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足跡と墓標

お題:何が続いていくかなんて ぼくにはどうでもいいんだよ
群像劇の一幕、ある傭兵の最後の仕事
殺害描写多数、惨殺していくシーンが続きますので苦手な方は閲覧をお控え願います。特別グロテスクな描写はないです。


 傭兵としてこの20年間生きてきた。ある時は後ろ暗い奴らの用心棒、ある時は貴族お抱えの私兵だ。一番最初に殺したのは10歳の時だ。殺したのは家に押し入ってきたコソ泥崩れ、なぜ殺したのかは覚えていない。ただ、ぶっさした包丁の鈍い光と手についた気持ちの悪いぬるりとした感覚だけは覚えている。
 親もいない、戸籍も定かじゃないことを好都合だと判断したどっかのバカのせいで、俺は今、政府のお偉いさんの前に立たされている。
「忙しい所すまないね、怪我はなかったかい? 貴方のような人はとても忙しいそうだから少し手荒は方法を取らないとお話をすることも叶わなくてね」
「いーえ、こちとら自由気ままに生きているもんですから、そこまで忙しいわけでもないんですわ。にしたって飯食ってる時にとっ捕まえるのは手荒も手荒、もっと穏便な方法でお願いしたいもんですね」
 後ろの窓からの逆行で俺と話している男の顔が上手く見えないが、仕立ての良い服と言葉遣いからそこそこ良いところのお坊ちゃんだってことは分かる。言葉の端々から滲み出る疲労感を見て、上から面倒ごとを押し付けられている官僚、もしくは貴族なのだろう。
 後ろには警備担当の軍人が三人、扉の向こうに四人、この男が気にいらなければいつでも殺して、余裕で逃げ出せる。
「まぁ、いいですわ。それで、政府のお偉いさんが俺なんかになんのようだ。要人を殺すんなら特殊部隊の一つでも動かせば良い話だろう? 」
「貴方にお願いがありましてね。どうぞ、おかけください。少し込み入ったお話をする必要があるものですから」
 俺の発言に、眉の一つも動かさずに男は答える。まるで返答を事前に準備してきたようだ。
 何とも言えない違和感を感じつつも勧められた椅子にどっかと座る。さらりとした手触りのソファだ。この手の生地は血を吸いやすくて、表面の血を落としても中綿やらがしっかり吸っている。殺した場所を発覚させたくない時には不向きな素材だ。
「よい椅子でしょう。妻のご実家から頂いた品なのです。私には勿体ない位だ」
 俺の向かいに男が座った。逆行で見えなかった顔がようやく露わになり、驚いた。これは大口の依頼になるのではないかと小さな興奮が沸き起こる。
「へー、まさかアンタ程の立場のお方が、俺みたいな傭兵になんの御用ですかね? 別にアンタの護衛を全員戦地に送っちまったわけでもないだろうに」
 なぁ参謀官殿、そう続けて相手の出方を見た。今回の戦争の中心人物と名高い参謀殿が直々に持ってきた仕事が大口じゃないはずがないだろう。
 男は柔和な笑みを浮かべたまま、表情を崩さない。こちらが挑発してくるのも織り込み済みのようだ。
「貴方に、汚れ仕事をお願いしたいのです」
 そう切り出した参謀官殿は柔和な笑みを浮かべたままだった。
「私は、できるだけ人を殺さずにこの戦争を終わらせたいと考えています。しかし、隣国の王家を存続させたまま、この戦争を終わらせたとしても内戦が収まりません。我が国との戦争が終わったとしても血が流れ続けるのです。それは私が望む終わり方ではありません、なので」
 なので、と続けられた言葉に、俺は少しばかり耳を疑った。この柔和な笑みを浮かべる男の思考から導き出した答えにしては乱暴すぎやしないかと思ったのだ。それと同時に、抑えようもない高揚感があった。こんな仕事、生きている内に次はないものだ。
「で、そんな面倒な仕事、安く済ませようなんて考えちゃいないだろう? 」
「ええ、もちろんです。貴方の働きにより得られる利益、貴方への口止め料を加味してもこれ位」
「ははっ、流石は参謀官殿だ。そこらの貴族連中とは出してくる額が違うな」
「喜んで頂けて何よりです。ですが、これは手付金です。成功した場合は、この金額の倍を更にお支払いしましょう」
 この仕事は報酬金次第という部分が多い。特に俺のような小悪党にしてみれば、どんな仕事も金次第だ。今回見せられた金額は破格も破格、そこらのヤクザな練習の用心棒をしているよりずっといい。
「まぁ、アンタらにとっちゃぁ、この手の仕事は戸籍がない俺みたいなのが丁度良いんでしょう。なんせしくじっても遺体を処理するだけだ。戸籍を書き換える必要もない」
「何をおっしゃいますか。私達は腕が立ってかつ口の堅い人材を探していただけですよ」
 どことなく哀愁すら感じさせる穏やかな顔で、契約書へのサインを求められる。求められるままにサインをすると、ドア付近で控えていた警備員から金の詰まった紙袋を渡される。この袋の中身だけで、一年は遊んで暮らせる額だ。
「では、よろしくお願い致しますね」
 また一つ微笑みを落として、男は俺より先に部屋を出た。俺はその後ろ姿を見ながら、この男も碌な死に方をさせて貰えないのだろうと勝手想像していた。

「なので、隣国の王族関係者を全員殺してください。もちろん、子どもも一人残らず」


 内戦は悪化の一途をたどり、ついに司令官邸の焼き討ちまで行われた。権力の象徴とも言うべき屋敷が燃え朽ちていく様は多くの民衆に伝えられ、軍人におびえていた者たちを巻き込んで国家に反旗を翻した。
 そして、ついに王宮にもその手は及んだ。
 外から聞こえてくるのは怒号と興奮した男たちの声だ。そして、物が燃える嫌な臭い。さっき通り過ぎたところでは男たちが城壁を壊そうとハンマーを振り上げていた。俺が知っているところでは、あの城壁に施されていた彫刻は100年ほど前のものだったはずだ。見事なものだったが、もうお目にかかることはないだろう。残念だが、今後の芸術家に期待しよう。
 穏やかな顔をした参謀官にシナリオ的には内戦によって王族は全て死ぬ。血が混ざっている者も処分するそうだ。国内にいた貴族の中に、ここの王家の血を引くものもいたが、先週あたりに馬車が横転する事故で死んだ。残念なことだ。
 さてさて、王宮に入って早十分、使用人をサクサク殺してきたが、揃いも揃って無抵抗だ。悲鳴の一つも上げて逃げ惑うかと思えば、震える手で十字架を握って祈っている。こんな時にも神様か、おめでてぇことだ。俺に神様なんていたことねぇよ。
 うわ言のように、神様、神様と繰り返す女を首から胸にかけて切り裂けば甲高い声と血飛沫を上げて床に転げる。衛兵から適当に拝借した剣だが、切れ味は良いようだ。続けて、二人、三人と切り付けても見事に切れてくれる。
 肉を陵辱する感覚は久しぶりだ。ここ最近は、銃などを使うことが多い。確実に殺せる上に、多少距離があったとしても打てることから逃走が安易だ。最新型の大型の銃は前線でお披露目会があるらしい。無事に帰れるようだったら結果だけでも知りたいものだ。
 恐らく執事だったのであろう男を背中から一突きする。ドサリと音を立てて倒れた。こんな状態で厨房にこもり何をしていたかと思えば、カトラリーを磨いていたようだ。ずいぶんお気楽なことだ。   
 剣の重さと間近に感じる血の匂いに、昔のことを思い出す。ぶっ刺した包丁から伝い落ちる血が、妙に生暖かくて、ぬるぬるしていて気持ち悪かった。腹から包丁を引き抜くと音を立てて吹き上がる。
 鉄の匂いと汚い声、包丁を握った時の震えは収まっていた。そして、どうしようもない興奮。衝動のままにコソ泥の上に跨って包丁を突き立てる。グフッ、グフッという鳴き声にも似た声が上がって、手足をばたつかせていた。俺が満足した頃には声もなければ手足も動いていなかったが、どうしようもない程の高揚感だけは保っていた。


 王宮の奥には花園と呼ばれる、王族の側室達が住む場所がある。ここに侵入してから、出会った使用人やら政府関係者などは皆殺しにしているが、明らかに人数が少ない。民衆の侵入から王家の血筋を持つ子供を守ろうと花園で籠城の準備でもしているんだろう。
 このご時世に籠城とは、花園にいる連中は頭の中までお花畑なのかもしれないな。敷地を囲うように火を放てば逃げ道がなくなって全員死亡だ。いや、もしかしたら全員死ぬつもりなのかもしれない。生き恥を晒す位なら自決せよ、ってことか。
 花園に進む道は、「絢爛豪華」という言葉がふさわしいものだった。この国は彫刻や彫金の技術が素晴らしいことでも有名だ。透かし彫りの壁に、強度を度外視した金彫刻の扉、緋色の絨毯、廊下の壁際に設置されたソファの背もたれには宝石をあしらっている。
 何の気配も感じない廊下を進んでいく。静寂という言葉がふさわしい空間が広がる。事前に渡された情報によれば、正室の息子は十二になったばかりのはずだ。側室にも幼い子供がいる。花園へ出る出口近くまで来ているが、話し声も泣き声も聞こえないのだ。
 ひょっとすると、ひょっとするかもしれないな。そう思いつつも何かしらのトラップがあるかもしれないと警戒する。目の前には、花園へと続く廊下の中で最も大きく、重工な扉がそびえたっていた。
 扉は重たいものだが、開けられないわけではない。王と夜毎にこの道を通って正室・側室、そして、子ども達に会いに行くのだ。機能性の悪い扉にはできない。
 扉の周辺を観察すると、壁の一部に傷が入っていることに気づく。どうやら爪が引っかかってできたもの様で、傷の方向は一定方向だ。傷に倣って、少し爪を立てて壁に指先を滑らせる。
「ははっ、ビンゴ」
 思わず笑みを浮かべる、壁に隠されていたのは、この扉を開けるためであろうスイッチだ。梃の原理か何かを使って扉が開くようになっている。

 音を立てながら扉が開いた。扉の影に隠れて相手の出方を探るが、矢の一本も飛んで来ない。なぜだ? 純粋な疑問が浮かぶ。想定していた「ひょっとする」ことが本当だとしても、一人位は呻き声をあげているだろう。
 周囲を伺いながら花園に足を踏み入れる。中はとても静かだった。中央に設置されている広場には池があり、それを囲って花が植えられている。近くの部屋のドアをそっとノックする。音から察するにかなり厚い。なるほど、一人の側室につき一つの部屋で過ごしているから花園への出入り口には気配がなかったのだ。そして、これは憶測だが、この花園には男はほとんどいない。いたとしても親元を離れない幼子だろう。
 ノックの音に気付いた者がいたのか、内側から扉が開けられる。顔を出した使用人を悲鳴を上げる隙も与えずに絶命させる。可哀そうだが、自分の不運を恨んでくれ。
 中に入ると女が二人。一人はメイド服を着ている、もう一人は薄緑のドレスを着ている。外の様子が伝わっていないのか長閑にお茶を楽しんでいる。気配を消して、足音を立てずに近寄り後ろから一突き。時間にして三分もなかったが、無事に一部屋目が終わった。
 正室一人と側室三人がいるらしい。今殺したのは側室だろうから、あと三人とそれぞれの使用人を殺して無事に脱出できれば任務完了だ。

 花園の中は高貴さを前面に押し出すような香の香りから、香しい血の匂いに塗り替えられた。一度、近衛兵と思われる男も来たが戦闘訓練をしていないのか随分あっさり死んでしまった。
 また後ろから首を落とすように剣を振り下ろして女を殺した。女はクローゼットにしまっていたものを出していたようだ。女が倒れた表紙に何枚かの紙が宙に浮いて落ちる。
 気になってクローゼットの中を覗き込むと、未使用の子ども服や手紙、日記と思われる本が並んでいた。クローゼットというより秘密の書斎だ。一番目立つ所には額縁に入れられて飾られている感謝状。これは、どこかの教会からのようだ。随分信心深かったのだろう。
 すぐに立ち去ろうかと思ったが、子ども服が未使用であることが気になった。殺しそこなっては不味いと思い、部屋の中を一通り探したが幼児も赤ん坊もいない。身重だったかと思って女の体を仰向けにして確認したが、妊娠していた様子はない。
 気になるものは気になるから、先に殺してまた部屋に戻ることにした。先に正室と正室の生んだ子ども達を殺してしまおう。この部屋の探索はそのあとやればいい。


 花園にいた人間は全員殺した。正妻の部屋に押し入った時に、子どもを床下に隠していたのか頭を使ったなと思ったが、ありきたり過ぎて簡単に見つけてしまった。
 かくれんぼで見つけられてしまった子どもは神様に祈りながら死んだ。十二歳の坊やは腰に差している剣を抜くこともせずに、十字架を握っていた。剣を振ることすら教えられていなかったのかと笑いそうになった。それか、剣を振るっても無駄だと感じていたかだ。
 生きている者がいない花園を歩いて、先ほど殺した女の部屋に赴く。殺した女はお行儀よく、そのままの姿を保っていた。
 クローゼットから日記や手紙を持ち出す。汚れないように近くにあった袋も拝借した。
 濃くなりすぎた血の匂いを薄めようと窓を開ける。窓の外から見える景色は丁寧に管理された植木と花園を囲む塀だけだった。ここは牢獄だったのかもしれない。
 王族の血筋を守るためだけに集められた女は、その身と引き換えに家に恩恵と地位を与える。しかし、女自身は心身をすり減らしながら牢獄の中で滅私奉公に勤しむのだ。
 王宮と花園をつなぐ廊下を思い出す。絢爛豪華な廊下は絞首台への道と同義なのだ。そんなものを残しておく必要もないだろう。
 欲しいと思ったものだけ持って、花園と王宮に火を放つ。歴史的な彫刻も金細工も、できれば後世に残してやりたいが、こんなものはない方がいいんだろう。
 内戦に巻き込まれないよう、さっさと別の場所に移動する。身を潜めやすい山に入ると炎上する王宮がよく見えた。絢爛豪華な王権の象徴は火柱を上げて燃え朽ちていく。結局、権力も命のこんな感じに儚いのだ。当たり前で、単純なことに、少し寂しくなった。

 持ち出した日記を読んでいると奇妙な気持ちになる。身籠ったことに対する歓喜、情勢に対する悲しみ、子どもの命が狙われることに対する困惑、隣国への逃亡、子どもをなくした悲しみ。
 ありきたりな悲劇といえばそれまでだ。それなのに、なんでこんなに奇妙な気持ちになるのか。心臓が重たい。
 俺を育ては親もこんなことを考えたりしたのだろうか? こんなにも生きているのが当たり前に、明日のことを考えて、さも当然のように十年後、二十年後のことを考えていたのだろうか?
 俺の明日には保証はない。もしかすると、あの参謀官は今俺を殺す計画を立てているのかもしれない。俺が生きてきた世界には死ぬか、逃げ切るかの二択しかない。
 いつからだろうか、他者の生死に興味がなくなったのは。人を殺すことに何の感慨も抱かなくなったのは、自分の命すらどうでもよくなっていたのは。
 俺が進んでいたあとには、人の死と殺した回数があるだけだ。明日以降のことなんてどうでもいいのだが、どうしてこんなに奇妙な気持ちが苦しいのだろう。
 苦しさに耐えかねて、安宿のベッドに寝転んだ。
閉めたはずの扉は丁度人ひとりが通れるくらいに開いていた。
「あーあ、嫌になっちまうな、本当に」

(2020.07.18)


ニーレンベルギアシリーズ7作品目
お題は「確かに恋だった」様よりお借りしています。
傭兵に依頼した参謀殿、子どもを亡くした側室は以前のシリーズ作品で出てきておりますので興味があれば、ぜひニーレンベルギアシリーズタグでご覧ください。

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