見出し画像

ニュージャズ(new jazz)は現代のニュージャックスウィング?

ヒップホップのサブジャンル、「ニュージャズ(new jazz)」について書きました。記事で触れた曲を中心に収録したプレイリストも制作したので、あわせて是非。



ニュー・ミュージック・バイ・ニュー・ピープル

昨年頃からヒップホップシーンで、「ニュージャズ(new jazz)」と呼ばれるサブジャンルが話題となっている。これは1990年代に盛り上がったエレクトロニカなどと隣接する「ニュージャズ(Nu Jazz)」とは全くの別物で、いわゆるSoundCloudラップのシーンで発展したトラップの派生ジャンルだ。

ニュージャズの大まかな特徴としては、スペイシーなシンセやうねるようなベースなどの使用が挙げられる。全ての曲に入っているわけではないが、サックスやトランペットといった管楽器のプリセット音源も使われる。流行の発端となったのは、NYのラッパーのLunchboxが2023年にリリースしたミックステープ「New Jazz」。ジャンル名の誕生は2022年で、Lunchboxが同作からの先行シングル「We Ain’t」がリリースした後に投稿したInstagramのストーリーが初出だという

米メディア「Pitchfork」は、アルバム「New Jazz」をSoundCloudラップのシーンで発展したヒップホップのサブジャンル「レイジ」の文脈で評している。しかし、同作およびそのタイプビート、つまりジャンルとしてのニュージャズでは、レイジのようにダイナミックでエモーショナルなものだけではなく、やはりSoundCloudラップのシーンで人気の「プラグnb」のようにドリーミーでリラックスしたものも散見される。レイジの発展というよりは、より広い意味で「ニュー・ミュージック・バイ・ニュー・ピープル」と捉えるのが正解だろう。

この「ニュー・ミュージック・バイ・ニュー・ピープル」という言葉は、私が「ニュー」という単語を強調するために考えたフレーズではない。同じく「ニュー」という単語を冠したジャンルである「ニュー・ジャック・スウィング(以下NJS)」について、オリジネイターのTeddy Rileyが日本の音楽誌「ミュージック・マガジン」1989年12月号で語ったものだ。ここでこの言葉を引いたのは、ニュージャズとNJSの共通点が不思議と多いからである。本稿ではこの二つのサブジャンルのルーツを振り返り、その繋がりを考えていく。


デフォルメされた音とキーボードの演奏

NJSの音楽的な特徴としては、ゴーゴーから影響を受けた跳ねるようなドラムパターン、弾力のあるベース、そしてオーケストラヒットの使用などが挙げられる。生演奏のストリングスとは明らかに異なる、デフォルメされたオーケストラヒットの音はNJSを象徴する音色の一つだ。これはニュージャズで使われる管楽器のプリセット音源の音と「デフォルメされた音」という点で共通する。また、サンプラーを用いたヒップホップ以降の手法で作るサウンドだが、オリジネイターのTeddy Rileyはキーボーディストとしての顔も持っている。Teddy Rileyが所属していたバンドのGuyも、ドラムはプログラムされたものでもかなりキーボードの生演奏を取り入れた音楽性だった。

ニュージャズと隣接するサブジャンルであるプラグ(プラグnb)も、生演奏ないしそれに近いグルーヴを持ったキーボードのフレーズが鍵となっているものだ。私が以前メディア「Soundmain Blog」で論じたように、プラグのルーツを辿るとZaytovenJT the Bigga Figgaに行き着く。Teddy Rileyと同じくこの二人は共にキーボーディストとしての顔を持ち、自身のビートにもたびたび生演奏を取り入れていた。そのグルーヴはプラグに引き継がれ、そしてニュージャズにも通じるものを発見することができる。

さらにZaytovenに関しては、幼少期は教会で鍵盤を弾いていた経歴を持つ。そしてTeddy Rileyもまた教会で育った人物であり、「Red Bull Music Academy」のインタビューでは「俺はいつも教会にいた。だから自分の音楽には教会のフィーリングが常に必要だった」と話している。教会で鍵盤を弾いていた二人が、ヒップホップのビートに自らのキーボードのフレーズを入れたのは必然だったと言えるだろう。そしてそれがNJSとプラグに繋がり、プラグはニュージャズに繋がったのだ。


amir pr0dのプラグ文脈

プラグとニュージャズの繋がりをもう少し見ていこう。ニュージャズの発端となったアルバム「New Jazz」のプロダクションの中核を担ったのは、amir.pr0dことAmir Najibiだった。Lunchboxは元々プロデューサーとしてSheck Wes作品を手掛けて注目を集めた人物だったが、2022年のソロ作「Nightfall」ではラップに徹してビートは他プロデューサーに委ねている。「New Jazz」でもプロデューサーとしての関与は「Patience」の一曲のみで、同曲にしてもamir pr0dとRijonとの共作だ。そのため、ニュージャズを考えるにはLunchboxと同じくらい、 amir.pr0d関連作を振り返っていく必要がある。

amir.pr0dはLunchboxのほかには、Slump6szodiakといったラッパーの作品を手掛けている。共作経験のあるラッパーの多くはいわゆるSoundCloudラップのシーンで活動しているラッパーだ。SoundCloudやBeatStarsのアカウントでは現時点では地域が伏せられていることからも、そのスタイルは地域性よりもSoundCloudのコミュニティで育まれたものと捉えるのが良いだろう。

amir.pr0dの初期仕事、例えばBenjiColdが2021年にリリースした作品「Royale」に収録された「Stupid」を聴いてみると、かなりZaytovenタイプのビートを制作している。800ptsによる2021年のシングル「weird」は、SE的なシンセをミニマルにループしたものだが、イントロとアウトロでは弾いたようなシンセのフレーズが飛び出す。同じく800ptsの同年のシングル「save」もZaytovenタイプで、これらの曲からはプラグの文脈をはっきりと感じ取ることができる。

とはいえ、プラグのプロデューサーと言い切ることもできない。例えばzodiakの2021年のシングル「i like that...」は重厚なシンセが効いたエレクトロニックなビートで、あまりプラグ的ではないものだ。ただ、そのシンセ捌きはF1lthyなどWorking On Dyingの面々を思わせるもので、やはりSoundCloudラップの匂いは強い。SoundCloudラップのマナーを踏まえつつ、様式美の追及よりも実験精神に傾いているのがamir.pr0dの作家性と言えるだろう。


歌とラップの境界線を崩した第一歩としてのNJS

SoundCloudラップのシーンでは、Lil TeccaAutumn!のように、歌とラップの中間のようなメロディアスなフロウを持ったラッパーが多く活動している。ラップと歌の境界線を崩すような試みは現在では当たり前となったが、それが当たり前ではない時代もかつてはあった。私が以前書籍「オルタナティヴR&Bディスクガイド」に寄稿した論考「溶けゆく境界線―ラップするシンガーと歌うラッパー」で指摘したように、歌とラップは2000年代後半頃から急速に接近して現在に至る。

しかし、それには前段階としてR&Bシンガーがヒップホップのビートに乗って歌うスタイルの存在があった。そして、それを考えた際に重要な転換点となるのがNJSなのである。

そもそもTeddy Rileyは、R&Bよりも先にヒップホップのプロデューサーだった。その後Keith Sweatの1987年作「Make It Last Forever」を手掛けてR&B仕事を本格化させていったが、同作についても最初Keith Sweatからプロデュースを依頼された際に「R&Bはやらない」と断ったという逸話もある。そんなTeddy Rileyは同作でヒップホップ以降の感覚を備えたR&Bに挑み、その試みの一つがNJSの時代の幕開けを告げた「I Want Her」だった。同曲でのオーケストラヒットの使い方やドラムの打ち込み、アドリブの入れ方などにはヒップホップの要素を強く感じることができる。

逆にヒップホップ側からNJSにアプローチし、R&Bの要素を取り入れるケースも初期から多くあった。Teddy Rileyとも関係の深いヒップホップグループのHeavy D & The Boyzが1989年にリリースしたアルバム「Big Tyme」に収録の「Somebody for Me」では、R&BシンガーのAl B Sure!をフィーチャー。こういった試みの積み重ねの先にいわゆる「ヒップホップ・ソウル」が生まれ、R&Bシンガーがヒップホップのビートで歌うことが当たり前になったのだ。


ハーレムの音楽

NJSという言葉は、1987年に米メディア「Village Voice」に掲載された記事「Teddy Riley’s New Jack Swing: Harlem Gangsters Raise a Genius」が初出となる。同記事のライター、Barry Michael Cooperは米メディア「Pop Matters」語ったところによると、Teddy Rileyの地元であるNYのハーレムでは1980年代半ばから後半にかけてクラックが蔓延し、1920年代の禁酒法時代を思い起こさせるような状況だったという。そんな時代においてTeddy Rileyの音楽は、ジャズのようなスウィングとメロディーの力強さ、そして新しさを持っていたことから、ハーレムのサウンドトラックに相応しい音楽として……というのが、NJSという言葉の誕生のストーリーだ。つまり、NJSとは「新しいジャズ」としてその名称を与えられていたのだ。

そして、Lunchboxもまた、Teddy Rileyと同じハーレム出身だ。Lunchboxは先述した通りSheck Wesのプロデューサーとして名を挙げたが、そのSheck Wesも同郷である。南部ヒップホップ由来のトラップを完全に消化して自身のサウンドにした彼らの前には、ベイエリアや南部のスタイルを巧みに吸収したA$AP Mobの存在があった。彼らもまたハーレム発のコレクティヴであり、メンバーのA$AP Twelvyyは2020年作「Before Noon」にLunchboxを迎えていた。そのA$AP Mobの中心人物だったA$AP Yamsは、ハーレムのコレクティヴのThe Diplomats元インターンだ。The Diplomatsも南部的なスタイルを柔軟に取り入れる音楽性だった。

そして、The DiplomatsのオリジナルメンバーのCam’ronと共にラップグループのChildren of the Cornで活動したMa$eは、8Ball & MJGJermaine Dupriといった南部勢と共演しつつ、Teddy Rileyもプロデュースに迎えてR&Bとヒップホップのクロスオーバー路線で人気を集めた。ハーレムのヒップホップの歴史は、緩やかだが確実に繋がっている。「ニュー・ミュージック・バイ・ニュー・ピープル」であるニュージャズとNJSは、NYの新時代を常に彩ってきたハーレムの音楽でもあるのだ。


ここから先は

420字

¥ 100

購入、サポート、シェア、フォロー、G好きなのでI Want It Allです