あの子が好きな彼と私の話。


「ねえねえ、
あの子のどんなとこが好き?」
私は彼に問いかけた。

彼は半分ふざけて、
半分まじめに私に答えた。
「あのね、足が速いとこ」

思わず笑みがこぼれた私は
彼の言葉に深く、何度も頷いた。


あの子は小学生の頃から
いつも1番にゴールテープを切っていた。
そしてその場で立ち止まり
そっと後ろを振り返って
私を気長に待っていてくれた。

足が速くて泳ぎも上手くて
そろばん教室でもすいすい進級して
始めたばかりのバレーもすぐレギュラー。
おまけに小柄で愛嬌のあるくりっとした瞳は
ずるいくらいに周囲を魅了した。

もしも私があの子みたいだったら
なんでも器用にこなせる女の子だったら
なんだろうもっとこう、
多かれ少なかれイヤミっぽさのある
ちょっといじわるな女の子になっていたかも。
そう思ってしまうくらいに私は彼女に憧れて
たぶん少し、嫉妬していたのかも。

だけど結局私では
到底敵わないと思えてしまうのは
器用さよりももっと芯の部分に光る
率直な優しさとか温かい陽気さとか
そういう“にんげん”としての
魅力があったからかな。


1年前のあの夜、
たぶん私は少し飲みすぎた。
柄にもなく酒に飲まれた私は
深夜の海辺の田舎道で
子供みたいに声を出して泣いていた。

どうやら
地元を離れた7年間が私を強くして
地元に帰れない2年間が私を弱くしたみたい。

胸を張って帰れる格好いい理由なんて
正直一つもなかったけど
私はとうとう堪えきれず仕事を休んで
ひっそり地元に逃げ帰った。

こんな格好悪い姿は
地元の誰にも見せたくなかった。
何者かになって帰ってやると決めて
勇んで田舎を離れたくせに、
結局自分は井の中の蛙であると知り
大海の荒波にのまれて
まともに息すらできなくなっていた。

だけどどうしてだろう。
あの子の顔がどうしても見たくなった。
陽気なあの子に会いたくなった。
だから思わず、
もう2年も連絡していなかったあの子に
LINEを送ってみた。

『ひさしぶり。
実は今、帰ってるんだけど会えない?』
空白の時間なんてなかったみたいに
当たり前のようにあの子は返事をくれた。
『おかえり。会おうか(^^)』

数年ぶりの乾杯をした二人は
他愛ない話をひたすら続けていて、
あの子は私に別に何も聞かず
「帰ってきてくれて嬉しい」と
何度も無邪気に言いながら
ただただ笑って寄り添うだけだった。

そしてなんだか事の流れで
2軒目から合流することになった彼。
彼もまた小学時代からの同級生。
何者でもない私という“にんげん”を
昔から知っている二人との時間は
心の底から居心地が良くて安心した。

「さて、3軒目に行こう」
そう言って歩く三人の真ん中は
もちろんあの子。
両手に私と彼の手を繋ぎ、
あの子は無邪気にこう言った。

「小学校の時からね、
私にとって二人は憧れだに。
だけん、隣に大好きな二人がおって
今めちゃくちゃ幸せ~!」

そう言ってスキップし
二人の手を引くあの子は
やっぱりずるいくらいに可愛くて
大人になった今も嫉妬してしまうくらいに
心底魅力的な女性だった。

そしてその日の帰り道、
お酒と夜風と二人の友が
私の中で何年も張りつめていた
緊張の糸をプツンと切った。

なんだかもう、
疲れきってしまっていた情緒は
コントロールが全然効かなくて
子供みたいに道端にしゃがみ込んで
恥も忍んでわんわん泣いた。

そしたらあの子も泣きながら
「大丈夫だけん。
ずっと待っとったけん」
そう言ってぎゅっと私を抱きしめた。

すると今度は彼が優しく笑いながら
「よう帰ってきてくれた。
間に合って良かった」
そう言って二人を丸ごと抱きしめた。

いい年をした酔っ払い三人が
泣きながら抱き合うという
なかなかカオスな夜だったが
紛れもなくあの夜が
私の弱った心を救い出してくれた。


あれから1年、
三人はいつでも会える距離にいて
あの子と彼はもっとそばで
寄り添い支え合っていて。

どうしようもなく魅力的なあの子に
魅了された彼と私は
陽だまりのようなあの子に
優しく照らされながら生きている。


そんなあの子の門出の日に
この言葉を贈ると決めていた。

あなたはあなたの目指す幸せに向かって
誰より先に走って行って。
そしてそこで、みんなを待っていて。
あなたの居るその場所こそが
みんなにとっての温かくて優しい
居場所になってくれているから。

誕生日おめでとう。
誰よりも幸せになってね。

この記事が参加している募集

スキしてみて

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?