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僕らの魔法
「用法用量をお守りください」
「使用の際は十分に注意してご利用ください」
そんな注意書きがいくつも貼り付けられた上に厳重に封がされていてもおかしくないような、危険だけど奇跡みたいな魔法を僕は産まれながらに持っている。
でもそれは僕だけに限ったことじゃなくてここに産まれた人ならみんな持っているものだった。
大人は子供の僕にその魔法の取り扱い方を学ばさせるために色々な話しを聞かせてくれた。
(過去にそれで人を傷を付けてしまい大きな傷跡を残してしまったこと)
(苦しみを取り除いてあげられたこと)
(行く先を照らすような光を作ってもらったこと)
(二度と交われないような大きな壁を築いてしまったこと)
聞いた話はどれも新鮮で緊張と興奮で胸を騒がせながら僕は好奇心に囚われた。気をつけていれば危険なことに使わなければ問題はないのだと思っていた。
それから程なくして僕はその魔法を使って一緒に遊んでいた友達を傷つけた。くだらないことで腹を立てたのだ。僕は気が付かない内に頭の中にあった「気をつける」というハードルを簡単に無視してしまっていた。
友人に刻まれた傷口からは暖かい光が漏れ出して傷の周りが黒くくすみ始めていた。
傷を塞ぐための力だって持っていたはずなのに、怒りに乱れた僕の身体はその力の引き出し方を完全に忘れてしまっていた。
魔法を使っただけなのに直接殴ったような鈍い痛みを感じて戸惑った僕はその場から逃げるように走り去った。
家に帰って布団に入っても胸を抑えて涙を流す友人の姿が頭から離れなかった。
「その子の傷もお前の傷も癒してくれる魔法を教えてやろう。これに一番大切なのはお前が本当にその傷を治したいと思う心だ。恥ずかしがってちゃいけないぞ」
枕元で父が語った言葉を胸の中で温めながら魔法を使った間違いだらけの夜が過ぎていくのをじっと待っていた。
夜が開けた次の日の朝に僕は黒く焦げた傷跡が残った友人に近づくと、教えてもらった魔法の言葉を口にした。それは傷をつけた時よりもずっと難しく勇気のいるものだった。
「これは相手の協力があって初めて完成する魔法だ。だから相手にお前の気持ちが伝わらなきゃ成功しないんだ。だからお前の気持ちが大切なんだぞ」
僕はぎゅっと目を閉じて目の前の友人がこの魔法に応えてくれるのを待っていた。1秒が何倍にも引き伸ばされた沈黙の中で押しつぶされそうな感覚に耐えていると、不意に柔らかい温もりが僕の手を取った。
目を開いて顔を上げると目の前には癒えた傷口と友の優しい笑顔があった。
「もう大丈夫だから気にしないで。でも今度は気をつけてくれよ」
僕を気遣うように茶化した声が優しくて、とても厳しかった。
「うん、ごめん。・・・ありがとう」
頭を下げたままそう伝えると次第に僕の胸も光り始めて、もたれるような重い痛みが瞬く間に晴れていくのが分かった。
嘘みたいに軽くなった心はこの時初めてその魔法の力と意味を知った。
目には見えない武器、薬の届かない傷への癒し、毒にも薬にもなる曖昧な力が僕の僕らの体の中に眠っている。
(いつまで経っても私達はこの力を上手く使いこなすことが出来ていないんだ。それぐらい自由で捉えどころの無いこの力を制御出来るのは、魔法を振るう本人だけだ。しかし一人一人がそれをいつでも出来る訳じゃ無い。だから難しいのだ)
いつか話してくれた大事な言葉を今になって思い出した。魔法を生み出す一人一人の世界が異なるのだから考えてみれば当然だった。
僕はあの黒ずんだ傷跡を思い出すと少し緊張して、慎重な気持ちになる。
この力を使うには長らくこの魔法を使ってきた先人たちの歴史を学びながら。見て聞いて考えて気をつけなければならない。
噛みしめるように自分に語りかけた。
そして時には適所にこの魔法を使いながら力の大きさを確認する必要があるだろう。
僕は手始めに布団の中に潜ってきた猫に向かってとびきり優しい魔法を唱えた。猫は僕のことを見上げるとゴロゴロと喉を鳴らして目を細めがら短い鳴き声を響かせた。
きっとこれが僕らの魔法が持つ最大の魅力なのだろう。安らぎに埋もれる布団の中で眠りに落ちる間際、僕はそう思った。
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