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非本来性でいいじゃない

立春|黄鶯睍睆
令和6年2月11日

立春朝搾りは、立春の日になった瞬間に上槽される日本酒である。神宮館の暦の冊子のような、いかにも縁起の良さそうなラベルが貼られて、当日中に消費者のもとへと届けられる。なんとも粋なイベントで、風流な伝統行事のように思っていたが、実はまだ30年も経っていないと知って驚いた。1997年に、日本名門酒会が日本酒の予約受注を増やすための企画として始められたものだった。

日本酒は「寒造り」と言って、冬の寒い時期に仕込まれるものとされている。厳寒の中、上裸の蔵人が仕込みをしている姿は壮観である。しかし、寒造りが行われるようになったのは江戸時代以降であり、それまでは年中酒造りをする四季醸造が一般的だった。酒は神に捧げるため、また神と一体化するために造られる御神酒であり、祭りなどのハレの事があるたびに造られ、その場で飲み干されるものであった。それが、灘で造られた酒を大量に江戸へ運んでいた江戸時代中頃より、酒が腐りにくい冬場にまとめて仕込んで貯蔵するようになった。もっとも「日本酒」も明治以降の言葉であって、洋酒が入ってくるまではただ「酒」であった。伝統とか古来とか、そういう形容詞で語られがちな日本酒であるが(実際、酒は途方もなく長い歴史を持っているが)、昔と今の酒は大きく異なったものと考えられる。

最近はクラフトサケがブームになっている。製法は日本酒と限りなく近いが、スパイスやフレーバーを添加することで、多様な味わいを実現している(同時に税制上の清酒に当たらないため、酒造免許取得が容易である。裏を返すと、清酒の酒造免許はハードルが高すぎて、小規模事業者の新規参入はほぼ不可能に近い)。自分は、このクラフトサケの流行には好意を持てなかった。もっと古来からの、本来の旨い日本酒を多くの人に飲んでもらいたい。そう考えていたが、國分功一郎『暇と退屈の倫理学』を読んでハッとした。「古来や伝統にこそ価値があると思うのは、”本来性を求める疎外論” と変わらないじゃないか」。労働に本来性を求めること、すなわち労働とはこうあるべきと決めつけることは非常に危険だ。それと同様に、日本酒に本来性を強要すべきでない。そもそも「本来の酒」を一義的に定義することすらできないのだから、クラフトサケを批判するのはお門違いであろう。そんな論理から、消極的ながらクラフトサケに好感を抱くようになった。今となっては、新しい世界を作るクラフトサケに非常に興味を持っている。

節分の恵方巻は、大手コンビニチェーンが全国に定着させたらしい。夏の土用の鰻 も、江戸時代に平賀源内が旬を無視して始めたプロモーションである。本来性が価値であるどころか、そもそも本来性なんてもの自体、存在しないことが多いのだろう。それでいいじゃない。ただし、ありもしない本来性をあたかも一般常識のように振りかざし、消費者を扇動する悪しきマーケティング活動だけは、忌み嫌う対象である。

-T.N.


黄鶯睍睆

ウグイスナク
立春・次候

春がやってきて、長かった冬のトンネルを抜けました。そんな立春の翌日には、関東は大雪。そして大好きだった くらしのこよみ アプリが終了してしまいました。毎日開いては暦を楽しんでいた時間は、もう戻ってこない。大切なものほど、次々に無くなってしまう。

魔改造の夜

機械・情報エンジニアが、市販のおもちゃ・家電などを魔改造して、トースターから焼き上がったパンを10mの高さまで飛ばしたり、カメレオンのおもちゃで7.5m先のダーツボードを狙ったりする。甲子園もハモネプも鳥人間も、決戦もさることながら、その準備にかけた努力や苦労に触れて感動する。満身創痍の開発期間を経て、果たしてカメレオンがダーツボードを射抜いた瞬間、一人泣きじゃくった。自分ももっと頑張りたいと思った。


参考文献

國分功一郎, 暇と退屈の倫理学, 太田出版, 2015
加藤百一, 日本の酒5000年, 技報堂出版, 1987
神崎宣武, 酒の日本文化 日本酒の原点を求めて, 角川選書, 1991
SAKETIMES, 春の訪れを伝える縁起酒「立春朝搾り」の生みの親「日本名門酒会」が日本酒業界に渡す架け橋, 2017年2月1日, 閲覧2024年2月9日
月桂冠, 寒造りの確立と杜氏の発生 勘と経験を駆使した技能集団による酒造り(江戸時代), 閲覧2024年2月11日

カバー写真:2018年2月12日 前に住んでいた家から見えた景色、あれから6年。ここからの夕景に、京都の夕暮れを重ねていた。


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非本来性でいいじゃない
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