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恋愛が順調に進み二人が生涯を共にすることができるようになれば、これほど幸せなことはないと思います。しかし、時にはいろいろな事情によって途中で関係が破綻することもあります。


今回は、中でも代表的なケースとして「失恋」を取り上げて、その時の心の在り方について考えてみたいと思います。


恋人の気持ちが自分から離れ去って行く時、私たちはその事実をなかなか素直に受け入れることができないものです。相手に対する気持ちが強い人ほど落ち込みも強く、心は深く傷つきます。


中にはすっかり落ち込んで自滅的な行動に出たり、あるいは愛憎紙一重でストーカー行為を繰り返したりする人もいます。


このようなとき、自分にも相手にも好ましい結果をもたらす心の在り方とはどのようなものでしょうか?


「恋愛」とは読んで字の如く「恋」と「愛」で構成されています。恋の本質はどちらかというと自分の立場に立って自分の望みを満たそうとするものですが、愛の本質は相手の立場に立って相手を幸せにしようとするものです。


そして、余りにも恋に比重がかかり過ぎると、失恋したときに悲劇が起きるのです。


このような人達の共通点は、心の中の愛が未成熟で恋愛がほとんど恋の要素で構成されています。


したがって、恋愛に関する考え方も「私はあなたが好きだ。だから、あなたも私を愛すべきだ。決して心変わりをしてはならない。そうでなければ、私は生きていけない」といった具合に思い詰めたものになっています。


そのようなこと思ってはいない! と言われる方も、無意識のうちに自動思考している場合が多いのです。


この不合理で危険な考え方が不幸な結果をもたらすことになるのです。


理由を考えてみましょう。


自分が相手を愛しているから同じように相手からも「愛されたい」と願うのであれば、これは人間としてごく自然な思いであって健全な考え方だと言えます。


しかし、自分が相手を愛しているから相手も自分を「愛すべきだ」という考え方になると、いかにも論理が飛躍していると言わざるを得ません。


誰を愛するかは相手が決めることであり、相手の問題です。相手は他人、自分とは全く別の人格を持った人間ですから、その思考や感情そして行動もその人独自の論理の世界に属します。人間ですから気持ちが変わるということもあり得るのです。


つまり、この考え方は「論理性」と「現実性」に欠けています。論理性と現実性に欠ける考え方は不合理な考え方であり、これを持つことで感情は混乱するのです。


そして、「心変わりをしてはならない」と硬直的に考えているから、失恋したとき他に適切な選択肢がなく、すっかり落ち込むか、相手を恨みストーカー行為に出たりするのです。


失恋して情緒障害に陥り不適切な行動に走るのは、このように恋愛に関する考え方が理にかなっていないからです。


このようなとき、もう少し物事を柔軟に受け止め、理にかなった考え方をすることができれば、悲劇を防ぐことはできるのです。


柔軟で理にかなった考え方とはどのようなものでしょうか?
次回お話しすることにしましょう。


よろしければ、メールカウンセリングでさらに詳しくお伝えします。
https://www.ningen-kankei.jp/


最後までお読みいただき、ありがとうございました。


次回も、お時間のある時に読んでいただけたら幸いです。


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