『ウィンターズ・テイル』
二十世紀に南米に起こり流行したマジックリアリズムという文学的ムーブメントは、日常の地続きに非日常が居座っている不思議な小説群を生み出しました。その嚆矢(こうし)と言っていいチリの作家ガブリエル・ガルシア=マルケスの『百年の孤独』(1967)では、主人公の死んだはずの祖父が幽霊になって隣の家に住んでいたり、物忘れが伝染病のようにはびこる村で人々がどんどんものの名前を忘れていったりするのです。ほら話と言っていいエピソートたちは、単に日常を生きるだけでは出会えない原初的な怖れや文明の底に横たわる構造を、目に見える形で出現させます。その文学的潮流を米国に受け継いでいるのが、マーク・ヘルプリンの『ウィンターズ・テイル』です。
これは巨大な小説です。まず、ニューヨークを舞台にした200年をめぐる物語を押し進める人物たちが、巨大としか言いようがないんです。豪邸の屋根に設(しつら)えたテントに星空とともに暮らす新聞王の娘ベヴァリー・ペン、地下水道のトンネルに広大な埋葬地をこしらえる盗賊団の首領パーリー・ソームズ、二世紀にわたって壮大な橋を建造し続ける建築家ジャクソン・ミード、グランドセントラルステーションの丸天井の上に住む盗賊ピーター・レイク……。奇怪な境遇と運命を軽々と渡り、長大な生命を生き続ける彼らは、いつしか神話的な巨大さを獲得していきます。
章が変わるたび、そんな主人公たちが入れ代わり立ち代わりニューヨークにやって来る。彼ら新来者の目によってその都度見出されていくこの都市は、刻々と新たな姿で出現します。正に千変万化する夢の都市が小説世界に建設されていくのです。「正義の都市」を求めて流離(さすら)うハーデスティ・マラッタが、訪れたニューヨークにある不思議な力を見出す件(くだり)、あるいはハドソン川の遥か上流のコヒーリズ湖から、驚くべき冒険を経てやって来るヴァージニア・ゲイムリーが初めて目にするニューヨークの姿に、魅了されない読者はいないでしょう。
巨大な人間が巨大な都市を跋扈(ばっこ)する巨大な物語は、美醜を超え生死を超え善悪を超えて広がっていきます。人物も出来事も単純な物語として回収されず、一旦構築された世界は壊され(小説の後半でニューヨークを襲う業火の凄まじさ!)、そこから新たな物語が飛び立っていきます。人も都市も物語もどんどん再生され更新されていく。正にマジックリアリズムの王道を行く小説が、米国文学史に聳(そび)え立っているのです。
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