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【16日目】わたくしはノアをも殺す震災だ 吐き出した地球ミドリの胃液

思えば、最近は偏頭痛になっていない。

初めて偏頭痛になったのはいつのことだっただろう。

高校一年生の秋ぐらいの頃だったか、
担任がその日は休みで、優しいぼんやりとした男性の副担任が代わりに
終わりの会を行なっていた。
その日は、掃除の担当の日で、放課後に箒で教室を掃いていた。

「なんか、あれ、変な感じがする」

そう思って、副担任に「ちょっと帰っていいですか?」と聞いた。
きっとこれが担任だったらわたしは帰ることができなかっただろう。
すぐに「いいよ、気をつけてね」と学校を出れた。

駅までは15分歩いて向かう。
駅からわたしの家までは30分とちょっとはかかった。

ふわふわと体に何かの違和感がありながら、
一つ二つと駅を通っていく。
次第に体に力が入らなくなっていく。

まともに座っていることができず、ずるずると椅子から落ちていくような弛緩。

半分まできたところで、頭を大きな硬いハンマーで殴られたような衝撃が何度も何度も襲ってくる。
視点が定まらない。

「やばいかも、なんかおかしい」

LINEを母に送る。
体の奥から沸き上がってくる。
これはダメだ、吐く。

電車は最寄駅の一つ前の駅に滑り込んでいく。
転けるように、這うように、電車を降りて、トイレに向かう。

脳を直接殴打するような痛みが5秒ごとにやってくる。
波のような、大きな、激しい打撃。

腹痛も強いのがやってくる。

沸騰したように抑えられない吐瀉物の中には、お昼ご飯に食べたひじきが入っていた。

ああ、死ぬかもしれない。
白いただの箱のようなトイレの地べたに座り込む。
そういえば、この駅のすぐ近くに脳神経外科があったはずだ。
ほとんど行ったことないけど、確か偏頭痛なども脳神経系だろう?
階段を降りて50歩の歩けば着くはずだ。

「あの病院に行く」

母に伝えて、母はすぐにやってきた。
病院ではすぐに点滴を打ってもらった。
しかし、寝ていることもできない。嘔吐が止まらない。
体が勝手に動く、弛緩しているのに硬い。そんな感じだった。

トイレに駆け込んで、吐き続ける。
内容物なんてもうなくて、吐けるものは存在しないのに、吐き気が止まらない。

吐いてる時は楽だった。
頭痛が遠のくから。
吐いてるほうが楽だった。
頭痛のほうが死を感じるから。

それとともに腹痛も大きい波でやってくる。

そんな時間が何時間続いたことだろう。
もしかしたら、30分ぐらいだったのかもしれない。
長くて、恐ろしくて怖い体験だった。

その後、やっと落ち着いたわたしは、診察を受けて
「腹痛から頭痛が来た、と言うのが多いけど、今回は逆だから偏頭痛だろう。
 だけど、脳に異常がある可能性もあるから一応、MRIを撮りにいきな」
という結論が出た。

次の日は休んだんじゃなかったかな。

MRI的にもなんの異常もなかった。

だから、わたしはただただ偏頭痛が重すぎる人間だった。

嬉しいような、悲しいような。

その後もたまに偏頭痛に襲われた。
午前中のうちはずっと吐き続けて、その後はもう動けなくなる。
頭痛薬は効かない。
だって、すぐに吐いてしまうから。
坐薬をもらった。
経口薬よりは少しだけ即効性があるから。
それでも、わたしは腹も下すので一瞬で排出されてしまう。

もう、暴徒が去るのを待つしかなかった。

二日間ぐらいは人間としての活動ができなくなる。
それぐらい恐ろしいものだった。

高校2年生の修学旅行の前も何度も偏頭痛が起きていた。
だから、行くことをやめた。

母と話し合って、
シンガポールだったのもあり、
暑さでやられてアトピーも悪化するかもしれない、
偏頭痛で倒れたら大変なことになるだろう、
慣れない環境であるだけでも大変なのに、
考慮すべき内容が多すぎる。

先生は何度も止めたけど、意思は揺らがなかった。

後悔しない、と言ったら嘘になるかもと思い始めた。
あの時、偏頭痛がなくて、修学旅行に行けていたら
旅行にも普通に行けるようになっていただろうか?

そう思う時もあるけれど、やっぱり結局行かなくてよかったんだと思う。

今、偏頭痛がもう4年ほどきていない。
来そうだと予感したらすぐにバファリンを飲むことにしていることで、
予防ができているのかもしれない。

ただ、わたしはきっと、脳梗塞等で死ぬんではないかと思っている。
脳が詰まって、
殴られた衝撃を感じてそのまま死ぬだろう。

『世にも奇妙な物語』で見た作品を思い出す。
竹内裕子が主演をしていた『箱』だ。
箱の中に竹内裕子がいて、閉所でのパニックを描く。
そのオチは、脳梗塞で倒れて植物状態になった人の夢というものだった。

そのパニックが本当に怖くて、わたしは実は閉所が怖いのだと思った。
もし、そうなってしまったら?
もし、そんな中で生きないといけないとしたら?

わたしは怖い。
怖くて仕方がない。

きっと、そうやって死ぬ。
箱のなかには入りたくない。

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