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小さなドラマ
風を切る音と車体が揺れる音を聞きながら蛍光灯の明かりが満ちた車両の窓から夜の街を見下ろしていた。
最近ハマっていたバンドが解散することを知って、告知されていた解散ライブに参加するために渋谷へと足を運んだ帰りだった。
知名度が高いわけでもなかったそのバンドのファンが自分の周りに存在するはずもなくて、そのライブには最初から一人で参加することにしていた。
同じアーティストのファンであっても以前からライブに参加していたような既存のファンの群れの中では自然と余所者のような気分になる。
センター街を行き交う人の流れに戸惑いながら会場のライブハウスへと入っていった。
解散ライブだったせいか演奏された楽曲はファンの間でも特に人気のある曲ばかりで、「にわか」のファンでも知らない曲はほとんどないくらいだった。身を乗り出すように手を伸ばす最前列ではものすごい勢いの盛り上がりを見せていて、暗いライブハウスの中に広がる熱気には流れる時間を燃やしていくような迫力があった。
初参加となったラストライブを見終わった後は後ろ髪を引かれるような感動と寂しがセットで押し寄せて来て帰り道は足元がなんだかふわついた。
最近ハマっただけで深い思い入れがあった訳でもなかったけれど、元気をくれた優しい楽曲たちがこれ以上増えることなく、想いを歌い続けた人たちの物語に幕が降ろされたことを思うとやっぱり悲しかった。
会場の熱気が身体から抜けていくほどにその想いは募っていくようだった。
体を揺らす電車はガタンガタンと裁断するような音を立てる。
次に到着する駅名を告げるアナウンスを聞きながら、まだ胸の中に漂っているフィナーレの余韻と祭りの後のような喪失感を咀嚼していると何故か急に懐かしい気持ちになって、頭の中にいつかの記憶が浮かび上がってきた。
それは初めてちゃんと愛情を分け合った懐かしい記憶だった。
愛情が実りを迎えて見るも美しい花を咲かせた後は色を失いながら枯れていく、そんなよくあるストーリーでパッケージされた限定品の思い出は時間が経った今も一定の鮮度を保っていた。
(彼女は今どうしているのだろう?)
別れた後もたまに連絡を取っていた彼女とも合わなくなって久しい。今となっては連絡も全く取らなくなった。
マナーの保たれた車両の中をなんとなく見渡して中吊りの広告に目を向ける。
(でもまぁそれが普通なんだろうけどな)
タバコを一本咥える気分で胸の中に独り言ちた。落ち着いた頭とは裏腹に手はポケットからスマホを取り出して彼女に宛てたメッセージを打っていた。
(久しぶり。元気してた?)
打ち終えると流れるように送信ボタンを押した。考える前に行動を起こせるようなタイプでも無いのに、この時の思い切りの良さには自分自身で変に感心してしまった。
(すごい久しぶりだね。元気にしてるよ。それより急にどうしたの?)
思っていたよりも早い返信がふわついて落ち着きのない心の中を安心させてくれているのが分かった。弾む気分の傍で自分の正体が「あまりにも単純なもの」ということに気がついてしまい同時に少し情けない気持ちになった。
(色々昔のこと思い出してたら急にどうしてるのかなって思って。笑)
(それでこれもまた急なんだけど、良かったら今度久しぶりにどっか遊び行かない?)
画面から目を離すと今どこの駅を抜けてどの駅へと向かっているのかが分からず車内のモニターに目を向けた。
降車駅はまだ遠い。
夜を抜ける光に運ばれながら暗闇に灯る生活の明かりを眺めては、それに心地良さを感じていた。
手のひらの携帯が静かに揺れる。
(何それ。笑)
(遊びに行くのは良いけど久しぶりだとちょっと緊張するからその前に一回ご飯行こうよ)
最近はまるで思い出すこともなかった彼女の表情が不意に蘇って、あの頃の記臆がぐっと今に近づいた。
(分かった。何か食べたいものとかある?)
(お肉食べたい。真広くんは?)
(いいね。笑 俺も肉でいいよ。それじゃあどっか店探しとくね。土日休みだよね?)
(うん、そうだよ。月末の方だったら予定空いてるから合わせられると思う)
(分かった。日にちと店決めたらまた連絡する)
(うん、分かった。よろしく〜)
このまま会うことも無かったかもしれない人との間に予定が出来たことが思った以上に嬉しくて、車内に流れ込む外気の冷たさも気にならなくなっていた。
頭の中には今日のドラマを生み出したあの音楽が鳴り響いている。熱気と迫力が絡み合って想いが交錯したあの空間には身体の芯に響く特別な何かがあった。
誰かが生み出した大きなエネルギーは巡り巡って誰かの心に灯をつける。それが今この身体を思いもよらない未来へと繋げていた。
胸の片隅で微かに漂っていた寂しさの余韻は、ホットコーヒーのような温もりとなって体の中からこの夜に溶け出すと、なんでも無かった目の前の景色を特別な瞬間に型どっていった。
夜を滑る光はより一層輝きを増しながら小さな物語を乗せて営みの中を駆けて行く。
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