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2022年のサンプリングをめぐる注目トピックから見える「生態系」の変化とは【サウンドパックとヒップホップ 第12回】

私が「サウンドパックとヒップホップ」「極上ビートのレシピ」の連載を行っていたメディア「Soundmain Blog」のサービス終了に伴い、過去記事を転載します。こちらは2022年12月7日掲載の「サウンドパックとヒップホップ」の第12回です。



サンプリングをめぐる状況の変化を象徴する2022年の楽曲

これまで当連載では、「権利関係の問題に悩まされることなく、サンプリングという手法の面白さに触れられるもの」としてサウンドパックの魅力を紹介してきた。しかし、従来通り既存曲のサンプリングによる楽曲も当然ながら生まれ続けている。

2022年のシーンを振り返ってみても、サンプリングが盛んなブーンバップ系のヒップホップアーティストはもちろんのこと、メインストリームでのヒット作でもサンプリングは散見された。グラミー賞の「最優秀ラップアルバム部門」の候補に挙がっていた5作品の中にも、既存曲からのサンプリングが全く使われていない作品は一つもない。

しかし、サンプリングによるビートメイクの最盛期である1980~1990年代と比べると、その使い方に変化が見られるのも確かだ。例えばかつてDJ Premierは細かく楽曲を刻んで並び変え、元ネタがわからないほど大幅に加工を施していたが、現代ではむしろ元ネタがわかるようなサンプリングの使い方が主流である。このことは恐らくSNSなどで気軽に(悪気なく)サンプル・スニッチング=元ネタ特定がされてしまう現代では、「せっかくサンプリングするなら意味のあるサンプリングにする」という考え方に多くのアーティストがシフトしているということなのだろう。

2019年にNetflixで配信されたラッパーオーディション番組「リズム+フロー」のサンプリングで楽曲を制作する回でも、元ネタがわからないような刻み方を施した出演者が審査員のChance the Rapperから「サンプリングというのは使用料がかかる。わかりやすいパートを使わなければ意味がない」と指摘される場面があった。同じく審査員を務めていたCardi Bも「サンプリングしたいと言ったら5万ドルと印税の50%を請求されることもある」と話しており、これらの発言からも現代におけるサンプリングを取り巻く事情が伺える。

そこで今回は2022年のサンプリングを用いた楽曲を振り返り、その特徴を探りつつ、サンプリングの生態系の現在について考えていく。


新しめの楽曲をサンプリングする意味

「元ネタがわかるようなサンプリング」の比較的新しい例としては、Drake21 Savageの強力タッグでリリースされたアルバム『Her Loss』に収録された「Circo Loco」が挙げられる。同曲のビートはDaft Punkの名曲「One More Time」をそのまま使ってトラップ系のドラムを合わせたようなもので、フックではDrakeが原曲をそのまま歌い上げている。アルバムの中でもそのネタ使いで一際目立つ一曲だ。

このような大ヒット曲の大胆なサンプリングは、2022年のトピックの一つだ。今年を代表するヒット曲の一つであるJack Harlow「First Class」は、アメリカだけではなくオーストラリアなどでもヒットを記録したFergieの2007年のシングル「Glamorous」ネタ。

ほかにもTygaのシングル「Sunshine」Lil Flipのヒット曲「Sunshine」をサンプリングしていたし(2000年代風のファッションに身を包んだMVも必見)、Fivio Foreignがリリースしたアルバム『B.I.B.L.E.』に至ってはDestiny’s Child「Say My Name」Ne-Yo「So Sick」など複数のヒット曲をサンプリングしていた。

先に挙げたのは全て2000年代のヒット曲をサンプリングした例で、それらの楽曲をリアルタイムで追っていたリスナーからは「もうサンプリングされるほど古くなったんだなぁ」と感慨深い声も挙がるかもしれない。しかし、その「サンプリングされるのは古い楽曲」というイメージを覆すような、リリースされてから10年以内の楽曲のサンプリングも今年は目立った。

例えば先述したFivio ForeignのアルバムにはThe Chainsmokersが2015年にリリースしたシングル「New York City」をサンプリングした「City of Gods」も収録されていたし、Futureのアルバム『I NEVER LIKED YOU』に収録された「LOVE YOU BETTER」Jayla Dardenによる2018年の楽曲「Idea 686」ネタだ。Vince Staplesのアルバム『RAMONA PARK BROKE MY HEART』収録の「WHEN SPARKS FLY」Lyvesが2016年にリリースした楽曲「No Love」をサンプリングしている。もはや「元ネタ=古い楽曲」という固定概念も古いと言えるのかもしれない。

大ヒット曲のサンプリングは元ネタを知っている人が多く、新しめの楽曲のサンプリングは元ネタのファン層を取り込むことができる。元ネタありきでそれと共に楽しむ、いわば「情報を含めてサンプリングする」ような側面を持っている。これは元ネタが知られることが前提である現代ならではの形だろう。また、CDやデジタルの時代である2000年代以降の楽曲のサンプリングからは、(サンプリング文化との結びつきも強かった)レコード・ディガー的な美学――足繁く実店舗に通い、山のようなフィジカル媒体の中から「自分にしか見つけられない」音源の発見を競い合う――が薄れてきていることが感じられる。権利関係への目配せがこれまで以上に必要となった一方で、自由化された部分もあるのが現代におけるサンプリングなのだ。


ライブストリーミングの音源もサンプリングネタに

さらに、サンプリングするネタの対象はレコードやCD、データだけに留まらなくなってきている。2022年には驚きの場所からサンプリングする例がいくつか見られた。

先述したFutureのアルバム『I NEVER LIKED YOU』からシングルカットされた「WAIT FOR U」は、リリック解説などを行うサービス「Genius」がYouTubeチャンネルで行っているライブ企画「Open Mic」シリーズにTemsが出演した回をサンプリングしたものだ。スーパースターのFutureなので流石に(少なくとも公式リリースの際には)Genius側から音源を提供してもらっていると推測されるが、やっていることはいわば「YouTubeぶっこ抜き」みたいなものである。Futureクラスの大規模のアーティストがYouTubeにしかない音源をサンプリングした楽曲をリリースしたことは、後々に大きな影響を与えていきそうな出来事だ。もちろん正当な手続きを経ていることが前提だが、ひとつのタブーが破られた感がある。

そして、ある意味このFutureの例以上に強烈だったのが、Pusha T「Diet Coke」でのサンプリングだ。同曲はFat Joeによる「Yesterday’s price is not today’s price(昨日の価格は今日の価格じゃない)」という言葉で始まるが、これは何とInstagramライブでのFat Joeの発言をサンプリングしたもの。さらに、その選定だけではなく使い方もユニークだ。元々この発言は二組のアーティストが交互に楽曲を披露する企画「Verzuz」The LOXThe Diplomats出演回を受け、The LOXのメンバーのJadakissを称賛するものだった。「Diet Coke」ではこの「Yesterday’s price is not today’s price」の後にFat Joeの楽曲「Get It Poppin’」から持ってきた「like crack」という声ネタを合わせ、ドラッグディールについてのラップを乗せることでFat Joeの言葉をまるでクラック(コカインを加工したもの)の価格変動を指しているかのように聴かせている。「ラップ界のヴィラン」とも呼ばれるPusha Tらしい凶悪なアイデアが光る一曲だ。

YouTube上のライブ映像にしてもInstagramライブにしても、レコーディング作品とは違ってノイズなどもあるためそのままでは使いやすいものではないだろう。しかし、現代では音源分離技術を搭載したプラグインなどの開発も進んでおり、こういった音源でもある程度コントロールすることができるようになっている。テクノロジーを背景にした新しいサンプリングの潮流と言えるかもしれない。


サンプリングの生態系の現在と新しい美学

2022年の楽曲ではそのほか、Marvin Gayeの名曲「I Want You」を弾き直して声ネタをサンプリングしたKendrick Lamar「The Heart Part 5」や、石川県在住の日本人アーティスト・Aura Qualicの楽曲「DATA 2.0」から初音ミクの歌声をサンプリングしたFutureの「712PM」などもあった。「I Want You」はKendrick LamarをフックアップしたDr. Dreがドキュメンタリー映画『ザ・ディファレント・ワンズ』で再ミックスしていた楽曲であり、「DATA 2.0」はFutureと同じコレクティヴのDungeon Familyに所属するBig Boi「Kill Jill」でサンプリングしていた楽曲だ。楽曲そのものの文脈だけでなく、「過去どんなアーティストにサンプリングされてきたか」を踏まえたこうしたサンプリングも、「情報を含めてサンプリングする」例として捉えられるだろう。

大ヒット曲、新しめの楽曲、YouTubeのライブ映像、Instagramライブ……かつて「誰も知らない古いレコードから最高の瞬間を切り取る」ことが美学の一つとしてあった時代からすると、考えられないほどサンプリングの幅が広がった現代。2022年のヒップホップを振り返ったとき一貫して感じられるのは、「せっかくサンプリングするなら意味のあるサンプリングにする」という姿勢である。その背景には先述した通りサンプリングの元ネタが特定されやすくなった状況があるが、それは権利関係の問題を避ける姿勢がサウンドパックの浸透を後押ししたこととも繋がっている。一見真逆の現象に見えるが、両者は同時代を共有するトピックなのだ。

レコードからCD、楽曲データ、そしてサウンドパック。サンプリングに使うことのできる音源の選択肢は時代と共に増えていき、現代ではYouTube(の堂々とした使用)やライブストリーミングの分野にまで、その生態系は広がった。「情報を含めてサンプリングする」のように、そこから新たなサンプリングの美学も生まれてくるだろう。2023年もきっと新たなサンプリングの形に驚かされるに違いない。

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