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意思決定を促すという仕事
組織の中で仕事を進めるときに、推進力をもって物事を進められる人とそうではない人がいる。大企業では、30-40代前半の係長・課長クラスで同じ役職であっても、この推進力の個人差は驚くほど大きい。
推進力とは何かをつぶさに観察すると、上長の意思決定をうまく促す力、また時には自分で意思決定する力がそのコアではないかと思う。(脚注1)
私はコンサルに入社して最初のプロジェクトで、意思決定を促すというのはどういうことかを教えてもらった。この考え方は、特に大きな組織の中で意思決定を促進する際は職場を問わず役立つはずだ。(脚注2)
ケーススタディ | 工場の生産性改善プロジェクト
私はある工場の生産性改善プロジェクトに配属された。そのプロジェクトでは、現場から改善アイデアを出してもらい、そのアイデアの実行を支援するというものだった。最初にアイデア出しワークショップを行ったところ、設備投資を伴うアイデアが数十個出てきた。
今回の改善の主眼ではなかったが、折角なので設備投資を伴う改善アイデアも一旦全て検討の俎上に乗せて、どれを実行するか仕訳をしていこう、という話になった。数日後に予定された改善プロジェクトのクライアント側の責任者との議論に向けて、私がアイデアの整理を任されることになった。
アドバイス1 | 仮説を持て
アイデアを整理するということで、私はポストイットに書いてあったアイデアの一覧をエクセルにまとめて、マネージャーに提出した。簡単な仕事だ。
(アイデア名、粗い投資規模、利益効果(減価償却を加味しない)の軸に対して整理されたリスト)
しかしマネージャーの顔は、予想に反して曇っていた。
「もし、きみがこのリストを見せられて投資判断してくださいと言われたら、意思決定できますか?」
私 「いや、これではできないです」
「ではきみ自身は、どういう情報を見せられれば意思決定できますか?正解でなくていいので、仮説を持って分析して、何か立場を取ってください。」
「例えば、設備投資により得られる利益を縦軸、コストを横軸に取りプロットすると、投資に回収が見合わないものを足切りできますよね?」(脚注3)
アドバイス2 | 意思決定すべきポイントを明確にせよ
私はアドバイスに従い、利益と減価償却をプロットしたパワポを作成し、利益額が投資額に見合わないものは足切りした。
またそれだけでは、足切りしていない案件内での優先順位がつけられなかったので、とりあえず「利益の絶対額が高い出ものから順に投資し、その結果積み上がった設備投資額が一定の額に達したところで終了」という基準を仮定しエクセルをソートしなおした。
これをマネージャーに共有したところ、今度は次のように指摘された。
「少しは議論のたたき台にはなりそうです。」
「でもきみは今、今度の会議ではとりあえず仮説をぶつけて、あとは相手に考えてもらおう…なんて考えてないですか?それは問題解決に対するオーナーシップが無いですよ。」
「今度の会議でどのポイントを合意しないといけませんか?」
私 「合意するべきなのは、リストの上から何番目までを実施するか、だと思います」
「確かに最終的にはどの案件を実施するかということだけど、合意するポイントはそこじゃないです。きみが作ってくれた資料には固いファクト(事実)の部分と、仮説の部分があります。仮説は人によって考え方が異なるから、そこをまずは合意していく必要があります。」
「今回は、どういう判断軸で足切り、ソートをしたかという部分が仮説ですよね。だから、その判断軸でいいのかどうか、を最初に合意すべきですよ」
アドバイス3 | 人の動かし方をデザインせよ
私は『本日の議論目的と論点』というページを作り、議論の冒頭で合意したいポイントを明確に伝えられるようにした。ここまで準備したら大丈夫だろう。早速マネージャーに確認を依頼した。
「何を決めたいかが明確になってよかったですね。ただ考えてほしいのは、この会議の先にはどういう活動が待っているんですか?そこから逆算して考えると、会議の期待成果は何ですか?」
私 「期待成果は以前話した点の合意を取ることかと」
「合意形成は一つのステップですよ。この会議で合意したら、この活動はもうすべて終わりですか?逆算して考えてほしいと言ったのはそこで、会議の後に誰かが何かのアクションを持たないと、活動は前に進まないでしょう?」
「また、準備する中で、今回の会議中に結論は出せないが、もっと調べないと、と思った点はないですか?会議に出席する〇〇さんに調べてもらわないといけないんでしょう?」
私 「確かに、以前話に出たこの工場の設備投資予算の額、投資判断基準、予算策定時期やそのレールに時期的に今回の話が載るか、などは○○さんに調べてもらわないといけません。」
「そういう会議参加者が、会議終了時に持つべき宿題事項(ToDo)を、事前にしっかり設計しましょう。誰がどんなタスクをいつまでに完了させるべきか。こちらの設計通りに宿題を持ってもらうのが期待成果ですよ。」
「そこまで考えないと、どう会議を進行するのがいいか設計できないでしょう?期待成果を事前に決めないで、どうやって会議が成功だったか失敗だったか振り返るんですか?」
アドバイス4 | 人を巻き込んで話を進めろ
私は『本日の議論を受けた宿題(案) 』というページも資料の最後に差し込んだ。資料の完成度が格段に上がったなと思いながら、この資料をマネージャーに確認してもらった。
「参加者に依頼すべきネクストステップもしっかり書いてくれましたね。資料自体の完成度は高いです。」
「でも、きみね、ここに書いてあることのいくつかは、今やれません?なんでのんびり会議を待っているんですか?」
「○○さんには、早く連絡を取りましょう。またこれは今、結構仮説的に案件を仕分けしているから、実はもっと筋がいい方法を知っている人がクライアント内にもいるのでは。」
これには目が開かれる思いだった。私は会議の宿題にしようと思っていたものの一部を、事前に参加者に連絡することで会議の前に終わらせることができた。
また、クライアント内の意見番から、技術的な実現性、設備増築に要する時間もリストの軸に入れるべき、また生産量が変動すると利益効果がマイナスになるものも存在するので、簡単な感度分析もすべき、といった助言ももらえ、会議までにさらに準備を進めることができた。
学びのまとめ
結局、この経験で学んだことは、情報を整理することにはほとんど価値はなく、意思決定につなげることに価値がある、という考え方だ。
最初に述べたように、世に言われる推進力の本質が意思決定をする力だとすると、自らの推進力を高める秘訣は、意思決定に対して主体性を持つこと(または、持たせてもらえる環境に自分をおけること)だろう。
これまで様々な企業の方との雑談を通じて分かったのは、役員に昇進する方の多くは若い時の仕事で広い裁量を与えられたり、上司が権限移譲して育ててくれたたり、という経験をお持ちだということだ。
これは、しばしば大企業では傍流や新規事業から実力のあるリーダーが現れること、また、若手のうちから意思決定する機会が多い(メガ)ベンチャー、商社、コンサルが人を育てると言われてきたことともつながっている。
この記事を書く中で、「一人のコンサルタントがここまで自分自身で活動を進めることが求められているなら、ではマネージャーはどんな役割を担っているのか」という点を改めて考えたので、別記事にまとめた
よろしければこちらもご一読ください。
脚注
1) もちろん調整力だの説得力だの多様な意見はあろうが、これがなくては推進力が成り立たない、という要素を突き詰めるとやはり意思決定に関連する力がそれではなかろうか。
2) ケーススタディでのマネージャーとのやり取りは、当時のノートにメモしたマネージャーからのアドバイスを整理したものだ。実際の言葉はここまで懇切丁寧ではなかったし厳しかったが…。
3) より正確には、縦軸には減価償却費を加味しない単年度利益の見込み額、横軸には減価償却費をプロットしたほうがいい。また、設備の償却期間は全て5年と仮定するなど、いくつか前提を置く必要がある。また実際は、NPVやIRRを用いた投資基準が社内で整備されているはずなのでそれに則る。