見出し画像

50歳のノート「スタートアップ泥船航海記〜転職に向かわない心」


「openwork」という転職希望者がのぞく有料口コミサイトがある。旧名をvorkers といい、そちらの方が認知されているかもしれない。
それをのぞくと今いる会社で「退職勧奨された」という退職者の書き込みが2件あった。
理由は「コスト削減」でじわり退職を迫られたそう。

2人とも開発ではなくビジネスサイドの人たちだった。そういえばビジネスサイドの人と繋がりがないが、少しずつ人が減っている気がする。日本の会社であからさまに退職勧奨…。
日本の会社で人減らしは難しいと聞くが、それをやっちまってるんだ、というショックがあった。

とはいえ自分の部署は誰も辞めないどころか転職活動している気配がない。
以前お世話になった転職エージェントに聞くと、メジャーな転職サイトで今の会社で転職活動をしている人が増えていないという。(そういう検索方法があると知らなかった)。
まるで自分がかつての「1999年にノストラダムスの予言で世界が終わる」と信じて浮き足立つ小学生のように思えた。

社長は「資金ショートしこの一年が勝負」と連呼している(3ヶ月前から連呼しているのであと9ヶ月では?と思う)。
具体的に毎月の赤字と現在の売り上げが公開される。
普通に足し算引き算してもとても無理。
一年後に社員を含め半数をクビにしたとて黒字にならない。ましてどんと収益化できる見込みのものがない。そもそも資金が潤沢なお客様の業界ではないのだ。
足し算引き算すると早期退職制度を作って支払うお金がないこともわかった。
一年後にプロダクトを売却するのか。
一年後にリストラが始まるのか。
吸収合併先が決まっているのか?
具体的なことがわからない。
そのためか、社内では浮き足立つ人を見かけない。

自分の意志ではなく不確かな情報のまま、焦燥感にかられて転職サイトを更新するとエージェントからお声がけが始まった。
50歳を越えての転職になるのでどんな状況になるのかわからない。

そんな中、突如、役員直下で新しい組織が作られることになり、そこに抜擢されることになった。抜擢というと聞こえが良いけれども行ってみるとやはりビジョンが無いまま空箱で作られた場所である。
また手探りかぁと思いつつ、これも政治の世界になると感知して、政治に強い同僚を巻き添えにして彼も異動の道に誘う。

一年後に沈みゆく船に天守閣を作るようなもの。さらに天守閣を作ったところでそこで一体何をしたいのか不明である。

泥船なのに、開発界隈で知られるSNS有名人が数名会社に居られることを最近知った。
まさしくインフルエンサーである。
その有名人たちも実際は小さな仕事しかしていなくて、それでも対外発信に勤しんでいた。
内情を知っているだけに、お力のある人に仕事を作っていない組織であることと、大した仕事がないのにいかにも価値ある日々のようにSNS発信を続けていることに切なさと、ある種のずるさを感じた。

そんなSNS有名人の猛者うち、1人がふと気になって、本音がどこにあるのか聞いてみたくなった。何より、転職活動をしている気配が無かったので、いまの泥船をどう見ているのか知りたくなった。

彼のご聡明さはこれまでの少しのお話のからみでわかっていたので、ある程度自分の恥を公開しなければならない(見抜かれることを覚悟しなければならない)。
ご相談させてください、と申し込み、冒頭を
「いやー、こんなことがありまして、」とこの一年半の愚痴めいて話を始めると、すぐさま鋭い質問が2、3返ってきてそれに答えると、
「よく一年以上いられたね」
とぽつんと言われた。

「あなたの職種なら来て欲しい企業はいっぱいある。僕なら転職する。何故転職しなかったの?」
「えっとそのう、「状況に対して何もできなかった」というのが悔しくて…」
「それは状況がこれこれの前提の上で何もできないというならそうだけど、その前提が無いでしょ」
「…はい…」
「新しい部署はどうなの? こういうことをやって欲しいとか聞いた?」
「どうもそれが無いみたいなんです…」
「ああ…」

話は私の所属しているプロダクトのチームの人たちが特殊すぎて雰囲気が良くない、なのでここで成功体験は難しいと続いた。

あれあれ、話の向きが…と私は焦った。
その方は「あなたの相談に僕は何も答えてない」と苦笑いしつつ、政治的に生き残る防御術をいくつか教えてくれた。(政治に強い同僚から教わっていることだったので驚いた)。
とはいえ、やはり転職を勧めるという形で話は終わった。

その方はコスト削減警察(会社から任命されてないのに「コスト削減」をお題目に人を削ろうとする活動を自主的にしている人たち)ではないので、私を追い込もうとしているのではないことはわかっていた。
けれど、シンプルに「何故転職しないの」という言葉が優しさとして刺さった。

まるで転職活動の背中を押してもらった形なのに、それでも私の意志はどすんと座り込んでいる。
この職場でアンチに馬鹿にされ、客観的な成果を出しているのに誰も興味が無いことが悔しかったのか。
スタートアップ企業の転職をここ数社繰り返して、自分では失敗続きと思っている。
敗残兵のしかも50を越えた老兵である。
それが転職市場で傷つくことを恐れていたのか。

できもしない政治活動に必死で追随して(自らできないので凄腕の同僚を見てるだけ、彼に言われた通りに動くだけだったけれども)一年半が過ぎた。
結局「自分には何もできない」という刻印がより深まってしまった。

自分に価値を感じられないし、もはや次の船も泥船になるかと思うと腰が上がらない。

相談した方のように俯瞰して見ることができていないから、自分は状況に飲み込まれているんだと思う。
とはいえ、社長が連呼する「後一年」を余命宣告と捉えるなら、私の意志や価値や恐れと関係なくこの会社員生活は終わりを迎える。
悩んでいる贅沢は無い。
「今じゃない」などと言っていられない。
どこかに合併されたとて、老犬、老猫は保健所行きだろう。

転職の意志が臼のようにどすんと座り込んでいるので、下に丸太を並べてごろごろ転がすことにした。
よくしてくださったエージェントに連絡を取り、無理やり面談を始める。
あぶないスタートアップばかり紹介してくる別のエージェントの紹介でカジュアル面談をはじめてみた。
想像通りトンチンカンなことになったので練習とさせていただいた。

転職の強い意志もなく、「今だ」というはっきりわかったタイミングでもなく、ズズズ…と自分の船を海岸から波打ち際に引きずっている。

この重さはタイミング違いなのか、転職市場で傷つくことへの恐れなのか、はたまたこの会社で何もできなかったという悔しさなのか。

相談に乗ってくださった方なら軽やかに次のステージに行くのだろうな、と想像する。
次こそは会社と自分、双方にハッピーエンドを求める気持ちを線香花火のように小さく育てている。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?