ヒップホップにおけるオルター・エゴを使った多彩な表現
WebメディアのMikikiに、Eminemの最新シングル「Houdini」についてのコラムを寄稿しました。
Eminemの近年の動きを振り返り、そこから見えてきた回帰ムードを踏まえて最新シングルを紐解くような内容です。
Eminemは暴力的でコミカルなオルター・エゴのSlim Shadyとしてラップし、過激なリリックを聴かせてきたラッパーです。ヒップホップのリリックは自身の経験をベースにしたものが多いですが、このような「設定を作ってそれで行く」スタイルもEminem以前から定番のものとしてありました。
オルター・エゴによるラップの比較的古い例としては、ヒップホップグループのDigital Undergroundの中心人物として1980年代から活躍したShock Gが挙げられます。Shock Gは鼻眼鏡を着用したコミカルなキャラクターのHumpty Humpを筆頭に、MC BlowfishやIcey-Mikeなど多彩なキャラクターを演じていました。Digital UndergroundはPファンクからの影響が強いグループで、そのオルター・エゴの使い方もParliamentのSF的でコンセプチュアルなノリから引き継いだものを感じさせます。
Wu-Tang Clanのメンバーも多くのオルター・エゴを使っていました。RZAはBobby DigitalやPrince Rakeemなど、Ol' Dirty BastardはDirt McGirtやBig Baby Jesusなど、Ghostface KillahはTony Starks……などなど、(単なる変名のノリも含めれば)多くのキャラクターをそのリリックから発見できます。そもそも、カンフー映画にインスパイアされた1stアルバム「Enter the Wu-Tang (36 Chambers)」からして「設定を作ってそれで行く」タイプです。
Wu-Tang Clanメンバーとの共演曲もいくつか残している、MF DOOMもヒップホップ史における有名なオルター・エゴ使いの一人です。むしろ元々のラップネームであるZeb Love Xよりも、漫画からインスパイアされたオルター・エゴのMF DOOMとしてのキャリアの方が長く、多くのリスナーから愛されています。また、MF DOOM以外にもKing GeedorahやViktor Vaughnなどの名義も使用してきました。
MF DOOMの代表作、「Madvillainy」を共に生み出したMadlibもオルター・エゴを多く持っているアーティストです。ピッチシフトした声でラップするQuasimotoをはじめ、メンバー全員の正体がMadlibである架空バンドのYesterdays New Quintetなどで活動。その想像力で多彩な表現を行ってきました。
2010年代以降の例としては、Tyler, The Creatorのオルター・エゴのWolf Haleyなどが挙げられます。Tyler, The CreatorはEminemファンを公言しているアーティストで、Wolf Haleyの猟奇的なリリックもSlim Shadyから継承したものと言えると思います。また、Eminemとの共演曲も残しているNicki Minajも、Roman Zolanskiを筆頭に複数のオルター・エゴを使ってラップしてきました。
そのほかにも古くはKool KeithのDr. OctagronやDel the Funky HomosapienのDeltron Zero、近年ならLil YachtyのLil BoatやMegan Thee StallionのTina Snow……などなど、多くのオルター・エゴがヒップホップ史を彩ってきました。Rick Rossが元看守だったことが明らかになっても失速しなかったことや、Lil Teccaがリリックで付いた嘘を自ら語っても受け入れられていることなどは、オルター・エゴによるある意味「リアルではない」表現にリスナーが慣れてきたからなのかもしれません。
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