寺本郁夫

80年代の季刊『リュミエール』執筆以来、映画の批評を書いてます。批評の対象の映画が他の…

寺本郁夫

80年代の季刊『リュミエール』執筆以来、映画の批評を書いてます。批評の対象の映画が他の映画とどう違うのか、を明らかにしつつ、映画とは何かを明らかにする。映画批評とはその2つを同時にやることだ、というF・トリュフォーの言葉に従って、書いています。

最近の記事

追悼 アラン・ドロン

アラン・ドロンが亡くなりました。享年88歳。 ジャン=リュック・ゴダール監督が彼を初めて映画に出演させたのは、1990年の『ヌーヴェルバーグ』という映画でした。監督はこの俳優の「性格俳優でない」ところが魅力だ、と述べたそうです(ならばなぜもっと早い時期に使わない?とツッコミたくもなりますが)。表情で演技をしない。笠智衆だってそういう種類の俳優でしたね。不器用な俳優と言えば言えるでしょう。が、その何を考えているか分からない顔に、映画はむしろたくさんのものを託すことができるわ

    • 『ベートーヴェンの交響曲』 金聖響+玉木正之著

      サカナクションやビリー・アイリッシュの音楽には惹きつけられるし、彼らの音楽とともにこの世界に生きているのは、とても幸福なことに思えます。そんな私の思いに共感してくれる人はたくさんいるでしょうが、ベートーヴェンの音楽にもそれと同じ気持ちを持つ人はどれだけいるでしょうか。ベートーヴェンについて語る人が周囲にいないことを残念なことだと思って生きてきました。 が、この本を読んで、これはベートーヴェンの交響曲という驚くべき世界への入り口として、またその道案内として素晴らしいものだ、と

      • ジーナ・ローランズ追悼

        ジーナ・ローランズが亡くなりました。94歳でした。 この女優の凄さは、弱さと強さを同時に表現できるところだと思います。しかも彼女は、その二つを狂気と接するところで演じつつ、なおかつ人を惹きつける可愛さを放射する。 それらの要素がもっとも集約的に現れている映画は『ミニー&モスコウィッツ』でしょう。この映画で彼女は世界を征服した、と言ってもいいでしょう。 私がこの女優の姿を最初に見たのは『ラヴ・ストリームス』という映画でした。この映画で彼女はいきなり心のエネルギーが切れてば

        • プラダ青山のミランダ・ジュライ展『F.A.M.I.L.Y. (Falling Apart Meanwhile I Love You)』

          遠く離れた参加者たちがソーシャルメディア経由で送ってきた素材を繋ぎ合わせて、未知の生命体みたいな肉体の塊を作るというフッテージ。エロくてグロいんだけど、それが変な動きでうごめく姿を眺めていると、なんとも言えず可笑しい。 「離ればなれだけど愛してる」を繋げて「家族」と読ませるタイトルを念頭に起きながら眺めていると、様々なことを想起するインスタレーションでした。人間をこういうアングルで眺める自由をアートは持っている、と改めて感じるし、それをメゾンのブティックの館内で見せることで

        追悼 アラン・ドロン

          「伊藤潤二展 誘惑」 ―飛翔する悪―

          友人の一人が言っていました、展覧会のタイトルが凄いと。確かに!ヒトがヒトならざるものに変容していく様を執ように描き続ける伊藤潤二ですが、そこには見る者を誘い込むものがあります。異形の姿に変わり果てる恐ろしさや悲しみとは裏腹に、そこにある種の陶酔を感じるんですね。 もちろん、人には怖いもの見たさという感情があって、お化け屋敷にわくわくするような刺激がホラーマンガにはある。ただ、伊藤潤二のマンガは単に外側から脅かしてくるだけじゃなく、本当は私たち自身の中にあるはずなのにそれに気

          「伊藤潤二展 誘惑」 ―飛翔する悪―

          パリー経験として取り込まれる都市ー

          パリを訪れるたびにその空間の大きさに驚かされる。山手線の内側くらいの面積にもかかわらず、パリは世界のどの大都市と比べても破格の大空間を感じさせる。そう感じるのは、この都市の街路が素晴らしい見晴らしをもっているからだ。オスマン男爵によって十九世紀に再構築されたパリの町は、遥か遠方を見通せる一直線のブールヴァール(大通り)を区画設計の中心に置くことで、驚くべき眺望をもつ都市空間を獲得した。 実際、シャンゼリゼ大通りで北を向き、一直線にはるか遠くの第二凱旋門を見渡してみれば、その

          パリー経験として取り込まれる都市ー

          2023年の映画、マイベスト20選

          国の内外で、にわかに世界が闇に閉ざされていくかに思える年でした。人間という種はどこへ向かうのでしょうか。そんな中、映画には何が出来るのか、考えざるを得ない1年間だったように思います。 60分前後の中編映画がいくつか入りました。ミニマルな映画という発想ではなく、映画にとってあるべき時間の枠を考える契機を与えてくれるものとして、考えを巡らせます。 順位をつけていません。タイトルはあいうえお順に並べています。私のつけた順位が読者の方に意味があるとは思えないのと、私自身、ある年に

          2023年の映画、マイベスト20選

          ヴィキングル・オラフソンの『ゴルトベルク変奏曲』 -2023年12月2日 サントリーホール-

          第一曲のアリアに息を呑む一瞬があった。深々とした呼吸で歩みを進めていた左手の動きに、はっとする変化が生まれたのだ。その変容の瞬間に、ヴィキングル・オラフソンというピアニストがこの曲に何を見ているかも、垣間見えたように思えた。 以前から感じていたが、この曲の左手の低音部には、一度聞いたら忘れられない表情がある。バッハの時代の音楽の通例として、低音部は通奏低音として曲にリズムを与え、また中・高音部の和声の色彩とメロディの土台を作る。が、バッハの曲の低音部には、それ以上に何かを語

          ヴィキングル・オラフソンの『ゴルトベルク変奏曲』 -2023年12月2日 サントリーホール-

          太陽劇団の『金夢島』

          太陽劇団(Le Théâtre du Soleil)の22年ぶりの来日公演『金夢島』を見て来ました。 『金夢島』は、ベッドの上の女性が枕もとのスマホをとるという、とても小さな場面から始まります。彼女は、今日本に着いたところだと通話で語っている。ところが次の瞬間、その受話器を舞台上の黒子がとったかと思うと、「彼女は今、日本にいる夢を見ているようです」と話し始めます。この舞台が彼女のファンタジーだと示しておきながら、しかし、その後観客が見せられるのは、金夢島で開かれる国際演

          太陽劇団の『金夢島』

          居ずまいと佇まい

          居住まいは座る姿。佇まいは立ち姿。それに関するあれこれを感じることが、最近は多い。齢七十に近くなり、自分の体形や姿勢の変化に気づくことがあるからか、人の「姿勢」に関心を惹かれるようになっている。 居住まいと言ってすぐに思い出される絵がある。北斎が晩年に描いた『胡蝶の夢図』という肉筆画だ。題材となっているのは荘子による不思議な逸話で、蝶としてひらひら飛んでいた夢から覚めてみると、蝶への変身を夢として見ていたのか、それとも蝶の見ている夢こそが本当の自分なのか、分からなくなってく

          居ずまいと佇まい

          『家庭の医学』 レベッカ・ブラウン

          米国の小説の名手レベッカ・ブラウンが、ガンに侵された母親の発症から亡くなるまでの生活をつづった手記です。病の進行に従って母に現れる症状は次第に深刻さを増していき、その一つ一つに向き合う作者一家の経験は、読んでいて胸が塞がるような気持ちにさせられます。 ただ、この本には、各章の扉に医学事典から抜粋した症状や療法の解説を掲げるという構成上の仕掛けがあります(原題はExcerpts from a Family Medical Dictionary-家庭医学事典からの抜粋-)。たと

          『家庭の医学』 レベッカ・ブラウン

          葉山陽代さんの『天満屋お初最期の一日』

          近松の『曽根崎心中』を葉山陽代さんが一人芝居にしました。和太鼓やチェロの和洋混淆のアンサンブルを伴奏にした公演。 冒頭に大太鼓の凄まじい乱れ打ち。強烈な打撃音が緊迫感を煽って走っていきます。近松の心中ものはシェークスピアの戯曲と並んで、恐ろしい速さで観客を運んでいく。とにかく主人公たちは驚くほどのスピードで、運命の坂道を転げ落ちる。その加速度的な疾走感を、太鼓の音が予告しているんですね。 女優の声が聞こえてくるや、これはいったいどこからの声なのか?と一瞬、見当識を失います

          葉山陽代さんの『天満屋お初最期の一日』

          トリュフォー―映画の窓、窓の映画 『突然炎のごとく』と『恋のエチュード』をめぐって

          雑誌『リュミエール』最終号に掲載されたフランソワ・トリュフォー論を、改稿しました。 1 初めは木の葉の舞い落ちるように細やかな動きで天空から降り来たり、やがては視界を埋めつくすほどの大きさと広がりで、言い知れぬ悲しみがこの地上を覆ってしまう。アルヴォ・ペルトの『ベンジャミン・ブリテンへの追悼歌』は、そんなふうに言ってみるほかない不思議な音の息づく世界だ。切れ切れの音の単位は増殖を重ねながら、大きな時間の中に流れ込んでゆき、深く切り立った和声はその落差を失いつつ、果てもなく続

          トリュフォー―映画の窓、窓の映画 『突然炎のごとく』と『恋のエチュード』をめぐって

          『ウィンターズ・テイル』

          二十世紀に南米に起こり流行したマジックリアリズムという文学的ムーブメントは、日常の地続きに非日常が居座っている不思議な小説群を生み出しました。その嚆矢(こうし)と言っていいチリの作家ガブリエル・ガルシア=マルケスの『百年の孤独』(1967)では、主人公の死んだはずの祖父が幽霊になって隣の家に住んでいたり、物忘れが伝染病のようにはびこる村で人々がどんどんものの名前を忘れていったりするのです。ほら話と言っていいエピソートたちは、単に日常を生きるだけでは出会えない原初的な怖れや文明

          『ウィンターズ・テイル』

          太陽劇団の軌跡 -2019年11月13日 早稲田大学国際会議場-

          先週、今年の京都賞を受賞したアリアーヌ・ムヌーシュキンのワークショップを聞いて来ました。 現代演劇のトップランナーと言ってもいいパリの太陽劇団を率いる彼女の言葉からは、野蛮な貪欲に捉われて平気でウソを吐く現代の大国の指導者たちに対する、火のように熱い嫌悪が噴き出していました。感動的だったのは、かかる現代の狂気に抗うために演劇が必要とするのは、想像力であり悲劇の力であり詩の力である、と彼女が言い切っていたことです。 ワークショップに先立ってビデオで上映された彼女の代表作『堤

          太陽劇団の軌跡 -2019年11月13日 早稲田大学国際会議場-

          2021年の映画、マイベスト20選

          映画とはアクションと視線と空間だ、という観点はますます私にとって映画を見る基準になりつつあるようです。そんな基準で設けた10項目を、10点法で評価しています。同順位が多いのはそういった目の粗い評価のゆえです。旧作も、新たに出会った映画という意味で新作と同列に評価しています。 19位 『ベイビーわるきゅーれ』 (2021) 阪元裕吾監督 70年代後半、『最も危険な遊戯』を嚆矢に、村川透監督が松田優作を主役に制作した一連の映画には驚かされました。この国のアクション映画がこれほど

          2021年の映画、マイベスト20選