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タモさんと若手芸人-直島旅行記vol.8-

豊島から直島・宮ノ浦港に戻ってきた。二つの島を行き来するフェリーの本数は少なく、最終フェリーに乗って帰ってきてもなお午後4時半であった。宿に帰ると、小野さんと奥さんが「おかえり~」と迎えてくれた。豊島について少し話した後、自室に戻り畳の上に広々と寝転がった。

午後6時。完全に重くなった腰を上げ、外へ繰り出した。今日は店が開いていることを祈り、あてもなく歩いていると昨日の店長さんに出会った。2件目にお邪魔しようと思っていたので、「八時くらいに行きます!」と約束を交わした。ふと、居酒屋を見つけたので入ってみた。建物全体が草木に覆われていて、いかにも地域密着型の居酒屋。その名も「ちくりん」

L字のこじんまりとしたカウンター席のみで、その右端に座った。帽子を反対にかぶった舘ひろし似の店主さん一人で切り盛りしていた。今のところお客は自分ひとり。こういった居酒屋に一人で入るのは初めてだったので、すこし緊張したが、とりあえず瓶ビールと刺身、煮魚を注文した。豊島でたくさん移動し疲れていたため、ビールがいつも以上に美味しかった。お刺身と煮魚をつまみビールを飲むなんていい時間なのか。舘ひろし似の店主さんが「これも食べな」とほうれん草のおひたしをサービスしてくれたので、ありがたく頂戴した。が、それでは終わらずブリ大根やわけぎのぬたも「これ食べな」の一言とともにいただき、卓上はいつの間にか賑やかになっていた。

暫くすると二人組の女子大生が反対側の端に座った。二人はメニューからウーロン茶を注文したが、「今、ストーブの上で沸かしたほうじ茶なら無料だよ」とのことで、ほうじ茶が差し出された。その後、30代ぐらいの男性が自分の一つ隣に座ったので、世間話をした。聞くとその男性も一人旅でここに来ていた。隣の男性と話していると、二人組の常連おばちゃんが中央に迷いなく座り、すぐにビールが差し出されていた。そこが特等席だったらしい。次に、そのおばちゃん仲間と思われるおじいちゃん、おじいちゃん、おっちゃんが3人立て続けに入り、店内は満席になった。

常連組は立て石に水のごとく話し、店主さんはそこに時々ぼそっと的確な一言を挟んでいた。まさにタモさんであった。タモさんが常連組の話の流れでこちらに話を振ってくれた。それが合図かのように常連組は自分や、隣の男性、二人組の女大生を話の輪に入れてくれた。常連組がべらべらと話し、店主さんが仕切り、自分たちが話題に反応する。それは、大御所とタモさん、若手芸人で構成される「いいとも」さながらであった。

それから色々な話をした。豊島には量販店がないので、必要なものはほとんどAmazonで購入しているだとか、直島の美術館に行ったが理解できず30分足らずで出てきてしまっただとか。いつもここで行われている集まりに溶け込むことができた。そして、何より常連組と店主さんが楽し気に杯を交わしている姿が、輝いて見えた。

「皆さん楽しそうですね~」

とつぶやきのように問いかけた。

「今が一番楽しいよ。どうやって楽に死ぬか考えてるだけだから」

と常連組の一人が言った。そして、店主さんが

「若いころは上を目指しちゃうからね。」


直島のいいともが楽しくて時間を忘れていた。もう午後9時だ。最後に全員で写真を撮りたいと伝えると、嬉しそうに文句を言われた。その文句がなんだか嬉しくて一気に名残惜しくなった。

お会計をして(なんと結構飲んだのに3000円!)、店を後にする。2件目に向かう足取りは軽く、知らぬ間にスキップをしていた。



最後まで読んでいただきありがとうございます!! 東海道中膝栗毛の膝栗毛って「徒歩で旅する」って意味らしいですよ