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コントラスト③
その匂いは通りの端にあった綿菓子を売っている屋台から漂って来た甘い砂糖の香りだった。真ん中に穴の空いた機械にザラメを流し込むとそれは途端に糸状になってドーナツ型の器にひらひらと舞い出す。それを店主が割り箸でくるくると巻くと雲のようにふわふわしたお菓子が出来上がる。
作っている工程を見ているとちょっとした手品のようにも見える。子供の頃に初めて買ってもらった時は興奮して急いで食べたせいもあって顔も手もベトベトになったのを覚えている。それ以来そのベトベトになる食べにくさが苦手で積極的に自分から買って食べることはなかった。
咲喜はあれ買おうよ、と言って誠の手を引きながら綿菓子屋の前に並んだ。
「咲喜は綿菓子好きなの?」
「好きっていうのもあるけど、私の中でお祭りと綿菓子はセットみたいなものなんだよね」
「かき氷とか他にも定番なものある気もするけど、咲喜は綿菓子なんだ」
「子供の頃によく買ってもらってたから私にとっての定番はこれになったんだと思う」
咲喜の母は咲喜が小学生の頃に亡くなっていたことや、独りで子育てをしていた父と二人で昔よく行っていたという近所のお祭りでいつも綿菓子を買ってもらっていたことを誠は後になって知った。
「そっかそりゃ特別だよね。でも確かにあのふわふわの見た目は楽しげでお祭りっぽさあるよね」
でしょ、と言って機嫌よく掲げた綿菓子は咲喜の顔よりも大きかった。誠には思入れのなかった綿菓子はきっと他の誰かのもとでも大切な存在として記憶に残っていたりするのだろう。誠は咲喜の綿菓子をちぎって一口もらうと口の中でじゅわっと溶けて懐かしい甘さが口いっぱいに広がった。指先に残ったベタつきは相変わらずだったけど今日はそれさえも愉快だった。
空に残っていた日も落ちて、すっかり暗くなった夏の夜は街灯や祭りの灯に照らされていつもより明るくなっている。月が主役の時間がやってくるのはまだ先のようだった。
上機嫌な彼女の手元で綿菓子は熱気で溶ける氷のようにみるみる小さくなっていく。
「暑いなー」
そう言って咲喜は配布されていた団扇で顔を扇ぐ。彼女の前髪ははためきに合わせて揺れて水気を含んだ部分が額に張り付いていた。それを隣で眺める誠の目に映った咲喜の首元は汗で濡れてあやしく光っていた。誠はTシャツの袖で汗を拭う。
タオルを持ってくるべきだったなと軽く後悔していると、こっちのほうがいいよと言って咲喜が自分のハンカチを手渡してくれた。
ありがとう、そう言って受け取ったタオル地のハンカチで汗を拭こうと額へ運ぶと彼女から感じる香りと同じ安心する匂いが漂った。洗剤とか柔軟剤の匂いだけではない独特なものだ。
「これ洗って返すね」
「そんなの気にしなくていいに決まってるでしょ」
咲喜は誠の手からハンカチを奪うとそれを畳んで小さな巾着にしまい、誠の手を取って再び歩き始めた。
二人はそれからかき氷やりんご飴を食べて、射的に挑戦したりと屋台を回りながら途中で休憩を挟みつつ年に一度の祭りを最後まで楽しんだ。
今思い返してみれば、はぐれた時は大変だったけれど、やっぱりそれでも結構楽しかったんだなと思い、隣に目をやると咲喜が怪訝そうな顔をこちらに向けていた。
「さっきから何考えてるの。ぼーっとしてさ」
誠は考え事をすると周りの声が聞こえなくなるところがあった。
「ごめん。二人で初めてこの祭りに来た時のこと思い出してたんだ」
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