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花外 蒲牢の響き 〜前編〜

先日の記事からの派生です。

六角堂にある鐘の銘文が、
イイ感じなんで深掘りします、
ってだけの記事です。

元記事はコチラ↓

この、鐘の銘文。

なんとなく、イイ感じってのは、
感じるんです。

けど、イマイチ、
意味が分からない部分も多いので、
さらにしっかりと考察してみた、
ってだけな話です。

私は考古学者でもないし、
古文も漢文も、
学生時代に授業で習っただけなので、
自己流の解釈です。

ハッキリ言って、解釈が、
間違ってる可能性は高いです。

もし、古文に詳しくて、
よくご存じの方がいらっしゃれば、
やんわりと、優しく、ここはこうだよ、
って教えてくれたら、幸甚に存じます。

まずは、鐘の全景ですね。

そして、銘文を紹介した看板。

まずは、この鐘の来歴を、
右半分で書いてくれてます。

この鐘は、もともとは、
1605年に、堀尾忠氏が寄進したもの。

1605年当時は、
一向一揆、洪水、大火事の際に、
この鐘で市民に知らせた。
そういう役割をしていたらしい。

その1605年の鐘は、
183年後の1788年に発生した、
天明の大火で焼けて無くなったと。

焼失して52年後の1840年、
天保11年に再鋳したが、
そこから約100年後の、
第二次世界大戦で献納されたと。

今現在の鐘は、
1954年の昭和29年に、
再鋳、復元されたと。

要するにですね。

最初の鐘は火事で燃えて、
二回目の鐘は戦争で献納されて、
今の鐘は3代目ですよと。

いうことが書いてあるんです。

そんで、やっと銘文ですわ。
銘文自体は、天保年間に刻まれたと。

ってことは、今ある銘文自体は、
1840年に再鋳したときに、
刻まれた文章ですよ、と。

しかしですね。

その銘文の冒頭に、
古銘に曰く、とあるんですね。

1840年の再鋳時に、古銘に曰く、
ってことは。

1605年の初代の鐘のときの銘文が、
こう言ってたよ、ってこと。

だからまぁ、結局は、この銘文は、
1605年の創建当時の、
誰かが考えて残したってことです。

なんで、こんなめんどくさいことまで、
遡って考えてるかって言うと、
これどういう心境で考えたんやろ?
って、私が思ったからです。

そのくらい、想像膨らませないと、
理解が、難しい銘文。

なので、1605年に思いをはせてみます。

1605年っていえば、
関ヶ原の戦いから5年後。

豊臣家滅亡の大阪の夏/冬の陣の、
10年前です。

時代が徐々に、
豊臣家から徳川家に移っていく、
そんな時代背景でしょうなぁ。

京都は、南北朝の時代もそうですが、
ずっと権力争いの、戦乱続きでした。

それがやっと、信長さん、秀吉さん、
ときて、戦乱の世が落ち着いてきた。
天下泰平、が文字通り、
生活に浸透し始めた時代、かも。

では。

やっと、銘文にいきましょうか。


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古銘に曰く 

花外 蒲牢の響き 
長安 半夜の天

撃つ人は盛徳を輝かし
聞く者は名纏を解く

朝に遠山の碧を渉り
暮に街市の烟にむせぶ

観音妙智力 
寿 幾千年か算えん

慶長拾乙巳の年 春季 如意珠の日

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なんとなくは、
わかるような気がします。

鐘を撃つ人、聞く人がいて、
なんか、響き渡る情景、
なんだろうな、と。

遠山の碧ってワードが、
なんかかっこいいし、
烟にむせぶってのも、いい。

むせぶって、桑田佳祐さんも、
よく歌詞に使うイメージだし、
なんか、こみ上げるもんが、
あるような気がします!

では、せっかくなんで、
細かくみていきましょうか。
(長なるやつやでこれは)

古銘に曰く、は、
もう説明しましたね。

まぁ、1840年に、
1605年の銘文を復活させてるよ、
ってこと。

花外 蒲牢の響き

これなんですが、
ここがいきなりわからん。

特に、花外がわからん。
調べたけど、わからん。
意味が分かる人は、教えて欲しい。

植物の花かな、と最初思ったけど。
その外って、なんや?
外側から?いろいろ考えました。

まあ、あとで、
私の見解を説明しますんで、
ちょい置いときましょうか。
(もったいぶるやん)

蒲牢の響き 

蒲牢は、調べたら、
いくつか意味が分かりました。

ここでは、響き、とあるので、
鐘を支える設備、と解釈します。
まぁ、鐘全体ですわな。

長安 半夜の天 

半夜の天は、まぁ、
夕方の空の景色、やと思うんですね。

長安ってのは、中国の都ですが、
ここでは、まぁ、京都のこと、
ちゃうんかなと。

まぁ、政治的にはいろいろあるにせよ、
だんだん、戦乱が収まってきて、
長い平和が、京都にも訪れそうやと。
そういう時代、ちゃうかなと。

なので。
京都の夕方の空の景色、
と解釈してみます。

するとですね。
さっきの、花外。
花ってきらびやかな京都のこと、
ちゃうかなと。

他のあとの句、もそうなんですが、
上の句と、下の句が、
意味的に、対になってます。

となると、この冒頭の一行も、
対になってるんとちゃうかなと。

で、長安は京都自体、となると、
花外 蒲牢の響き ってきたら。

華やかな京都の外にも、
鐘の音が響き渡る。

そんな情景を詠んでるんじゃないかと。

違和感、無いですかね?
ここまで。

まだ一行ですよ?
ついてこれてますか??
(そのセリフが違和感ありますが)

次、二行目。

撃つ人は盛徳を輝かし 

これは分かりました。
盛徳は、調べたらすぐ。
すごい大きく立派な徳ってこと。

まぁ、
鐘を打つことで人徳が上がる、
みたいな意味合いでしょうね。

下の句、いきましょう。

聞く者は名纏を解く 

これ、ちょいむずい。
名纏が、何を調べても出てこない。
纏ってのも調べたんですね。

まといって読んで、
江戸時代の、火消しの印、
しか出てこない。

あの、屋根に登って、
め組、かなんかが、
わっしょいわっしょい、するやつ。
あれが、纏(まとい)。

けど、ここの意味とは、
ちょっと違うかな。。。

いや、、、
火事のときにも鐘を鳴らすから、
それもあるんか。。。

あと、、名??
ん~。。なんの、名、やろ、、
わからん、、

なので、下の句の、
聞く人に、思いをはせてみる。

すばらしい徳を積んでいく人が撃つ、
澄んだ鐘の音を聞く。。。

心も身体も、洗われるようだ。。。

なんだか、生まれたままのすがたに、
素直になれそうだ、、、

となると、ですよ。

名ってのは、肩書きや名声で、
纏は、なんかいろいろまとわりついた、
しがらみや、それこそ堅い衣服や鎧、
なんかの印、そういった、たぐいか。

聞く人は、
そういった重々しいなんもかんもを、
解く、そういったものから解放される。
そういう感じ、じゃないでしょうか!!

キタ?キタ!?
これ。違う?違わない??

まだ二行ですよ?どうする??

そうねぇ。。続きにしますか。
(うっそやろ!!)
(マジか)
(テツヲさん、パねぇっす)


※追記※
後編はコチラ↓


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