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コントラスト⑩

  咲喜への連絡を返したのは日付が変わる間近になってからだった。

 「返事が遅くなってごめん。送ってもらったサイト見たよ。気になった求人はもう少し調べてから応募しようかなって思ってる」

 心にも無いことをそれっぽく伝えてみようとしたけれど、中身が抜け落ちた空っぽの言葉しか出て来なかった。その返事は翌朝になって誠の携帯に届いた。

 「それ本当?もうみんな動き出してるんだから真面目に考えて急がないとどんどん取り残されちゃうよ。ここが頑張りどころなんだから」

 メッセージを確認した瞬間、誠は心臓からドス黒い血液が送り出されるような不快感を胸のあたりに感じた。

 「そんなこと分かってるよ。それにさ自分のことは自分でやるから咲喜は咲喜で自分のことに集中していいよ。これまでのことはありがたいけどもう大丈夫だから」

 送信ボタンを乱暴に押す。返事はすぐに返って来た。それを開こうとすると鼓動が速くなり、脈打つたびに心臓の内側に感じるざわめくような違和感がしつこかった。それを誠は出来ることなら直接手で掴んでその動きを抑えつけたい気分だった。仕方く深呼吸をしてからメッセージを開く。

 「何それ。なんか結局誠は自分の事から逃げてばっかりな気がする。気にかけてたことが馬鹿みたい。誠が言うように私は私の事だけ考えることにするよ」

 誠の心の中に鬱積していたものが瓦解していく。

 「そうしなよ。僕には僕のペースがあるからね、それを無視して背中を押されても正直負担にしかならないし」

 黒くドロドロした感情が頭の中から次々と溢れ出てくる。これはいけないと心の片隅で叫ぶ自分がいたけれど、その暴走を止めることは出来なかった。

 「最低だね」

 静寂を呼んだこの一言で会話は途絶えた。出て行く者を止める術が見当たらずに一人取り残され気分だった。この時、誠の頭は必死に言い訳を並べ立てていたが心の奥では自分の罪を認識していた。それでも咲喜の言葉を思い出しては胸がざわついてそこから目を逸らすように正当化を繰り返した。

 それから数日経っても咲喜からの連絡が来ることは無かったし誠が連絡をすることも無かった。誠は罪悪感を払拭するように求人サイトを漁り、情報を得るために取り扱う範囲やサービスが異なる様々なサイトに登録をした。

 大学が開いているエントリーシートの書き方講座や面接講座にも参加して試験についての勉強も重ねていった。ただその就活にまつわるセミナーなどは思考を矯正するような異様性があるように思えて誠は続けて受講することが出来なかった。

 だから結果的にはインターネットや友人から情報を得て知識を増やしていくことになった。もうすぐ終わりを迎える夏休みを抜けると秋が近づいてくる。一年の終わりが段々と近づいて来ていた。誠はここで初めて時間の少なさやこれまで自分はやったつもりになっていたということを実感した。

 思い出される咲喜の言葉が針となって誠の胸に突き刺さり鋭い痛みを残していた。それでも少しずつやるべきことを捉えて目の前の道を進んでいったことで誠の活力は漲っていった。その一方で目に見えない溝が着実に深刻さを増していく気配を感じて不安と焦りが心臓の底の部分に嫌な冷たさをもたらしていた。咲喜に掛ける言葉が見当たらないままの誠はそれでもただ前に進むことしか出来なかった。

 大学へ仮で作成したエントリーシートを提出したその帰りの電車の中で誠は携帯を出して入っている楽曲のプレイリストをスクロールしていると一通のメッセージがGメールで届いた。それは登録していたサイトからのメールで企業からの面談希望を知らせる通知だった。

 


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