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映画嫌いがライブ音楽環境に物申す〜上 籠る〜

 突然ですが、ここで、私がこのnoteを始めようと思い立ったきっかけについてお話ししたいと思います。SUPER EIGHTの大倉忠義氏のツイートが物議を醸しているようなので。

 かなり長いので、上下に分けてお送りします。で、ちょいちょい暴論も入ります。

炎上したAdoのライブ

 Adoが新国立競技場でライブをやったところ、「音響が酷すぎて聞けたもんじゃない」との感想が相次いだらしい。低音が篭りすぎててAdoの声がまともに聞けないほどだったとか。ライブでこんな感想を聞いたのは実は初めてじゃない。ていうか、つい最近小耳に挟んだ。どこでって…その話は後でしましょう。
で、ヤフコメによると、海外のバンドだと日本のバンドと比較して音響はクリアに聞こえやすいのだとか。それはそれで聞いてみたいが、やっぱり日本の舞台音響っておかしいのかなと実感してしまう。

「籠る」音楽たち 2022〜2024

 そう思うようになったきっかけは、2022年、人生初のライブ体験だった。

 実は私はポルノグラフィティの大ファンで、ファンクラブには入っていないのだけど、雑誌記事やインタビュー記事は一通り読んでいる。で、自分の生活も安定してきたので、いよいよ彼らのライブに行ってみようと考えたのだが、初めてのライブは愛媛で見ることになった。

 会場の松山市民会館は「ライブハウスのような環境」らしいことは前から話には聞いていたので、どんなものなのかと思ったら期待外れだったのがまず印象に残った。

 とにかく音が大きい。夏フェスか野外ライブと勘違いしてるんじゃないのか。ドラムの音がぶよぶよと籠っていて、よく聞き取れない。なんなら、ある曲については、昭仁が歌い出すまでなんなのかわからないほどだった。
 昭仁の声だけはクッキリと突き抜けて聞こえたのでそれでもまだマシな方だったらしいのは後で知った。念のためと思って(元々大の映画嫌いだったこともあり)頑丈な耳栓(後述)を途中でつけたら、そこで初めて音楽としての輪郭が分かったので、後でツアーの追加公演のチケットを取ろうと何回も抽選に応募した。全部落選した。
 この公演は、全演目が終わった後耳栓を外した途端に体じゅうに降りかかった金属片のように激しい拍手が印象的だった。この後に見たいくつもの舞台以上に。

 ライブの音が大きいのにはもちろん理由がある。↓

 だから実際のことが知りたくなったというわけでもないが、2023年はかなりの数の舞台を見たんだよね。下北沢のライブハウスに、シアターオーブにも2回、パルコ劇場にも1回、あと東京国際フォーラムにも行った。それ以外に、この頃TOHOシネマズでイギリスの演劇の上映をやっていたのでそれも見た。
 このうち、耳栓をつけずに見たのは3本。ミュージカル「マチルダ」、舞台「新ハムレット」、角野隼斗(かてぃん)がピアノで共演するボストンポップスのオーケストラ。このうち、舞台劇に相当する二つは音響面ががっかりな公演だったのだ。

ミュージカル「マチルダ」

「マチルダ」はセリフは聞き取りやすいのに肝心の歌が聞き取りにくい。一応英語版で曲の予習は入念にやっておいたが、それが必須になるくらい音響が回りまくっていた。
 「新ハムレット」は元が太宰治の書いた戯曲で脚本の改変も少なかった(戯曲も読んだのだ)。ハムレットの異様に長い独白がラップに変えられていて、そこだけ何故か音響が篭っていてバランスが悪かった。ラップであれを表現する案自体は面白いんだけど。
 オーケストラにたっぷり浸れたことだけが救いだった。かてぃんも素敵だったし💓

 ライブハウス公演はザ・リーサルウェポンズ(略してポンズ)。予約の時点で運営から耳栓を持ってくるよう指示が出ていた。観客とのC&Rを売りにするミュージシャンなので、その時は久しぶりの観客合唱付き公演で、歌ってもいいけど声を抑えるように注意されていたはずの観客の楽しそうな歌声が印象に残った。この人たちすごい。英語の歌詞を字幕なしでも合唱してる。
 Ai-Kid先生のMCによると、ポンズは「本来ボーカルが何人もいる」グループで、「コロナ禍のライブでは、ボーカルは1人しかいなかったが、規制が緩くなったことで、やっと本来の形でライブができた」とのこと。流石先生いいこと言うじゃん。このグループのメンバーは先生とジョーの2人だけです。ここは念を押しておきたい。耳栓をつけると、歌う時の声のトーンがかなり抑えられます。合唱やC&Rを売りにするミュージシャンのライブでは多分必要。

 で、2024年。いよいよポルノグラフィティもある意味「本来の形」でのライブツアーを行った。

2.11さいたまスーパーアリーナ

 アニバーサリー前哨戦の意味も込めて、開演前から観客には「歌う」ことを求めてくる、攻めた公演だった。冒頭4曲は全部合唱曲だったし、これまで何度も「観客は歌えない」バージョンで演奏した「あの名曲」も久しぶりに観客の声と合わせて披露してくれました。それもアコースティック・ギターで。でもライブが終わった後でとある観客がボソッと一言「聞き取りづらかった」と。
 愛媛のことがあったので、私は最初から飛行機用の耳栓をつけて臨んでいた。やっぱりそうだったのか。「そういうことは是非アンケートに書いてください」と、彼の後ろ姿を見て思った。
 前に妹から聞いた話だと、ここは音響がいいのでライブ鑑賞にはおすすめとのことだったのだが、それを見た観客がこんな感想を抱く。じゃあ他はどれだけ酷いんだと。このライブの音響クオリティは松山市民会館とそんなに変わらなかったよ。

 松山公演の時には(恐らくスタッフの手違いで)書かせてもらえなかったアンケートが、ここでは書けたので、帰りの電車を待つ間に駅で書いた。でもこんな形なら家で書くべきだったのね。実はこの公演、最後の1曲だけ録画可能で、それをSNSやYouTubeなんかで拡散してほしいとのことだった。私は遠慮して後半だけ録画したのだが、これを家で見て驚いた。
 音が全体的にクリアだったのだ。

画質はこんなもんです

 第一印象は「なんで?!」自分は曲も趣味で作ってるけど、いつもマスタリングに苦労してて、あの手この手で音圧を上げてるのに、なんでこの動画は会場でモワモワとしか聞こえていないはずの音が聞こえるの?(このライブは全編耳栓をつけて見てました)
 このショックをアンケートに書くべきだった。ライブ後に漏れ聞こえた別の観客の感想もお節介ながら書くべきだった。

 だからAdoのあのライブがニュースになった時は「こう言う話はもっとたくさん聞きたい」と思った。この時になってやっと、私がこれまで聞いてきた声は苦情を言っていい類のものだったんだと思った。ショックで少し泣いた。
 多分他のミュージシャンやイベントなら、同じトラブルが起きても、SNSがその話で盛り上がってもニュースにはならなかった。Adoは文句を言いやすい相手だと思われているらしい。Vtuberだし、年齢も若いし、認知度もあるし、もちろん歌手としても評価されてるし、後なんだっけ、誰かのアンチとして恨みを買ったりもしたんだっけ?そんな彼女に、日本の音楽好きたちが日頃からライブに抱いている不満をまとめてぶつけたのだとも思う。
 ただ、Adoは以前からライブを何本もやっているし、アリーナ公演もやってる。なんで今初めて話題になったのかと言うと、どうやら特殊な事情があるみたい。

新国立競技場ならではの事情

 新国立競技場は元々コンサート会場になることは想定になく、なんなら旧の方もライブの度に騒音が問題になる所だった。ここでの音楽ライブはAdoが2例目らしい。会場は限りなく自然に近い空調を使うために防音設計になっていないらしい。ここって屋根ないんだっけ?ということは、ここでライブを行うとなると、事前にある「ファンサービス」が必要になる。
 ライブの前には当然会場でのリハーサルやゲネプロが必要になるが、これって音響的には2種類のやり方がある。PAリハーサルとイヤモニリハーサル。

 一応説明しておくと、PAっていうのは、会場に向けて音を出すスピーカーのこと。ステージ上で出した音を拾って、より遠くに聴かせるために、EQとか音量を調整した上で、PAから客が聴く音が出ているのだ。
ちなみに、イヤモニとはこんなやつ↓

イヤモニ誕生秘話。(エピソード1)ミュージシャンの聴覚保護とイヤプラグの完成(An Encounter Between An Audiologist And A Musician Who Addressed The Hearing Loss Crisis.IEM Episode1)
https://ear-monitor.com/?p=4949

 PAから実際に音を出すリハーサルは設備の確認のためにまず必要。野外ライブや小規模なライブハウスのように防音が不十分な会場だと、これを入念にやるとネタバレになってしまう。そこで、こういった会場ではイヤモニリハーサルをやるのだ。ライブの進行や最低限の確認事項を押さえておくためにメンバーはそれぞれのイヤモニで互いの音と自分の音をそれぞれ好きなバランスで聴きながら演奏する。

 そうは言っても、PAリハーサルはどうしても必要な訳で、どうするのかというと、最低でも1曲ネタバレ覚悟で、或いはファンサービスの意味も込めて音漏れさせちゃうのだそうだ。(夏フェスだとなんの関係もないカバー曲を演奏することもあるらしい)

 最近のアニメで、この場面が再現されたという。フェスは開演前から始まっている。

 ちなみに、この時にイヤモニの全体リハーサルも同時に行う。ボーカルのイヤモニ調整は特に入念にやらないと喉を壊す危険性があるので、その意味でも必要。

 Adoの問題のライブの前には、PAリハーサルを6日もかけて行ったらしい。その時に出る騒音について、予め近隣住民に周知していたという。
 ただし、PAリハーサルを入念にやったとしても、本番で客が入ったことでも音響は変わるし、機械トラブルや通信トラブルだって珍しいことじゃない。それの対応が間に合わなかったのか。多分簡単にできることじゃない。席によって聞こえ方は変わるから。
 大きい会場ならその隅々にPAエンジニア(以下「PAさん」)が張り付いて、例えば違和感があればその都度客席のど真ん中にいるPA卓の人に「微調整」を頼むとかじゃないと多分理想的な環境は作れないし、それだって妥協案のレベル。会場に入る前のスタジオリハーサルでPAの操作の流れは「プログラミング」してあるはずだから。
 どこまで本気で言ってるのか知らないけど、この会場での最初の例になる矢沢永吉のライブだと、初日はこの調整作業でかなり苦労してたみたい。2日目は良くなったんだって。

 でも全体的になんでしょ?やっぱり日本のライブ環境がおかしいって考えるよね、普通は。そういった不満を歯に衣着せずにズケズケ言いやすい状況があるのは喜ぶべきだと私は思うよ?耳を壊されるためだけに「PA」を聞きに行くわけじゃないから。「音楽」を聴きたいだけだから。ピアノとかのクラシック人気が上がってるのもわりとそのせいなんじゃない?

 しかもAdoって確か自分のイヤモニ環境くらいは自分で作れるはずなんだよね。元々はクローゼットシンガーだから。もしかしたら日本全体に関わるライブの問題にも立ち向かえるかもって期待してしまった。

 実はライブ中、ミュージシャンの耳はイヤモニで密閉されてしまう。彼らが使うイヤモニにはそれぞれの耳の形に合わせて特注で作られたイヤーピースが使われていて、それを耳に入れると周りの音は全く聞こえなくなってしまう。なんかね、耳の中に歯医者で型を取るときに使うガムみたいな樹脂を入れて作るらしいよ。(ポルノグラフィティ『ラック』の特典DVD参照)それによって耳を保護することもできるが、ライブで観客が聴いているような声や音を聞くことは不可能になる。
 尤も、ライブで演者が全体音を聞けないのはPAのないクラシックでも同じだが。だからAdoを責めるのは筋違いだけど、じゃあなんでPAさんに向けて文句を言う人は少ないんだ?今回みたいな問題は似たような原因で起こるはずだから。

悪いのはPAエンジニア?

 今回の件はPAさんに全ての責任があると私は思うけど、PAさんが問題点に気づいてなかった可能性も高いのよ。PAさんは耳が命の仕事だから、耳を保護する必要があるのだけど、その時に例えば私が愛媛で使ったような耳栓を使っていたら、たぶん耳栓をつけていない観客はモワモワした音を聞き続けることになる。例えばこんなのだ↓

(※この製品はサクラ率がかなり高い上に、着け心地が悪い。だけど遮音性能はいいよ)

PAの仕事テクニックってどうなってるんだ。
 それか、端っからなんらかの形で「拡散」させる目論見でもあるのか。YouTubeとかで放送できるような音圧を作るのは素人には難しいから。
とにかく、今回みたいな不満は正当な意見としてもっと広げた方がいいと思います。あと、Adoは炎上沙汰になりやすいけど、今回はAdoや他のミュージシャン、もちろん大倉氏をはじめとするアイドル、舞台俳優、PAさんなどの裏方を救いたいという願いも多分にこもっての炎上だと思うので、Adoも受け入れるだけじゃなくて言いたいことがあるんならそれこそSNSとかで好き勝手言っていいんだよ?せっかくニュースになったんだし、言いそびれたことを後悔している私に代わって、お願いするよ。とばっちり以外の何物でもないけど、頼む🙏。

 私の大好きな昭仁の歌をもっと長く聴くためにも。

散々愚痴っといて、実際に行ったファンの感想はこんな感じ↓

要するに、スピーカーが少なすぎたらしい。想像してたのとは真逆だわ。スピーカーが少なければ、スピーカーの音量を大きくするしかないし、近隣に配慮する必要もあったという。
 この考察によると、音響がおかしかった客席は1割程度になるという。実際に行った人のライブレポを見ても、「楽しかった」という意見が殆ど。Yahoo!ニュースで「感想」そのものがテーマになるときは、基本的には誇張と考えるべきだということが、よくわかった。それでも音響面で酷い目に遭った観客は7,000人程度いたことになるので、少ない被害とはいえないだろう。
 Adoは実験台にされたということだ。

 それでも、他のライブの音響が変なことの言い訳にはならないけど。やっぱり日本のライブ環境はおかしいと思う。

「下 PA、観客、ドラマー」に続きます。

参考文献
藤井美保『Real Days』

ここに載せた参考記事や本を書いてくださったたくさんの著者に感謝を申し上げます。

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