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散文 夜に黒猫は歩けない

夜の街は騒がしかった。ネオンの看板は我はまだここにいるんだと主張して、無視される。
電車の中で私はただスマホに向かう。ここでは無いどこかを夢見て喜びを探した。今日のことを思い出す。黒猫がゴミを漁っているのを見て、自分が怯んだ気がした。あの猫は強く生き抜こうとしている。なのに私は弱音すら吐けないからすぐに逃げ場を探してはそこに逃げ込む。
言葉を使うことは自分を縛ることだ、なんて文章が人気が出ていた。わたしはもやもやとした自分をぐるぐる巻きに言葉で覆えば、自分の形がわかると思う。私はそうすることでしか自分の形を確かめられない。他のことで世界との自分を見出すことが出来ないのは、私がまだまだ弱いからなのか。
夜は輪郭がしっかりしてなくても許されるから好きだった。夜のうちに自分を言語化して、ぐちゅぐちゅとしたものも好きも嫌いも空の青さも犬の舌も全てを自分のものとして、張り巡らす。自由じゃなくていい。縛られてて何が悪い。誰かに縛られるのは嫌だ。でも、自分で自分を縛ることは幸せの始まりなのに。
朝になればそれらは私の肌に一体化して服よりも動きやすいものとなる。鎧のように自分を守ってくれるもの。
それこそが言葉だ。
言葉が縛り付けるだなんて捉え方が甘いと思う。こんなにも自由で不自由で意味がわからなくて、全てを理解できるものが他にあるというのか。
なんて、朝見た猫に喋りかけたくなった。
でもきっとニャーとすら返されないだろう。私とあの猫とでは住む世界が違う。ああなりたいけど、自分の弱さは好きだった。
降りたホームはまるで昼のように明るかった。ここには夜はない。そう思ったけれど、そう思わされる時点で夜は存在している。この明るさが目立つのは、夜の黒の中にあるからだ。
黒いマスクをした人を見た。少し昔は危ない人に思えていたのに、今では見なれた黒マスクはスマホで誰かと喋っている。大きい声で、誰もこの世に居ないみたいなその振る舞いは、毒キノコのようだった。美しくて、美味しそうで、私たちを殺す。
電車がガタゴトと音を立てて通っていく。思ったよりも早く、強い風を巻き起こして私を巻き込んだ。一歩中にいたら私は一瞬で死んでいた。そうなれば誰かが悲しむかななんて考える前に、電車に迷惑をかけたことを詫び、死体を見た人の心を心配したくなる。
世界は夜に満ちていた。
じっと自分の手を見たくなった。?

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