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葉化石研究特有の面白さと難しさ

 しばらくぶりの更新になります.
 高校教諭時代に博士号を取得し,そのまま研究を,でも悪くはなかったのですが,さらに研究活動を進め,より多くの市民の皆さんに化石研究や地学のおもしろさを伝えるべく,博物館の学芸員に転職しました.なかなか理想とは程遠い現実もあり,ペースを掴むまでなかなか更新もできずにきておりました・・・.

さて,今回は葉化石を研究するにあたり,ちょっと他の化石を扱うこととは異なる面白さと難しさがあるのでご紹介します.
まず,現代の樹木の葉を見るとすぐに気が付きますが,実は同じ一本の樹木でも①部位によって葉の形が変化していたり,②樹齢とともに葉の形が変化したりしますし,同じ分類群の樹木でも③生育する地域が異なることで葉の形が変化したりすることが明らかになっています.
 ①についてですが,最もわかりやすい例が陽葉と陰葉の違いです.陽葉は太陽光が当たりやすい部位につく葉のことで,樹木の上の方やより幹から遠い外側の部位に見られる葉で,陰葉よりもやや肉厚で葉面積が小さいです.一方,陰葉はその逆で,樹木の下の方の日陰になりやすいところに見られる葉で,陽葉とは逆に日陰でも太陽光を浴びやすくするために葉の厚みを薄くする代わりに葉面積を大きくしている葉です.これは高等学校の生物でも学習することなので,ご存じの方も多いかと思います.
 ②については,幼木の時の葉の形と成木のときの葉の形がことなるパターンです.例えばヤマグワMorus australisの木では,幼木は切れ込みがある独特の葉(図の左側の葉)をつけますが,成木になると,切れ込みの乏しく面積の大きな葉(図の右側の葉)をつけるようになります.また,ブナFagus crenataなどでは,幼木では葉のふちにギザギザ(鋸歯;きょし)をつけることがあるのですが,成木になると鋸歯がなくなり,全縁または縁が波打つ波状縁となります.


ヤマグワMorus australisの葉.左が幼木,右が成木です.

 ③は生育する場所が変わると,気温や降水量などの外部環境が多少なりとも変化することで,その環境に適応した結果,葉の形が変化するようなパターンです.これもブナFagus crenataの例を挙げますと,東北や北海道などより寒冷な北方域,かつより降雪量の多い太平洋側で葉面積が大きくなることが明らかになっております.
 このように,現代の樹木の葉を見ると同一の分類群の葉でも環境や樹齢によって形が変化することがお分かりかと思います.これは非常に面白いことで,葉化石の研究においても特に③で挙げたような特徴を踏まえて,地質時代の年平均気温や年間降水量を計算することも可能となっております.
 一方で,それらのような同一分類群内でも葉の形の多様性が認められるということは,葉化石の同定(何という種類の生き物なのかを特定すること)を困難にするということにもつながります.過去の研究では同一の化石産地で認められた鋸歯のある葉と,それとよく似た鋸歯のない葉は,単純に鋸歯の有無という形の違いが認められるため,別種扱いとなっていたものの,のちの研究で実は上記の②のようなパターンで,同じ種類の樹木が複数の葉の形のパターンをもっていたことが示されたケースもあります.このようなケースもあるため,一部の葉化石の形態だけからそれが何という分類群なのかを同定する作業はなかなか難しいのです.しかも葉化石の場合,1枚の葉が完全な形で地層中に埋まっているとは限らず,葉の一部分の化石しか見つからなかった・・・というケースも非常に多いのです.なかなか葉化石を調べるのは大変ですね.

これらはどちらもアケボノイヌブナFagus palaeojaponicaです.
人によっては別の種類の葉に見えるかも・・・?


しかしながら,だからこそ面白いとも言えますし,今後の研究で化石を慎重に検討するミッションを与えてくれます.特に化石の再検討では博物館内に収蔵されている化石標本を丁寧に検討する必要があり,博物館における標本の収蔵と保存の意義が大きいわけですね.

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