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コントラスト⑧

 家へ戻った誠は自室にあるパソコンを立ち上げて検索バーにカーソルを合わせ、ボランティアと打って検索をかけた。その結果をスクロールしながらページの見出しを流し見る。2ページ目に進んだところで見るのをやめてパソコンを閉じた。特に興味をそそられるようなものは一つもなかった。

 誠はそもそもなぁとソファーに沈み込みながら思った。咲喜と同じ路線に立つこと自体にまず無理があった。道路とか公園の茂み捨てられてるゴミなんか拾ったことはないし、なんなら少年の頃は捨ててる側だったくらいだ。見ず知らずの困っている人が近くにいても、もしかしたら素通りしてしまうかもしれない。慈善的な活動にそもそも縁などない人間なのだ。

 郵便受けに入っていたチラシを手にとって子供の頃から何回も繰り返した手順で紙飛行機を作る。風を切るために先細ったフォルムは前進するという目的に基づいている。ダーツを投げるようにして放ると紙飛行機は素早く飛び出したものの長くは保たずフローリングの床に落ちて滑るように這っていった。

 誠はダイニングテーブルの下に力なく倒れている紙飛行機を拾おうともせず自室へと戻りバイトの準備をした。準備と言ってもやることは厨房で着る作業着をリュックに詰めるだけだった。

 夕方を過ぎて暗くなった頃が誠の出勤時間だった。店の正面入り口から入ってレジの横を抜けると厨房の前を通ってスタッフルームへ向かう。厨房からは冷蔵庫の扉を開け閉めする音やタイマーの音が鳴り響いていて前を通るだけでも慌ただしさが伝わってくる。

 「おはようございまーす」

 「おっ来た来た。オーダー溜まってるから急いで準備してね」

 通りすがりに挨拶をすると店長の元気な声が厨房から返ってくる。間髪入れずに追加される伝票の音に着替える前からうんざりとしていた。洗い物は時すでに渋滞を起こしている。

 急いで着替えて厨房に入ると手を洗って出勤を押す。そこからは来店の波が収まるまでひたすらオーダーを捌き、洗い物を回す。それを3時間ほど繰り返してようやくオーダーが落ち着いた。揚げ物を作る時に跳ねる油と汗が混ざって顔に気持ちの悪い感触が張り付いている。帽子の中も蒸れて髪が濡れているのが見なくても分かった。

 誠はここで正社員にならないかと何回か誘われたことがあったがそれを全て断って来ていた。ただそれでも時給が発生している分仕事は真剣に取り組んできていた。自分が作業した場所の後片付けもきっちりやっていたし盛り付けも店長からのお墨付きを得ていた。食器も汚れを残さずスピーディーに回していたし材料のストックをピーク時に切らしたこともない。料理を作るスピードだって申し分ないと自負している。現に大きな遅れをとったことこれまでほとんどなかった。

 だから真面目にやってきたことを評価されたことに対しては報われたという思いもあって嬉しく思ったが。ただそこに面白さがあったわけではなかったのでそれを本職にしたいとは微塵も思わなかった。

 休憩に入るとリュックの中からタバコを取り出してポケットに入れる。普段からタバコ吸っているわけではなかったが、バイトで疲れた時はたまに吸うことがあった。裏口の重たい扉を開けて外へ出ると座面が破れて錆び付いたパイプ椅子が2脚あった。

 その片方の椅子に先客の佐野が腰掛けていた。

 「お疲れ」

 誠が力なく声をかける。

 「お疲れ、どう落ち着いた?」

 「ピークから比べると大分ね。ホールも結構バタバタしてたよな」

 佐野は同学年の学生でキッチンではなくホールを担当していた。

 「料理出して下げてオーダーとってデザート作ってもう大忙しだよ。疲れたからもう戻りたくねーわ」

 「今日は特にキツいよ。ラストまでまだ結構あるし。明日休みでよかったわ」

 パイプ椅子に腰を降ろすとタバコに火をつけた。

 「俺明日からインターンだからもう早く帰りたいわ」

 「インターン行くんだ。何やんの?」

 「俺が参加するのはブライダル系のやつ。仕事決めるのに結構役立つからね。インターン行ってるやつは俺の周り結構いるよ」

 佐野の気取った横顔と風に乗って流れてくるタバコの煙が鬱陶しかった。

 「へーなんか大変そうだな」

 「いや他人事じゃないだろ。今頑張っとかないと後々大変だぜ。それじゃ俺時間だから戻るわ」

 知った風な口ぶりで語りかけながら肩に手を置くと佐野は裏口から店内へと消えていった。

 「ご忠告どーも。お前はお前で勝手に頑張ってりゃいいだろ。余計なお世話だバーカ」

 人影のない隣のパイプ椅子に向かって小さくこぼした。宙を仰ぎながらタバコを深く吸うと火種が暗がりで一瞬赤く輝いて、肺が満たされるのと同時に灯りはゆっくりと暗闇に溶けていった。勢いよく吐き出された煙は風に吹かれて歪んで消えた。パイプ椅子の背もたれに身体を預けると軋んで不安そうな音をあげる。

 常備してある灰皿にタバコを押し付けて火を消すと、深く腰掛けたまま両手を頭の後ろに回し、向かいのビルに点っている部屋の明かりをしばらくの間ただじっと眺めていた。




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