見出し画像

ある年のロンドンの話

Twitterのプロフィール欄をご覧の通り、私はロンドンが好きだ。Rの発音も楽だし、人も優しい。クウォーターコインも存在しない。パリも良いけどパリより治安が良いし、言葉に困らない。

日本人が若く見られるのはもはや言うまでもない事だけれど、27歳で「何年生?」と聞かれた時はさすがに驚いた。

「日本人女性は海外でモテる説」が昔からある。私はイエスだと思う。どこの国であれ、「外国人」は多かれ少なかれ珍しい。日本人男性だって金髪美女とデートしたいと思うだろう。外国人男性だって同じだ。珍しい外国人とカフェにでも行って、外国語でお喋りして周りから羨望の眼差しを浴びたいのだ。日本人女性もまた、海外旅行で開放的な気分になっている。こちらからしても現地の男性は格好良い。背が高く足も長い。スーツは彼らが着るのが正解だと思ってしまう。そんな中「どこから来たの、困ってない?コーヒーでもどう?可愛いね。」と言われれば断る人も少ないのではないか。Facebookの友達申請なんかして。

「どこから来たの?」と累計200回は聞かれた。一度だけ食堂の小母さんに聞かれたが、驚くほど男性に聞かれる。道を尋ねたり、男女同じくらい話しかけてもだ。タクシーの運転手さんには100%聞かれる。カフェの店員さんにも、パブの店員さんにもだ。

イングランドでは18歳から飲酒が出来る。でも日本人なのでパスポートが無いとビールが頼めない。パブで横にいた小父さんに勝手にオレンジジュースを頼まれた事もあった。

そのパブで隣に座った男性にまた聞かれた、どこから来たの、と。「日本です」「やっぱりね。僕は少し日本語が喋れるよ」

イングランドのビールは常温で、のどごしとかそういうのではない。お酒に弱い私でもチビチビ飲めた。観光客らしくフィッシュ&チップスを食べていた。向こうのフィッシュは丸のまま揚げてあって、ナイフも使う。ナイフを置いた右手を、そっと包まれた。


「君の瞳は星よりも綺麗だ。」


真顔でそれを言うので笑ってしまった。しかも日本語だった。恥ずかしながらそういう甘いセリフに免疫が無かった。ぬるいビールをあおる。男性は食い下がるタイプだった。私の手を撫でながら「可愛いね」「綺麗だよ」まるで一世を風靡した未亡人朱美ちゃんである。

男性は鰻を注文した。こいつ本気かも知れないと思ったが、金髪碧眼の知的なイケメンで、ピルも飲んでいたので悪い気はしなかった。悪い気がしたのは鰻の方だ。

ブツ切りの塩茹で、しかもキュウリのソース。

冒涜としか思えなかった。「君も食べないかい」と言われたけれど、鰻は好きじゃないと言った。もちろん蒲焼なら好きだ。私の頼んだフィッシュ&チップスには尋常じゃない量のグリーンピースが添えられていた。添えるとかの量じゃない。盛られていた。それも嫌だった。何の味もしないし。

食べてもいない鰻の塩茹でを反芻しながらパブを出た。「こっちだ。」男性はもう、エレクションしてた。ウォータールーからすぐのアパートだった。良いとこ住んでるなと思った。下半身開国宣言の夜だった。

決して悪くなかった。むしろ良かった。「白人男性はフニャチンだから痛くない」と聞いていたが嘘だった。イク、は英語で、来る、だった。

男性のアパートの前で名残惜しくキスしていたら、カメラのフラッシュが光った。変な趣味の奴だなと思ったら、男性が何やら早口で捲し立てるので、聞き取れなかった。とりあえず帰ってお風呂入ろうと思ったら、カメラの連中に囲まれた。とにかく早口で、何を言っているか分からない。怖くなってきて防犯ブザーを鳴らしたら逃げていった。ブザーの音を聞きつけた近所の人が優しく駅まで送ってくれた。

ホテルに帰って、色々と思い出していた。大きいだけの安いホテルで、クローゼットだけは広かった。真冬だったのでコートを2枚掛けた。

時差ボケで寝付けず、しかも時差すら考えないフロリダの友達から「いま地球の何処?」という規模のでかい電話が夜中の3時に掛かってきたりして、まったく眠れなかった。

翌日、日本に絵葉書を出す事にした。彼氏に、浮気したのを申し訳ないという気持ちもあったからだ。ホテルの人に郵便局の場所を聞き、「もう葉書持ってる?そこの売店で売ってるよ」と教えてくれたので、ありきたりなデザインだけどビッグベンの絵葉書を数枚買って書いた。

郵便局はホテルから徒歩2分と聞いていたが、私は1時間かかった。というのも、コンビニの奥のスペースが郵便局になっていて、まさかそんな造りだと思わなかったので、「連れて行ってあげる」という親切な老紳士に出会うまで徘徊していたのだ。

郵便局に着くと、女性局員に買った切手を投げられた。なんやねんコイツと思った。切手を貼って手渡すと、彼女はコンビニの方から新聞を一部持って来て開いた。そしてものすごい剣幕で「これ、あんたね!!」と言った。

昨日の男性のアパートの前でキスしている写真だった。顔もばっちり撮られている。プロのパパラッチなのだから当たり前か。彼女が言うには男性は絵葉書のビッグベンの下で働く上院議員で、事実婚の相手まで居るという。恥を知れと言われたので、ぐうの音も出ず、まあ自分も浮気だしなと思いながらコンビニだか郵便局だかを後にした。

スタバでホットチョコレートを飲んで一息ついた。ショートブレッドにキャラメルソースとミルクチョコレートのかかっているのを食べた。メタボまっしぐらである。スタバの店員さんももはや顔見知りだったが、よそよそしかった。別のコンビニでダサいサングラスを買った。真冬の霧の都で。

ふと昨日の情事を思い出し、私はまた別のコンビニに行った。なんていう新聞だったか覚えていなかったというか、書体が独特で読めなかったので自分が写っている新聞を買った。


それを捨てられたのは最近の事だ。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?