎え入れてくれた。
通勤ラッシュで喧騒とした音が耳に入ってくる。

(よかった、外は普段通りみたいだ)

まだ何も解決していないのに少しだけ安堵している自分がいた。
これ以上自分の日常が壊れることに少し恐怖していたのかもしれない。
いや、もう充分壊れているんですがね……

自分の状況を皮肉交じり嘲笑しながら、背を丸めたドラゴンは予備校へ向かう。

       *         *         *

第二話


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