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ハイドン『交響曲第94番ト長調("驚愕")』の形式を解説

私にはクラシック音楽に限らず曲構造を解体する癖があるのですが、こうした形で披瀝するのは初めてです。勿論、この見解はあくまで一例です。

概要

フランツ・ヨーゼフ・ハイドンがヨハン・ペーター・ザーロモンの依頼で作曲した"ロンドン交響曲"の第1期の作品。100曲を超えるハイドンの交響曲の中でも最もポピュラーな部類に入る。

楽曲解説

第1楽章 Adagio cantabile - Vivace assai


youtubeの参考音源 (ヘルベルト・フォン・カラヤン指揮ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団、1982年1月) ※以下、()内は該当するセクションの開始部分

序奏付きソナタ形式 (提示部反復指定あり)

【序奏部: 第1~17小節】 Adagio cantabile、ト長調、4分の3拍子 (0:02)
管楽器と低弦による2小節ごとの対話が繰り返されて、属七の和音で結論付ける。序奏からト長調で書かれている点が、本作全体の構造上の簡潔さと明瞭さを象徴している。

【主部: 第18~257小節】 Vivce assai、ト長調、8分の6拍子

《提示部: 第18~106小節》
第1主題: 第18小節~ (1:23)
出だしの4度上げは序奏部と共通し、連関性を持たせている。ピアノとフォルテの応答が3度繰り返され、3度目のピアノはニ短調になっている。
第2主題: 第66小節~ (2:35)
全体的にも舞曲的な性格を持った主部の中でも、特にその要素が強い部分。主題的性格は強くない走句風の楽節で、イ長調とニ長調の間を浮遊しながら管楽器が加わる。
第3主題: 第80小節~ (2:56)
本来小結尾が来る部分でより主題的性格が強い新たな主題が現れる点がこの楽章のユニークなところ。
小結尾: 第98小節~ (3:26)
ユニゾンへの鮮烈な発展や繰り返しは提示部の特徴的なモチーフ。
提示部反復 (3:38)

《展開部: 第107~153小節》 (5:53)
第1主題が変奏的に始まり、次第に拡張される。特に123小節のフォルテで始まる部分は、半音階の下降移行が劇的。

《再現部: 第154小節~》
第1主題: 第154小節~ (7:01)
提示部にあった主題の反復は省かれている。
第2主題: 第183小節~ (7:43)
再現後に第1主題が展開風に再出現し、低音部、高音部、ユニゾンで扱われる。
第3主題: 第228小節~ (8:51)
型通りの再現であるが、再出現した第1主題から極めてシームレスに以降するので、ここへ来て楽章全体を単一主題のように統合した趣きもある。
小結尾: 第248小節~ (9:19)
実質的に終結部を兼ねた形になっている。

第2楽章 Andante

youtubeの参考音源

変奏曲形式 (主題と4つの変奏)、ハ長調、4分の2拍子

【主要主題: 第1~32小節】 (0:00)
シンプルかつキャッチ―なメインテーマは全曲の中でも特に有名。8小節の主題がピッチカートで繰り返された後、突如全合奏で鳴らされる"驚愕音"こそが本作が『驚愕』の愛称で呼ばれる所以である。観客の居眠りが癪に障ったハイドンが仕掛けたサプライズであるが、続く16小節(8小節×2)で何食わぬ表情を貫きつつ幾分表情を和らげて締める感じに彼の人柄がよく現れている。

【第1変奏: 第33~48小節】 (1:00)
第2ヴァイオリンとヴィオラが主題を奏で、第1ヴァイオリンとフルートが応答句及び装飾を担う。ここでは8分音符の主題を16分音符の伴奏と対比させては統合していくことで続く変奏の可能性を膨らませている。

【第2変奏: 第49~74小節】 (1:57)
フォルティッシモの全体ユニゾンとピアノのストリングスの応答で始まり、第1と第2ヴァイオリンの応答とユニゾンを伴うフォルテの部分が続く。この部分だけがハ短調で、全曲を通してもセクション単位で唯一の短調パートになる。

【第3変奏: 第75~106小節】 (2:59)
弦の伴奏の上でオーボエが16分音符で主題を奏で、その後はヴァイオリンが引き継ぎ、フルートとオーボエが対旋律を担う。ホーンも追加される。

【第4変奏: 第107~138小節】 (3:57)
フルオーケストラによるクライマックス。シンコペーションの伴奏や付点リズムを加えて、賑やかにリズムを崩す感じが楽しい。

【終結部: 第139~156小節】 (4:57)
ファンファーレで勢いに歯止めがかかり、7度の持続音により次第に衰退して、曲を閉じる。

第3楽章 Menuetto: Allegro molto

youtubeの参考音源

三部形式、ト長調、4分の3拍子

【メヌエット: 第1~62小節】(0:00)
ゆっくりと踊りやすいテンポのメヌエットから、より速いスケルツォへの歴史的移行を示す点が注目される楽章。
フルート、ファゴット、第1ヴァイオリンがレントラー風のメロディを奏でて進行する。豊かな表情変化があり、非常に速いテンポのためか、後半部分は次のフレーズを導入するのに溜めるような素振りを見せる。

【トリオ: 第63~91小節】(2:08)
弦楽とファゴットによりピアノで奏される。こちらもト長調で書かれている。作曲者の調性的な簡潔さを求める徹底ぶりがうかがえる。

【メヌエット: ダ・カーポ】(3:03)

第4楽章 Finale: Allegro di molto

youtubeの参考音源

ソナタ形式、ト長調、4分の2拍子

【提示部: 第1~99小節】
第1主題: 第1~74小節 (0:00)
弦によりピアノで導入され、フルートで確保されると、後半部分が続き、もう一度前半部分が戻ると、間断なくフォルテトゥッティで経過部に入る。
第2主題: 第75~86小節 (1:03)
再び弦によるピアノでの導入。トニックとドミナントの間を絶え間なく振動する。
小結尾: 第87~99小節 (1:17)
ヴァイオリンによる16分音符の上に、和音で奏される。

【展開部: 第100~181小節】(1:25)
第1主題冒頭が原型通り、ここではファゴットで奏される。直後のフォルテトゥッティから本格的な展開が始まり、第1主題冒頭で一旦落ち着きを入れつつ頻繁に転調を繰り返す。

【再現部: 第181~221小節】
第1主題: 第181~210小節 (2:37)
繰り返しが省かれ、経過部も短くなった圧縮再現となっている。
第2主題: 第210~221小節 (3:02)
こちらは型通りの再現で、提示部における小結尾に入る部分から終結部となる。

【終結部: 第222~268小節】(3:13)
ティンパニに導かれる形で一瞬だけ展開部のような表情を覗かせた後、小結尾と移行部の素材が続き、フォルティッシモの和音で終わる。

感想

「さて諸君、この第1楽章、主題はいくつあるかね?(ニヤリ)」
「そっちが寝るなら、こっちもアンチ・芸術でいくまでだ!」
「さて、この速度で踊れるかな?」
そんなハイドン先生のイタズラ心が覗かせる作品でした。
この第1楽章は、私がかつて読んだ解説(書籍かCDのかは失念)では「単一主題制」とすら書かれていましたし、どれが第2主題かも見解が分かれると思います。そこが彼の狙いなのかもしれません。
第4楽章展開部開始も第100小節か第103小節かで悩みました。今回記事を書くにあたり、自分はこんなことも悩んでこなかったのかと気が付きました。

最後まで読んでいただきありがとうございました。

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