想像の設計図とその類似事例
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想像の設計図とその類似事例

【はじめに】

コロナ禍で扉を閉じたまま会期を終えた展示は「あった」のか「なかった」のか。証言や残された資料をもとに展示の再現を目指すプロジェクトを行っています。

プロジェクトの最初となる今回のワークショップでは、証言といくつかのドキュメントから、なにもしらない人が当時開催されていた展示を想像して設計図に書き起こすというものでした(全2日)。


ワークショップ1日目には、証言音声を聞いて、扉の向こうにあったであろう展示を想像で書いてもらい「展示はあったといえるのか」議論を深めました。
2日目は、当プロジェクトに対する過去の「中止を迫られた展示の応答」「中身見えない展示」などの類似事例を考え提出してもらい「展示とはなにか」議論します。


ここでは、その提出物の一部を公開することで議論の一端を開示することができたらと思っています。

編集:大滝 航 (crevasse)


▣ オフィシャルサイト: https://www.crevasse.info/special-site
▣ 関連記事
LINK : 展示自粛を乗りこえる;扉の向こうの「想像の設計図」をえがくオンラインワークショップ(全2回)
LINK : 展示はあったといえる or いえない??


想像の設計図


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類似事例①「裸体画論争」

明治期において新聞や雑誌等のジャーナリズムを舞台に「裸体画」をめぐって交わされた一連の論争。黒田清輝による《朝妝(ちょうしょう)》が、明治27年、明治美術会第六回展に出品され、翌28年、第四回内国勧業博覧会に出品された際、その出展可否をめぐって論争が巻き起こった。

「美術」を日本社会に輸入し、定着させることを目指した黒田にとって、裸体画は「美術」を社会に公認させるための重要な手段だった。しかし西洋列強に追いつくことに必死だった明治政府にとって、そもそも裸体は先進国にふさわしからぬ野蛮な習俗であり著しく風紀を紊乱(びんらん)するとして、警察は特別室での鑑賞という制限を求めた。これに対し、黒田と白馬会はあくまでも一般観衆への公開にこだわった。その妥協案が、当該作品を額縁ごと布で覆って展示する方法だった(腰巻き事件)。


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類似事例②「私はアメリカが好き、アメリカも私が好き」(1974)

ボイス自身がニューヨークにある画廊の中で、1周間コヨーテと暮らし、実際のアメリカ人とは接触しないというパフォーマンス。コヨーテは、白人によって迫害されたアメリカ先住民の間で神聖視されており、コヨーテとのみコミュニケーションをとろうとしたこのアクションは、先住民やその文化を排除し発展してきた現代のアメリカ社会を暗に批判したものだった。


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類似事例③「相談芸術」

作者の考えを一切入れることなく、第三者の助言や意見に従って制作を進める手法、もしくはその制作物。1991年に小沢剛が提唱し、ギャラリーでの数度の発表を経て、95年に水戸芸術館の企画「相談芸術大学」において、大学の形態を模したワークショップとして大々的に取り上げられた。


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類似事例④「知覚の技法(The Art of Perception)」(2007~)

人間の「見る」という行為の不完全さを浮き彫りにするプログラム。

意識して作品を見ることで、どれだけ自分がものを見られていなかったか、客観的・全体的にものを見るには、どれほど訓練を要するものなのか、その訓練を積むことでどれくらい自分を取り巻く世界が変わって見えてくるのか、参加者は体験しながら学んでいく。


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類似事例⑤「視覚障害者とつくる美術鑑賞ワークショップ」(2012~)

晴眼者と視覚障害者が一緒に美術を鑑賞する。そのとき、障害の有無にかかわらず、多様な背景を持つ人が集まり、美術作品を通じて語り合う場がつくられる。2012年に発足し、横浜美術館、東京都現代美術館など全国の美術館や博物館でこうしたワークショップを企画運営している「視覚障害者とつくる美術鑑賞ワークショップ」。


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類似事例⑥「DO IT」CCA北九州プロジェクト・ギャラリー(2012)

さまざまなアーティストに作品の「設計図」のみを提示してもらい、それを世界各地の人々に制作させるというもの。一つの指示書から作られる作品はいくつも存在することになり、その中に一つとして同じものはないことになる。CCAのプロジェクトでは、ハンス=ピーター・フェルドマン、アリソン・ノウルズ、 クリスチャン・マークレー、ヴァレリー・ムレジャンの4人の指示書により作品が作られた。


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類似事例⑦「鷹野隆大 これからの写真展」愛知県美術館(2014)

2014年8月1日から名古屋市の愛知県美術館で開催された「これからの写真」展で、12日、写真家・鷹野隆大さんの写真が、わいせつ物の陳列にあたるとして愛知県警が同美術館に撤去を求め、13日から作品の展示に関して半透明の紙で覆うなど変更を行ったことが報道された。


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類似事例⑧「Don't follow the wind」(2015~)

福島・東京電力福島第一原子力発電所付近の帰還困難区域で開催されている見ることができない展覧会。「スタート」から5年、いまだ「オープン」したとはいえないまま。


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類似事例⑨「THE PLAY since 1967 まだ見ぬ流れの彼方へ」国立国際美術館(2016)

印刷物・記録写真・記録映像・音声記録原寸大資料などにより、その活動の全貌を展覧する試みです。


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類似事例⑩「美術館の床にメガネを置いてみたら…アートだと勘違いする人が続出ww」(2016)

サンフランシスコの現代美術館で、10代の若者が「床に自分のメガネがあったら来客はどんな反応をするだろうか?」と試しに置いてみた。よく見ると、壁には「作品紹介」まで貼ってあり、かなり手の込んだイタズラであったようだ。おかげでこれだけ多くの人が見事にだまされた。


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類似事例⑪「dis.art」(2018~)

2010年からニューヨークを拠点として活動する集団「DIS」。2018年にはその活動のベースを、現代アート・文化・哲学・テクノロジーの専門家を招いての動画教育(エデュテインメント)ストリーミングの「dis.art」に移行した。変化する現実について考える方法、つまり問い立てと解決策を提案しています。


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類似事例⑫「隔離式濃厚接触室」(2020)

アーティストの布施琳太郎が、新型コロナウイルスの感染拡大とそれに伴う展示芸術の不自由に対する抵抗として、自身と詩人・水沢なおによる2人展「隔離式濃厚接触室」を企画。会場となるのは、ひとりずつしかアクセスすることのできないウェブページ


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類似事例⑬「ソーシキ博士 MORNING ROUTINE」(2020)

アニメーション作家として活動する「ソーシキ博士」の展示は、新型肺炎ウイルスの感染拡大を受け、ギャラリーでの展示は行わずインターネット上でバーチャル・プレ展示として開催することになった。プレ展示はYOUTUBEで配信される動画で、「日替わり神様」なるものの「祭壇」が放映される。500円以上の投げ銭が入れば祭壇の前にローソクや花の写真が飾られていく仕組みになっている。


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(随時、追加されます)





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